「コンブ」の調査

 入学から二週間が立ち桜もすっかり葉桜になった頃。私も少しずつ緑葉女学館の空気に慣れつつあるところだった。


 授業初日でやらかした鼻血事件でクラスメートからは笑われてしまったが、それがかえってクラスメートと打ち解けるきっかけになった。不本意ながら掴みはOKといったところだ。


 生徒会活動は今のところ簡単な雑用しかやっていない。それが終われば下校時間までがっつりと河邑撫子先輩による新人研修。土曜日は午前中授業でここが公立とは違うなと思わせる点だけど、私の場合はさらに午後から特別補習がある。クラスメートについていくためとはいえ、結構しんどい。


 そけでも現在は研修の方はどうにか終わって、今はちょっとは楽になった方である。だけどまだまだ気が抜けない状況には変わりない。そんな中で我が家という疲れを癒やす空間がすぐ近くにあるのは大きな利点だと感じた。生徒のほとんどが電車通学、または親元を離れての寮生活である。電車通学組の中には隣県から一時間以上かけて越境通学しているのもいるという。私に比べたら彼女たちの方がもっとしんどい目に遭っていると思う。まだ私の方が贅沢だ。


 こうして一日、一日を濃密に過ごす中でのある日の昼休みのこと。生徒会室で執行部役員とサブたちが全員揃って昼食を取りつつ生徒会長、今津陽子会長の話を聞いていた。月末の土日、つまりみどりの日と日曜日の二連休の日に生徒会合宿を行うとのお達しだった。


「とは言っても場所はカワムーの家だけどな」


 今津会長はカツサンドを口にしながら言った。カワムーこと河邑先輩の家は緑葉の西門から出て徒歩一分という超至近距離にあるので。実質的に学校に行くのと何ら変わりない。


「合宿って何をするんです?」


 私は尋ねた。


「政策議論とか、緑葉女学館OGであるカワムーの曾祖母様のありがたいお話がある」


 今津会長の言葉を聞いて、河邑先輩がちょっと得意げな顔を見せた。何せこのお方、母親、祖母、曾祖母までもが全員緑葉出身というサラブレッドな経歴を持っている。


「ひいばあちゃんはもう八十半ば過ぎているけど元気にしているわ。だけどいつお迎えが来るかわからないから生きているうちに後輩たちにいろいろ話したいって。何せ校祖、藤瀬みや先生の生きていた頃を知る貴重な生き字引だから濃密な話が聞けるわよ」

「へえー、楽しみにしています」


 と、答えたものの、藤瀬みや先生については河邑先輩の研修でしつこいぐらい教えられていたから新鮮な情報が聞けるとは思えない。でも曾祖母様が送ってきた時代、戦争があった頃の生活については話を聞いてみたいと思っている。平和学習で戦時を生き抜いた人たちの言葉を聞く機会はあったけど、辛い時代を生き延びた人たちの言葉には重みがあり、胸を打ったものだった。そういった話が聞けるかもしれない。


 今津会長は生徒会メンバーが愛飲しているインスタントコーヒーでサンドイッチを流し込み、話を続けた。


「合宿の詳細は追って知らせるとしてだ、もう一つ重要な話がある。コンブの件でうちにタレコミがあった」


 こんぶ? 昆布? 何でそんな話が生徒会に?


「……ってすがちーよ。君は今、食べる方のコンブを想像してるだろう。顔にそう書いてある」


 はい、おっしゃる通りです。


「違うんですか?」

「コンブはコンブでもコンピューター部、略してコン部」


 ああ、なるほど。納得した。


「そのコン部の部長が予算で買った備品を転売して得た利益を着服している、と匿名からタレコミがあったんだ」

「えっ」


 話がいきなり深刻化してしまった。


「そこですがちーに仕事を与える。放課後にシーモと美和ちゃんと一緒にコン部の調査に行ってもらいたい」

「ええ? 私もですか?」

「雑用ばっかじゃつまらんだろう。なに、二人の言うことに従ってりゃ大丈夫さ」


 シーモこと下敷領鈴先輩は私のより二回りほど大きい弁当に箸をつけながら言う。


「前も似たような事件があったからな、会計として看過できない。高倉、ビシビシ行くぞ」

「オーケー」


 高倉先輩が待ってましたとばかりに笑った。二人とも何だか敵陣に斬り込む前の武将みたいだ。ノリについていけるかな……。


 *


 コン部ことコンピューター部は管理棟にある情報処理室を活動場所としている。活動内容はゲームの製作ならびにパソコンスキルの習得、技術向上。部員は前後期課程合わせて八名だが、仮入部期間で新入部員がまだ数に入れられていないのでここからもう少し増えるかもしれない。以上が高倉先輩から教わったコン部の概要である。


「資格を取る奴もいるけど特にパソコン関係の大会に出てるわけではないし、だから予算もそんなに多く割り振ってない。着服してもたかが知れてるんだが」

「ただ、部長の杭田冴子くいださえこが結構金使いが荒いんだよね。主にゲームに金を使っているのだけれど、市販ゲームに限らず個人制作のゲームを求めてあちこちの即売会を巡り歩いているって聞いた」


 などと、下敷領先輩と高倉先輩は情報を確認しあった。


「即売会にもですか? じゃあコミケとかにも行ってるんでしょうね」


 私の言葉に下敷領先輩が「何だそれ?」と返した。


「あれ、聞いたことありませんか? コミックマーケット略してコミケ。年に二回、八月と十二月に東京のビッグサイトで行われる同人誌即売会のことです。そこでは個人制作のゲームもたくさん売られているんです」

「ほう、どのぐらいの規模なんだ?」

「だいたい五十万人ぐらい人が来ますね。オタクのイベントとして知られているんですが、最近は芸能人も参加しているのでもはやお祭りと言ってもいいぐらいです」


 東京時代、クラスメートにオタクの子がいたのでその子からいろいろと教えてもらったことを話した。実際のところコミケにはあまり興味を持てなかったけど。


「ふーん、結構多く人が集まるんだな。夏の甲子園とどっちが盛り上がっているかな」

「どっちが、とか比べられませんよ」


 私達は管理棟にたどり着いた。情報処理室はこの一階の奥にある。


「失礼します。生徒会ですが」


 調査とはいえ警察や検察じゃなし、高圧的な態度に出るわけにいかないので丁寧に挨拶した。教室内には七人の生徒がパソコンとにらめっこしてカチャカチャとキーを叩いていたが、そのうちの一人が顔を上げて「何か用?」と尋ねてきた。


 私は彼女の顔を見て驚いた。入学二日目の昼休み、防災倉庫で情事に耽っていた当事者の一人、背の高くて髪の短い方の生徒だったからだ。


「杭田さんだな? ちょっと予算の使途について話がある」

 

 下敷領先輩の言葉でまたびっくりした。この人が疑惑の渦中にいる部長だったのだ。


「予算? とりあえず、向こうで聞こうか」


 杭田先輩は私達を準備室の方へと案内した。


 狭い準備室の中はとてもカオスな空間になっていた。情報処理関係の書物が置いてあるのは当然として、ゲームの攻略本や雑誌が本棚にこれでもかと詰められている。しかもそのほとんどが私が生まれる前に作られたゲームのものだった。


 備品棚の方にはファミコンやスーパーファミコン、メガドライブにPCエンジン、初代プレイステーションにセガサターンなどなど、レトロゲーム機がところ狭しと並べられている。もちろんそれらのソフトもぎっしりと収納されている。


 そしてさらに、何年前のものかわからないブラウン管モニターのパソコンに、今や誰も使っていないであろうフロッピーディスクがある。たぶんこれもゲームソフトだろう。きっと、昔のゲーム好きにしてみれば垂涎間違い無しの宝庫のように映るに違いない。


 準備室にはもう一人生徒がいた。あの情事で杭田先輩の相手をしていた、背が低くて髪の長い生徒だった。


「あ、高倉さんと下敷領さん。どうしたの? 怖い顔して」

「予算のことでお話があるんだと」


 杭田先輩が先に答えた。


「そちらの生徒は?」

「あ、この度生徒会に入りました。サブの菅原千秋です」


 私は頭を下げると、


「副部長の長岡美音ながおかみねです」


 と相手も丁寧に応じてくれた。名前よりも先に情事を覗いて秘密を知ってしまっていたから、少し後ろめたい気持ちになる。


「まあとりあえず座って話をしよう……って椅子が四つしかないや」

「あ、私はいいですよ杭田先輩」


 というわけでコン部の部長と副部長、生徒会副会長と会計が相対する形で着座する。私は高倉先輩の後ろに立つことにした。


 まず口を開いたのは下敷領先輩である。


「単刀直入に言おう。杭田さんが予算を着服したというタレコミがあった」


 それを聞いた途端、杭田先輩は吹き出した。


「あんなはした金、例え懐に入れてもすぐ使い切ってしまうよ」


 自分が与えた予算をはした金呼ばわりされてムッとした表情を浮かべる下敷領先輩。何か言おうとする前に高倉先輩が口を出した。


「確かにね。だけどコン部は『研究資料費』の名目でゲームを買っているでしょ? そのゲームをあなたが転売して利益を掠め取ったんじゃないかって言われてるの」


 言い終わらないうちに杭田先輩が声を荒げた。


「そんなデタラメ、誰が言ってるんだ?」

「知らない。で、これが告発状」


 高倉先輩は広げてみせた。大きなフォントで「告発状」という文字があるが、私の位置からでは本文をよく読み取ることができない。杭田先輩はそれを奪い取ると、ちらっと読んだだけで鼻で笑って床に投げ捨てた。


「あんたらって糾弾と誹謗中傷の区別もつかないんだなあ」

「ちょっと、冴子」


 喧嘩腰の杭田先輩を長岡先輩が注意した。


「ごめんなさい。だけど転売なんか絶対にやっていないからね。そちらの方で私達が今までに購入したゲームの領収書の原本を保管しているでしょう? それと現物を照らし合わせてみたら転売されていないってわかるはずよ」

「ああ、そのつもりでここに持ってきている」

「あと、OGから寄付を受けた分もあるけど、そのリストはこの緑色のファイルに挟んであるから、それで照らし合わせて。さあ、気の済むまで調べていいわ」

「わかった」


 下敷領先輩は携えていたファイルを広げた。そこにコン部から受け取ったゲームの領収書の原本がファイリングされている。


「高倉と菅原は寄付分をより分けてくれ」

「了解」

「わかりました」


 私達が立ち上がると、杭田先輩は「おい、ちょっと待て!」と大声で言った。


「手袋を渡すからつけてから触れ。ここにあるゲームの中には希少品も含まれているんだ。粗略に扱うことは許さん」


 そして床に白い布を敷いた。この上に丁寧に置けということらしい。捜査というより、何やら文化財の鑑定調査じみてきた。


 私達は棚からゲーム機とソフトを下ろして選別を始めた。私は手を動かしながら杭田先輩に聞いてみた。


「そもそも学校のお金でゲームを買うのってありなんですか?」

「あくまで『研究資料』として使う分にはありだ。ゲーム製作の参考になるからな。特に古いゲームには温ねるべき故きものがたくさん埋まっている。今のゲームなんかと違ってな」


 私古いゲームは一切遊んだことがないから、今のゲームと果たしてどっち面白いのかどうかわからない。


「えーと、このケースにまとまって入ってるのは『旧作五点セット』?」

「お、そいつは特に扱いに気をつけろよ。二百万円もするヤツだから。太っ腹なOGが買い付けて寄付してくれた、我が部の宝物だ」

「に……!?」


 絶句した。フロッピーディスク五枚組がしめて二百万。三年間の学費を払ってもまだお釣りが来る金額である。こんな財宝じみたものはどんなゲームなんだろうか……。


 そこから私の手つきは慎重に慎重を極めた。結構数が多かったものの、調査の結果、確かに領収書に記載されている分は全て現存していた。寄付分も漏れや抜けは一切無い。


「ふむ、どうやらシロのようだな」


 下敷領先輩は安堵したのか残念がっているのかわからないため息をついた。


「これでわかったろう、全く。さあ、用事が済んだならさっさと帰ってくれないかな。私はゲーム作りに忙しいし、あんた達だってヒマじゃないだろうに」

「待って」


 と高倉先輩。


「あの机の中を見たいな」


 古いパソコンが置いてある机を指差した。


「おいおい、これ以上何も出てこないって」

「長岡さんは気の済むまで調べていいって言ってたでしょ。私はまだ気が済んでないから」


 私はこの時、長岡さんの方を見ていた。顔をそむけてしきりに体を揺すっている。挙動が明らかに怪しい。あの机の中に見られたくないものを隠しているんじゃないか、という疑念が沸き起こるのは当然だった。


「高倉先輩、調べてみましょうか。私も気になります」

「お、おい!」


 さっきまで余裕があった杭田先輩が冷や汗を垂らして慌てふためきだした。ますます怪しいぞこれは。


「生徒会の調査に拒否権などない。さっさと机のカギをよこせ」


 下敷領先輩が詰め寄ると、杭田先輩は観念したのか、唇を震わせながらも備品棚にとりつけられたフックにかけてあったカギを取って渡した。


 果たして下敷領先輩が調べると、一枚のフロッピーディスクが出てきた。ラベルには赤いマル秘マークが描かれている。


「このパソコンで中身は見られるな?」


 部長と副部長は何も言わなかったが、下敷領先輩は肯定と受け取り、早速パソコンを立ち上げる。現代のパソコンといろいろ勝手が違っているが、何とかフロッピーディスクの正体を確かめるところまで行くことができた。



『THE・タブー』



 タイトル画面に浮かび出るおどろおどろしいフォントと裏腹にいやに明るい曲調の音楽が流れている。この怪しいタイトルのソフトの正体はゲームだった。


 ところが中身はまさにタブーと言うべきか、頭のどの部分を使ったらこんなゲームが作れるのかと思うようなものだった。一言で表すなら「政治家と宗教家と野球選手が国盗り合戦をする戦略シミュレーションゲーム」である。


 うん。お前は何を言っているんだと思われるかもしれないが、そう説明するしかないのだ。


「こりゃ何だ? どうしたらいいんだ?」


 アスリートである下敷領先輩は「野球軍」を選択したものの、内容の難解さに操作を放棄して、代わりに長岡先輩がゲームを進めつつ説明した。


「よく政治と宗教と野球の話はしていけない、って言うでしょ。その風潮に抗うためにこのゲームを作った……って製作者が言ってた。その人は二十年前ぐらいにコン部にいた伝説のOG、いや正確にはOGじゃないんだけど……まあとんでもないお方がいたのね」


 長岡先輩は野球軍を率いて、山梨県を占領している宗教軍に侵攻を開始した。野球軍司令官個々の武力は高いが政治力が全体的に低めに設定されているのでまず内政要員を確保するのが肝、だと先輩は言う。ちなみに司令官の顔グラフィックは全部実写だ。きっと無許可で引用したに違いない。


 宗教軍の方はいろいろと洒落にならないネタがあるので省くが、野球軍は当時ジャイアンツの監督だった長嶋茂雄氏が率いている。武力と統率力がともに98という高い数値なのはさすがミスターだ。特技になぜか「戦車」とあるが、昔、長嶋茂雄氏が自衛隊の戦車ごとタイムスリップして戦国時代で大暴れするというトンデモ架空戦記小説が実際に販売されていたことに由来するらしい。この説明を聞かされただけでもう何が何だかで、頭が痛くなってくる。


「うーん、確かにいろいろと酷いゲームだけど、隠すものでもないんじゃない?」


 高倉先輩の質問に杭田先輩が答える。


「文化祭で伝説のOGがこの『THE・タブー』を売ろうとしたんだ。しかし見ての通りアングラ臭丸出しのゲームだから、不祥事になることを恐れた部員の一人が先生に密告した。そして当然、販売禁止になった。いくら自由な校風でも許されるレベルではなかったんだな。そしてOGは怒り狂った挙句、文化祭当日に退学届を出して中退してしまった」

「はあ?」


 私達はあんぐりと口を開けた。


「一説では『私を失うことこそが緑葉史上最悪の不祥事である』と吐き捨てたらしいが……まあ、そんな人がいたんだ」

「何というか、傾奇者だったんですね……」


 自称変人の今津陽子会長も霞んでしまう程である。


「この伝説のOGが作ったゲームはみんな教師に没収されて廃棄処分されたんだが、どれもこれも内容はともかくゲーム性は非常に優れていた。だから彼女の才能を失うことを惜しんだ部員たちがこの『THE・タブー』だけこっそりと隠しておいたんだ。それ以降、限られた部員にだけ伝えられてきた」

「ふーん、ご禁制のものを二十年間も隠匿し続けてきたってわけね」


 高倉先輩の口の端が意地悪そうに上がった。


「頼む、もしこれが先生に知られたらコン部がお取り潰しになってしまうかもしれない。どうか黙っていてくれないか」


 杭田先輩が先程までの高圧的な態度から一変させて哀願しはじめた。高倉先輩は「どうしようかな~」とネチネチといじくり回す。相手がどんどん泣きそうな顔になっていくものだから高倉先輩も調子に乗って面白がる。


 私が特別補習を受けていた時だって、補習の内容でいろいろ質問されて回答がわからなかったらイジられたことが幾度かあった。ただ、今回は少し陰湿な気がする。杭田先輩が不躾な態度をとったことに対する仕返しの意味を込めているのだろうけど、見ていてあまり気分の良い物じゃないかな。


 私は思い切って諫言した。


「先輩。私達が命じられたのは予算着服疑惑の解明だけです。あまり事を広げない方がいいかと」


 すると高倉先輩が急に真顔になってこちらを睨みつけた。まるで氷の刃のような視線。ゾッと怖気が走り、胃が縮こまる。


「す、すみません……」


 つい反射的に謝ったが、また笑顔に戻った。


「ごめん。千秋さんの言う通りだね。調子に乗りすぎた」

「あ、いえ……」


 逆に謝られるとは思わなかったので、戸惑ってしまった。


「杭田さん、とりあえずは見なかったことにしてあげるけど」

「ほ、本当か?」


 杭田先輩が念押しした。


「けど今後、生徒会からお手伝いを頼むことがあるかもしれない。聞いた話だと、動画作成もやっているらしいじゃない。しかも結構クオリティが高いのを作れるって。ちょうど生徒会のPR動画も欲しいなあって思ってたんだよねえ……」


 高倉先輩の例の怖そうな笑みが炸裂した。


「わかった……作れと言われたら、作ろう」


 生殺与奪を握られた杭田先輩は首を縦に振って、そのままうなだれた。


「ま、個人的にはこのゲームはとても面白いと思うけどね。常人じゃ思いつかない発想だし」


 高倉先輩の評価は私も概ね同意できる。ゲームのことをよく知らない私でも怪作と呼ぶにふさわしい出来だと思うし、実際に売られていたら少なからず反響を呼んだんじゃないかとは思う。それが良いにしろ悪いにしろ。


 長岡先輩はゲームを進める。長嶋茂雄氏率いる戦車隊は本人のパラメータもあって圧倒的に強く、宗教軍の僧兵(なぜ現代にいるのか不明だがいちいちツッコんでいてはキリがない)を蹂躙している。各戦車部隊は六角形状のマスの中を動いているが、敵部隊を複数で取り囲むようにして攻撃すると支援効果と包囲効果が働いて味方の攻撃力が上がり、敵の防御力が下がるとのこと。だだでさえ戦車と人間だと戦車の方に分があるのに、各効果のおかげで僧兵が次々と消滅していった。


 敵部隊が全滅してとうとう司令官を捕虜にした。「き、貴様! 私を殺せば仏罰が下るぞ!」というセリフと「処断しますか?(Y/N)」というメッセージが出ている。高倉先輩は長岡先輩の横から割り込むようにしてキーボードに手を伸ばし、


「えいっ」


 ポチッとYキーを躊躇なく押した。「無間地獄に落ちよ!」という最期の言葉とともにデロデロデロと不気味な効果音が流れて哀れ、司令官は処断されてしまった。


「ちょっと何すんのよ。この司令官『説法』の特技持ちなのに……」

「何それ?」

「内政コマンドで都市パラメータの『人心』が上がりやすくなるの。これが高くないと『生産力』が上がりにくくなるんだけど……」

「えー、意外と面倒なんだね。邪魔者はブチッと消すに限るんだけど」


 笑顔を絶やさないままさらりと恐ろしいことを言うと、コン部の部長と副部長は身震いしたのだった。


 *


 生徒会室に戻って調査内容を協議した結果、杭田先輩は「無罪」で結着ということになった。


 となると誰が、何のために通報したのかという問題が出てくる。しかし今津会長には心当たりがあるという。それは美術部じゃないか、ということだった。


「あれ? この学校って美術部は無かったはずでは?」


 私は疑問に思った。部活動紹介の時に美術部の紹介が無かったからだ。


「いや、実はあるんだ。まあ話は長くなるが」


 と今津会長は前置きしてから、


「二月の予算会議で美術部とコン部が大喧嘩したんだ。美術部が『何の実績もないコン部の予算を削ってこっちによこせ』と言い出してな。そこからもうバトル勃発よ。あれは凄まじかった」


 美術部は昨年、全国大会に出典したという実績をもって予算の大幅増額を執拗に申請していたが、希望額に届かなかったことに対して不満を持っていた。それは大会に出ていないコン部に対する八つ当たりという形で爆発したのだった。


「コン部には元々予算を多く割り振ってないのに、そこから更に削れって理不尽にも程があった。増額してやろうと思ってたのに、喧嘩で私の心象が悪くなったからペナルティとして逆に減額にしてやったんだ」


 と今度は下敷領先輩。さらに続けて言う。


「だから、その件で美術部の連中がコン部を逆恨みして告発状、いや怪文書を送りつけてきたと考えることができるな」

「でも、それなら直接生徒会に抗議すればいいじゃないですか。やり方が陰湿です」

「してきたよ。だけど問答無用で退けてやった。なぜかって? 実は美術部の方こそ後ろ暗いことをしていたのが判明したからだよ」


 聞くところによると、美術部は過去五年間に渡って予算を私的流用していたことが高倉先輩の調査で発覚したのだという。そういえば下敷領先輩、「前にも似たような事件があった」って言ってたけど多分このことを指していたのだろう。


 不正が判明したのは、予算会議での喧嘩事件を受けて高倉先輩が美術部の予算用途を見直していたところ、割り振られた予算に対して備品が整っていないのに不審感を抱いた結果だった。要は、美術部は藪をつついて蛇を出してしまったのである。もちろん流用分は全額返還、顧問の先生は監督不行届で辞任し部長副部長は自主退部。廃部は温情で免れたもの無期限の活動停止処分が下された。


「だけど不正を見逃し続けてきた過去の生徒会にも落ち度もあるし、予算編成前に見抜けなかった私達の落ち度もあるんだけどねえ」


 不正を暴いた張本人はそう言いつつ、両手を頭の後ろで組んで体を右、左にと傾けてストレッチをしていた。


「ま、美術部がやったという証拠は無いのだけれど」

「実際やってたら次は廃部どころじゃ済まんがな」


 今津会長は腕を組んで唸った。


「美術部は吹奏楽部と並んで全国レベルの部活だ。廃部を免れたのも実績のある部活を潰すことに対する教師陣の根強い反対があったからな。ここで恩を仇で返すようなことをしていたら……」


 私の頭の中で先程の『THE・タブー』の処断場面が蘇った。


「ま、この件はひとまず置いておくことにする。美術部部長と副部長は泣きながら私に謝っていたからな。今はその涙を信用しよう」


 今津会長の言葉にみんなうなずいた。ただ一人、高倉先輩を除いて。彼女だけはじっと目を閉じて何の反応も示さなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る