歓迎会

 七月十六日日曜日、この日の予想最高気温は35℃。風は無く雲ひとつ無い真っ青な空の下、午前九時前だというのに少し歩いただけでも汗ばんでくる。


 岩彦駅に着くと、美和先輩と古川さんがすでに改札口の前に立っていた。二人とも私と一緒でTシャツ姿だが、下は私がジーンズで先輩が七分丈のパンツ、古川さんはショートパンツだ。


「おはようございます。すみません、お待たせしました」

「おはよう。こっちも今来たばかりだから」


 などとデートで定番のやり取りみたいな会話を交わして、私達は桃川行きの切符を買って改札口をくぐる。それから程なくして下り線の電車が来た。


「うひぃ~涼しい~」


 中に入るなり、古川さんが変な声を上げた。ボックス席が空いていたけど、私達は敢えて立つ。冷房の風が当たるからだ。


「やっぱ、北海道育ちからしたらここの暑さって滅茶苦茶きついの?」

「そりゃきついよ」

「でももうすぐ閉寮日で北海道に帰れるからそれまでの我慢だね」

「あー……でも今日日北海道も30℃超えてるからなー……つーか、すがちーはどうよ? 東京と比べてさ」

「まだマシだよ。ビル熱がこもっていないだけ」


 確かにね、と美和先輩が同意した。


「私の実家周りもビルだらけで蒸し暑いったらありゃしないもん」

「やっぱり都会だとどこもそうなんですね」

「桃川市でもビルは多いから蒸し暑いよ。特に今日は猛暑日だし、熱中症で倒れないようにしてね。ま、今日行く場所は冷房の効いた屋内だけどね」


 建物の中か。どこに行くんだろう。


 千尋せんじん駅で停車してドアが開くと乗客と一緒にムワッ、と熱気が流れ込んできた。桃川までの各駅で停車するごとにこれが続くのかと思うとちょっとげんなりする。


 さらに次の駅である城戸きど駅。ここで乗り込んできたのは茶川さんだった。彼女の実家は城戸駅周辺である。そんな彼女は黒の半袖ブラウスと黒のスカートで、上から下まで全て黒尽くめだ。だが彼女の雰囲気によく似合っていた。


「……おはよう」

「おいーす、もうちょい元気よく挨拶しよーぜあいてっ!」


 古川さんは胸をツンツンとつっつくセクハラ行為を働いたおかげで、むき出しのスネをコツンと蹴られた。


「いててて、みんなサンドバッグ扱いしやがって……」

「そうやって要らないちょっかいかけるからだよ。千秋もやられたら遠慮なくやり返しちゃっていいからね」

「はーい」

「こら、乗らんでいいっつうの」


 漫才じみたやり取りを見ても、茶川さんは無表情のままだった。


 三十分弱かけて終点の桃川駅に着き、降りるととてつもない熱気が私達を襲った。さっきまで冷房が効いていたところにいた上、乗客でごった返している中に放り込まれたのだから尚更だ。


 改札を通ると、団さんが出迎えてくれた。クリーム色のワンピースという出で立ちである。


「おはようございます。今日もすごく暑いですね」

「団さんおはよう。千秋をとっておきのスポットに案内してあげて」

「わかりました。じゃ、早速行きましょう」


 私達は団さんについて行った。団さんは桃川駅近くに住んでいるのでこの辺の地理には一番詳しいという。


 駅ビルを出ると、確かに東京には見劣りするがビル群が広がっていた。一応は県庁所在地なのでこれぐらい栄えていなければおかしいのだけれど。


 私は無機質なビルよりも山と川に囲まれた風景の方が好きだ。でもたまには都会の雰囲気に浸り直すのも良いものだ。もうちょっと眺めていたかったが、団さんがそそくさと駅ビル横に設けられた地下道へと入っていったので遅れないようについて行った。


 そして再び地上に出る。眼に飛び込んできたのは大型ショッピングモールだった。


「今日遊ぶところはここ。つい最近出来たばかりのこの地方最大級レベルのショッピングモールだよ」

「おー、道理ででかいわけだ。団さんもよくここに来てるの?」

「もちろん、家が近いからね。東京ほどじゃないかもしれないけれど一通りのモノは揃ってるし、遊ぶところもあるし、飲食店もいっぱい入ってるの。開店して二年ちょっとだけどたちまち大人気スポットになって、周りにある古くからのスーパーが潰れそうになっているぐらいだよ」

「うへぇ、凄いなあ」


 大きさだけ見れば東京のショッピングモールと遜色はない。確かにこんな店が地方都市にドン、と現れたら地方民は殺到するだろうな、と思う。ふと道路を見ると駐車場に入ろうとする車で溢れかえっていて渋滞が出来ていたが、それが人気スポットであるという何よりの証拠になっている。


「暑いから早く中に入ろう、早く早く」


 美和先輩が急かした。空からはお日様がカンカンと照りつけている。


 *


 私達がまず立ち寄ったのはゲームセンターだった。日曜とあってやはり客が多く、友達連れにカップル連れに親子連れ一人客と様々だ。


 とりあえず各自でやりたいゲームをやる、ということになったがさて、どれから手をつけようかと思っていると、美和先輩が「ねえ、アレやろうよ」と誘ってきた。「アレ」とはモグラ叩きゲームだった。まだ小さかった頃におもちゃのモグラ叩きで遊んだ記憶がある。懐かしいなあ。


「じゃあ、私からやっていいですか?」

「うん、いいよ」


 ということで、まず私からプレーすることになった。お金を入れると、十個の穴からひょこひょこと何ともムカつく表情をしたモグラが顔を出してくる。こいつらを制限時間一分の間にハンマーでボコボコ叩いていくのだが、残り時間十秒になるとモグラどもは超高速ピストン運動をはじめた。


「わ、わっ、この!」


 叩いたと思ったら空振りの繰り返しで、私が昔遊んだやつより遥かに難易度が高かった。結果は37点。果たして高いのか低いのかわからないけど、これが私の精一杯プレーした成果だ。たった一分間なのに結構疲れて汗が噴き出してきた。


「うーん、なかなかムズいですよこれは……」

「お疲れ様。じゃあ、次は私の番、と」


 美和先輩はハンマーを受け取って百円玉を投入した。


 一匹目のモグラが顔を出すと、先輩は思い切りボコッ! とどついた。「叩いた」ではなく「どついた」という関西弁的表現がしっくりくるぐらい、思い切り殴りつけたのである。


「えい、えい!」


 先輩はやたらと可愛らしい声を出すが、それとは裏腹にモグラをまるで親の敵を殴りつけるかのようにハンマーを振り下ろす。点数はどんどん加算されていくが、筐体が壊れてしまうんじゃないかと思うぐらいヒヤヒヤものだ。


 残り十秒でモグラが超高速ピストン運動を始めると、美和先輩はドコドコドコッ! とドラマーのように目にも止まらぬ速さでハンマーを乱れ打った。


「す、凄い……!」


 ゲームが終わると、先輩は満足気に私の方に振り返った。


「76点。ダブルスコアで私の勝ちね」

「恐れ入りました」


 いやはや、とんでもないものを見せて頂いた。


 ひとしきり遊んだところで、全員が自然とUFOキャッチャーのコーナーに集まってきた。


「あ、これみんなで取ろうよ!」


 美和先輩が目の前の筐体を指差して提案する。そこには人気漫画『ファストピッチ』の登場人物である多木星矢たきせいやの箱入りフィギュアが置かれている。珍しいことに高校の男子ソフトボール部を題材にした少年漫画で、美麗な画風から読者層の八割が女性と言われており、とりわけソフトボール経験者からは必読の書扱いされている。無論、ソフトボール部の下敷領先輩もこの漫画の大ファンで主人公のピッチャー、真喜志勇人まきしはやとが好きだという。多木星矢は彼とバッテリーを組むキャッチャーで、ツンデレ眼鏡キャラとして人気を博していた。


「生徒会室って殺風景だから何か飾りが欲しいと思ってたんだ」

「いいっすね! 下敷領パイセン喜びそうだし。やろうやろう!」


 古川さんが真っ先に賛同して、他のみんなからは特に反対意見は無い。ということで決まりだ。


「順番だけど、千秋は最後でいいよね?」

「え、どうしてですか?」


 団さんが私を小突いて耳打ちしてきた。


「これあなたの歓迎会だってこと忘れてない? 最後にあなたが取って花を持たせるようにみんなで御膳立してあげるってことだよ」

「あ、そういうことか」


 先輩の心遣いに気づかないとは、暑さで頭が鈍ったかな。


「はい、じゃあ残り四人でじゃんけんして負けた人からプレイね」


 こうして団さん、茶川さん、美和先輩、古川さんの順となった。ちなみに古川さんはみんながチョキを出す中で一人だけグーを出して一抜けした。


「バカはじゃんけんに強いって言うけど、ウソじゃないんだね」


 美和先輩がニコニコしながらさらりと酷いことを言ったけど、古川さんは口の端を上げて「チッチッチッ」と人差し指を振る。キザな男がやるジェスチャーだ。


「これでも期末テスト22位で掲示板貼り出し寸前だったんすよ?」

「古川さんが? ウソぉ!?」


 私はつい、大声を出してしまった。すると古川さんは大げさに胸を抑えてうめく。


「ううっ、今のリアクションは心にグサグサッと来たぞ……ウソだと思うならこいつらに聞いてみろよ」

「うん、残念ながら事実だよ。中間も28位だったし」

「……世の中間違ってる」

「マジですか……」


 河邑先輩の「本当はやれば出来る子」という発言はウソではなかったらしい。


「そういうすがちーは何位よ? 私はちゃんと言ったから『秘密』っていうのは無しな」

「……101位」

「ほほぉ? ま、編入生にしちゃ上出来じゃないかなー」


 うわー、何この高みから見物してます的な目線は。私が会長だったら古川さんのキノコ頭をグリグリしてやるのにー、とムカムカしていると、美和先輩が鼻で笑った。


「その割にはよく誤字脱字をやらかして河邑さんに怒られてるよね」

「うぐっ、それは言わんでください」

「はっきり言ってあなた、生徒会での仕事ぶりは千秋に完封負けしてるからね。


 古川さんがまた「うぐっ」と大げさなリアクションをした。美和先輩のおかげ私の溜飲が下がった。何より仕事で古川さんより上と明言してくれたことは私に優越感を与える。だけど私だって何度かやらかしをしているので程々のところで自戒した。


「そ、それよりもフィギュアをだな……一番手の団六花、早くしろ! ほれ!」

「高倉先輩に言い返せないからって私に八つ当たりすんのやめてよねー」


 団さんはぶんむくれながらも百円玉を投入した。やはり一発では取れなかったけど、次の茶川さんのプレーで箱の位置がだいぶズレた。続いて三番手の美和先輩。


「よし、ここで……あーっ」


 箱は一瞬持ち上がり、スルッと抜け落ちたが橋渡しの棒と棒の隙間から落ちそうになっている。ここからアームでちょいと押せば下に落とすことができる体勢だ。美和先輩は「惜しいなあ」と口では言っていたが私に向かってニコッと微笑んだ。ありがとう先輩。


 しかし先輩の優しさは台無しになった。


「あっ!」


 古川さんがうっかり箱を突き落としてしまったのである。「やってしまった」的な顔つきになっていたから、わざとやったわけではないことはわかるが気まずい雰囲気になってしまった。


「は、はは……」


 多木星矢のフィギュアを手にして苦笑いする古川さんだったが、みんなの冷たい視線が容赦なく突き刺さる。


「古川さん、ホントあなたってKYだねえ」

「やっぱバカじゃん。バーカバーカ」

「……勉強できても頭悪すぎる」


 みんなの容赦ない波状攻撃に古川さんは「もっと取りやすくしてあげようと思ったのに!」っと半ば涙目で開き直った。さすがにこれじゃあまりにも古川さんが可哀想すぎる。


「古川さんは悪くないよ。誰が取ろうが生徒会室に飾るもんだし。仮に私に回っても取れなかったかもしれないし。ここは許してあげて、ね?」

「まあ、歓迎会の主役がそう言うなら」


 美和先輩は仕方ないね、って感じの笑みを浮かべる。


「ううっ、すがちーよありがとう……心の友よ!!」


 古川さんはジャ◯アンみたいなことを言ってぎゅっと抱きついてきた。暑苦しくてたまらないので、私はさっさと引き剥がしたのだった。

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