生徒会入会
放課後、私は入会の意志を伝えるべく生徒会室に行くと、ドアのところで高倉美和先輩が腕を組んで、壁にもたれて待ち構えていた。
「おっそーい」
「すみません、SHRが長くなってしまいまして」
私はただペコペコと平謝りした。
赫多さんは先輩のことをいろいろ言っていたが、今は心の片隅にしまっておくことにする。
「もうみんな待ってるからね」
ドアをノックして入ると、今津会長を含めて六人の生徒が着席していた。
「失礼します」
「お、来てくれたな!」
今津会長が立ち上がった。
「さあ千秋さん、自分の口から伝えて」
「は、はい。後期課程四年の菅原千秋です。生徒会に入会したいと思ってここに来ました。よろしくお願いします」
私が頭を下げると、今津会長よりも先にマッシュボブと言うのか、キノコのような髪型をした生徒が駆け寄ってきて私の手を取った。
「おおおー、ついに来てくれたな四人目が! あ、私はサブの一人、
ハイテンションな口調でブンブンと私の手を上下に揺らす。初対面なのにやけに馴れ馴れしいけど、悪気は無さそうである。
「時に、菅原さんは東京生まれヒップホップ育ち悪そうなやつはだいたい友達、って聞いてるけど?」
ちょっと昔に流行った歌のフレーズを引っ張り出してきた。
「う、うん。ヒップホップ育ちではないし悪そうな友達はいないけど……」
「私北海道生まれ
勝手に勝利宣言して両腕でガッツポーズをする古川さん。何をもって「勝った」のかよくわからないけど……この子はちょっと、いや結構変だ。悪い子ではなさそうなのだが。
「あれれ? 反応薄いなー。北海道だぞ北海道? 試される大地だぞ? どうだ、私の方が凄いっしょ?」
「うん、すごいですねー」
私は棒読みで答えた。
「こら、菅原さんが困ってるじゃないの」
グイと押しのけて代わりに前に出てきたのは、制服と同じ深緑色のカチューシャを頭につけた生徒だった。
「私は書記をしている五年東組の
河邑先輩に勧められて、ロの字に配置された机の下座、今津先輩と向き合う形で座った。続いて高倉先輩が私の隣に着席すると、
「さて、残りのメンツも自己紹介しようか」
と今津会長が言い、ポニーテールの背の高い、ちょっと目つきがきつい生徒に目配せした。
「私からか? じゃあ、私は五年西組の
「いえ、私運動神経はあまりよくないので」
「そうか、残念だ。だが何でもいいから部活には入った方がいいぞ。交友関係が広がるからな」
下敷領先輩(ちょっと長ったらしい苗字だな)はアスリートらしい爽やかな笑みを見せた。東京の中学時代はボランティア部だったけど、何か部活に入らなくちゃいけなくて仕方なく入ったところだったからあんまり熱心に活動していなかったっけ。
続いて前髪をぱっつんにしたショートボブの子が頭を下げた。
「四年南組、サブの
団さんは至って普通という印象を受けた。最初の古川さんがインパクトあり過ぎたせいかな?
さて、最後は髪を二つ結びにしている生徒の挨拶だったが、
「四年東組、
かったるそうに言ってそれだけで終わってしまった。今津先輩がすかさず口を出す。
「何か他にしゃべることあるだろう? 部活は?」
「科学部物理班」
「後はそこで何をしてるかとかさあ」
「まあ、いろいろ作ってます」
今津会長は呆れた感じで黙り込んでしまった。茶川さんには申し訳ないけど、第一印象は三人の同級生の中で最悪だな。
「んじゃ一通り紹介をしたところで、早速だけど君に仕事を与えよう」
「あ、はい」
いきなり仕事とは思わなかったので心の準備ができていないが、「いいえ」とは言えない。
今津会長がホワイトボードに何やら書き込んだ。
「さあ、君の初仕事はこの中から一つ選ぶことだ」
・すがちー
・ガースー
・道真
・文太
・ジェロニモ
「……何ですかこれは?」
「見てわからないか? 君のあだ名候補だよ。私はみんなとコミュニケーションを円滑にするために、あだ名で呼ぶことにしているんだ」
言われてみれば、「すがちー」は菅原千秋を略したものから来ていて、「ガースー」は「菅」をひっくり返して音を伸ばしたものだとわかる。「道真」「文太」は同じ苗字である歴史の偉人と有名人から取ったものだ。
こんなのを選ぶのが生徒会の仕事なのか? よくわからないお人だがまあ、従うことにしよう。
「でも最後のジェロニモは一体……?」
「四つだけじゃ寂しいんで今さっき適当に思いついた」
私は椅子から落ちそうになった。
「ちなみに河邑は『カワムー』で下敷領は『シーモ』、茶川は『がわちょ』で団は『ダンロップ』、古川は『クリボー』と呼んでいる」
サブの方が比較的酷いのは気のせいだろうか……特に古川さんの「クリボー」は名前に一文字もかすってないし。
「あの、高倉先輩は?」
「最初高倉健にあやかって『健さん』と呼ぼうとしてたんだが、本気で嫌がったから仕方なく『美和ちゃん』と呼んでやっているんだ。『健さん』だったら問答無用で『文太』にして任侠映画コンビが作れたんだがな。何なら美和ちゃん、今からでも健さんと」
「陽子、それだけは絶対にダメ」
出た、あの笑みが。
今津会長は「冗談だよ冗談」とちょっとしどろもどろになっていた。あだ名を巡って何か一悶着あったことを伺わせる反応だった。
「でもよ、選べるだけまだマシだべ? 私なんか頭がキノコっぽいからって強制的に『クリボー』にされたんだぞ。せめて『キノピオ』にしてください、って頼んだのに、『お前は何かザコキャラ臭がするからクリボーだ』の一言で却下されたんだから」
クリボーこと古川さんが今津会長のモノマネを交えて愚痴った。声のトーンの似せ方が結構上手くてびっくりした。ちなみにクリボーは栗じゃなくシイタケがモデルである。
「まあそんなことはどうでもいいからさっさと決めちまおう。あと五秒で選ばなかったら『ジェロニモ』な」
今津会長が急にそんなことを言いだした。
「え、あの……」
「5、4、3、2……」
まずい、ジェロニモだけは絶対にイヤだ!
「す、すがちーでお願いします!」
私は慌てて答えると、今津会長は『すがちー』の文字を赤ペンで囲った。
「はい、けって~」
そう言って一人で拍手すると、
「すがちー、サブたちと仲良くやって私達を支えてくれな」
早速あだ名で呼ぶのだった。高倉先輩もそうだけど、この人にも悪く言えば強引、良く言えば押しの強いところがありそうだ。でもそうでもなきゃ名門校の生徒の代表は務まらないんだろうな。
「さて初仕事も終わったことだし、今度はお勉強の時間といこうか。カワムー!」
「はーい」
お勉強?
「じゃあ菅原さん、こっちに来てちょうだい」
河邑先輩が手招きし、控室の方に案内した。使えるのか使えないのかわからないものがごちゃごちゃ置かれていて物置のようになっているが、机と椅子はある。私はそこに座らされた。
「はい、プレゼント」
そして机の上にドン、と一冊の本が置かれた。『読めばわかる緑葉女学館生徒会のすべて』というタイトルのそれは辞書のごとく分厚く重い。
「何ですか、これ?」
「そこには生徒会の概要、規約、さらに緑葉女学館の校風に歴史、所在地の白沢市についてなどなど、生徒会の一員なら知っておくべき事象が全部載っているわ。この教材を使って、生徒会に新しく加わったメンバーに対してだいたい一ヶ月かけて研修することになっているの」
「ま、また勉強ですか……」
本音が漏れ出てしまった。ただでさえ土曜に補習を受けなきゃいけない身なのに、これ以上頭に詰め込むことを要求されると脳みそのキャパシティが心配だ。
「編入学で大変な思いをしているのはわかるけど、本来なら一ヶ月かけるところをこの私のガッツリかつミッチリした濃厚なレッスンで二週間で終わらせてあげるから。通過儀礼だと思って乗り切っていきましょう」
河邑先輩の優しくも圧力がある言葉を受けて、私は覚悟を決めた。
*
「いやー、つい熱が入っちゃったわ」
「疲れた……」
河邑先輩の研修は下校時刻ギリギリまでノンストップで行われた。今、鏡を見たらきっと私のゲッソリした姿が映ることだろう。他のメンバーは全員帰ってしまっていた。ちょっと薄情すぎやしないだろうか。
私は河邑先輩に連れられて職員室に行き、生徒会室のカギを借りてきて戸締まりをした。これが生徒会メンバーとしての私の初仕事らしい初仕事である。
カギを返しに行く途中、河邑先輩がこう切り出した。
「私の家は代々女系家族で、ひいばあちゃんから私まで四代続けて緑葉女学館に通ってるの」
「え、凄いですね!」
「元々河邑家は豪農で、この辺の田畑は全部河邑家の所有物だったんだけど、戦後の農地改革で取り上げられて没落して。ひいばあちゃんも中退しなきゃいけなくなりかけたのね」
この辺の田畑、と言われてもどの辺までを指すのか全くわからないぐらい周りは田畑だらけなのだが、それらが全部河邑家のものだったって、どれだけ大金持ちだったんだろうなと心の中で嘆息する。
「だけどその時、緑葉女学館校祖、藤瀬みや先生が学費を負担してくれたおかげで卒業まで学ぶことができたの。その後、ひいばあちゃんは必死に働いてどうにか河邑家も持ち直して。藤瀬先生は河邑家では神様のような存在よ。だから河邑家の女子はみんな緑葉に通うのがしきたりみたいになっているの」
「でも、相当なプレッシャーがあったんじゃないですか? 万が一受験に失敗したらと思うと」
「小さい頃から『通わなきゃいけない』じゃなく『どうしても通いたい』と思ってたからそのために努力を惜しまなかったわ。緑葉は良い学校だと、言葉は悪いけど洗脳されて育ってきたからね」
河邑先輩は苦笑いを浮かべた。
「だけど本当に良い学校よ、ここは。将来、娘ができたら絶対に通わせるんだから」
もう相手はいるのかなと失敬な考えが頭をよぎったが、名士の一家なら引く手あまたかもしれない。
河邑先輩は西門の方から出ていった。家はなんと徒歩一分ちょっとのところにあるらしい。高倉先輩に連れられて見に行ったグラウンドのすぐ近くに古めかしい大きな家があったけど、まさにそこが河邑家だったのだ。これだけ近いと遅刻する方が難しい。家柄よりかは、立地的なところが本当に羨ましかった。
先輩を見送った私は、西門から正門まで自転車を押して歩いた。北校舎の側を通って右手に曲がったところで、あるものが視界に入った。真昼間から女の子どうしで情事を繰り広げていた場所、防災倉庫である。
あの時の衝撃的な光景を思い出した私は、つい気になってしまった。自転車をその場に置いて、防災倉庫の方に近寄ってみた。ドアには「立入禁止」の札がある。
はて、赫多さんに連れられて行った時にはこんなのあったかな?
ますます気になった私は忍び足で裏側に回った。太陽はすでに裏山に隠れていて暗いが、スマートフォンのライトを使って視界を確保する。
倉庫の中からゴトッ、という物音が聞こえた。誰かいる! 私は赫多さんに教えてもらった覗き穴から恐る恐る中を覗いた。
中は電気がついていて、様子をはっきりと見ることができた。
「あっ……」
昼間よりも衝撃的なものが見えてしまった。
それは赫多さんと、幼なじみの古徳聖良さんが絡み合っている姿。クチュクチュと音を立てながら唾液があごから滴り落ちるほど激しいキスを交わしている。いや、もはやキスというよりは唇や舌を貪り食うといった表現が適切かもしれない。
まさかこの二人までデキていたなんて……頭の血液が沸騰しそうな感覚にとらわれて、クラクラしはじめた。
「いいよね……?」
古徳さんの問いかけに赫多さんがうなずく。
古徳さんは懐から何かを取り出した。チキチキという音を奏でるそれはカッターナイフだった。
まさか! と私が思った瞬間、彼女は赫多さんの手を取って右手の親指を斬りつけた。ポタポタと血が滴り落ちる。
古徳さんは舌を突き出して、赤く染まった指にしゃぶりついた。
「んあっ、いい……」
赫多さんの体がビクビクっと震える。彼女の顔つきは恍惚に満ちていた。卑猥な水音を立てて指を味わう古徳さんも顔を紅潮させていて、目の焦点は定かではない。二人ともどこか別世界に行ってしまっているようだった。
古徳さんが指から口を離すと、すかさず赫多さんがまた濃厚なキスを交わす。そして赫多さんは古徳さんのボレロに手をかけて、乱暴な手つきであっという間に脱がせた。柔道部員の古徳さんだが、一切抵抗せずなすがままになっている。
「来て……」
赫多さんが幼なじみを押し倒す。ハアハアと荒い息を吐き、キスをしながら器用にジャンパースカートのファスナーを下ろしてはだけさせ、ブラウスのボタンを外しにかかる。
私は目が離せなかった。見てはいけないものなのに目が離せない。だけどこれ以上見ると何かがおかしくなりそうな気がする。
好奇心と恐怖心がせめぎ合う中、ふと赫多さんがこちらの方を向いた。目と目が合ってしまった。その瞬間、私は我に返った。
「ひぃっ!」
私はその場から脱兎の如く駆け出した。つまずいてこけそうになりつつも、自転車に飛び乗って敷地内から脱出した。
昼休みに赫多さんが言っていたことが頭の中で再生される。果たして真性なのか仮性なのかわからないけど、明日から赫多さんを見る目が変わってしまうのは確かだ。
私は交差点の信号を、つい赤で渡ってしまった。
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