生徒会の勧誘
「そう。生徒会のお手伝いをやってもらいたいなって」
突然の提案にこの場で返事ができるはずがない。私はとりあえず「待ってください」と言うしかなかった。
「実質的に春休みから登校しているとはいえ、今日緑葉生になったばかりですよ? いきなり生徒会と言われても……」
「倍率四十倍の試験を勝ち抜くのと緑葉の生徒会の一員として仕事するのとではどっちが難しいと思う?」
「そりゃあ、試験の方が難しいと思いますけど……」
「じゃあ決まりね」
「いやいや、どーしてそうなるんですか」
ちょっと口論じみてきたところで先生が割って入った。
「まあまあ、とにかく一度生徒会を覗いてみたら? 返事はそれからでも遅くはないでしょ」
「まあ、覗くぐらいなら……」
「はい、じゃさっそく」
「あ、ちょっと待ってください」
高倉先輩が私の手を引っ張っていこうとしたが、その前に返してもらった答案をカバンの中に入れさせてほしい。
なんだか先輩はせっかちというか、強引というか。私が正式に後輩になったから遠慮げもなくなったのだろうか。
「ほら、早く早く」
「待ってくださいよお」
生徒会室は南校舎の三階の突き当りにある。「入室前はノックすること!!」と書き殴られた張り紙の通り、高倉先輩はコンコンとノックした。「どうぞ!」と声が返ってきたのでドアを開ける。
「失礼します」
私は恐る恐る入ると、ロの字に配置された机、上座にあたる場所に一人の生徒が座ってノートパソコンをいじっていた。オリエンテーションで見た生徒会長、今津陽子先輩である。先輩は顔を上げて私を見るなり立ち上がって、
「おっ、もしかして今年のドラフト一位ルーキーか?」
なんて言い出すのだった。野球じゃないんだから。
「一位も何も一人しかいないでしょ」
と高倉先輩が突っ込むと「そりゃそうだな」と肩をすくめた。
「さっき、体育館でしゃべってたからわかってるかもしれないが一応自己紹介しとこう。私が生徒会の会長をやっている今津陽子だ。ようこそ緑葉へ、菅原千秋さん。君のことはこいつからいろいろ聞いてるよ」
今津先輩は親指で高倉先輩を指差した。生徒会長にまで名前を覚えられていたのは素直に嬉しい。
「難関の編入学試験に受かったぐらいだし、なかなか頭が良いと聞いているが……」
今津会長は赤いフレームのメガネ越しに私の顔をまじまじと見つめている。
「ふむ、顔もなかなかだ。こりゃ美和ちゃんが」
「ンッ! ゲフンッ!」
高倉先輩が咳払いしたので最後がよく聞き取れなかったが、顔がなかなかってどういうことだろうか。
私は小学生の頃、意地悪な男子に面と向かって「お前って寝ぼけた犬みたいな顔してるな」と言われたことがある。あれには相当まいったが、自覚はしている。だから顔が良いというのは過大評価だと思うけど……。
「……ま、美和ちゃんが彼女をここに連れてきたってことは『サブ』にしたいってことだな」
「そう。仕事の飲み込みが早そうだし絶対に戦力になるよ」
「いえ、今日は覗くだけで来たんですが……」
「まま、とりあえず座りな」
今津会長に促されて、椅子に座った。
「おい、コーヒーを淹れてやってくれ」
「はーい」
高倉先輩が隣の給湯室に向かうと、今津会長は生徒会の大まかなことを伝えだした。
「一般的な中高一貫校では中等部と高等部で生徒会が別れているのが普通だが、ウチの生徒会は前後期六学年分をまとめて統括している。しかも校風が自由だから生徒の裁量が大きく、その反面事務は煩雑になる。だから執行部に『サブ』と呼ばれる下級生の補佐役を置くのが我が校生徒会の特徴だ。今はここにおらんが、現時点で三人のサブがいる。で、執行部役員は四人だろ。単純に考えて一人不足している状態なんだ」
「どうぞ」
コーヒーが運ばれてきて私の席に差し出されたのでお礼を言ってから、
「でも会長さん、私はみんなと違って編入生ですし」
「あー、そんなの関係ない! むしろ大歓迎だ。外部の人間だからこそ私達と違う目線で気づくこともあるからな。外からの風は組織にとって刺激になる。いわば、君はコーヒーに入れる砂糖やミルクのような存在なのだ」
私という砂糖ないしミルクが緑葉女学館というコーヒーを美味しくする、と言いたいのだろうか。
「いただきます」
私はスティックシュガーとミルクの入ったポーションカップを開けてコーヒーに入れて丁寧に混ぜて一口飲んだ。うん、美味しい。
「あーあ、飲んじゃった」
高倉先輩があの笑みを浮かべた。
「え、何か私まずいことでも……」
「そのコーヒーね、関東のとあるコーヒーチェーン店が出していた一杯一万円の超高級コーヒーと同じ豆を使っているんだよ」
「えええーー!?」
思わずカップを落としそうになった。
高倉先輩があの笑みを浮かべたまま迫る。
「生徒会執行部のメンバーしか飲むことを許されない超高級コーヒーを飲んでおいて、まさかそのまま帰るなんて言うわけないよね?」
「うぐっ……」
謀られた。顔から血の気が引いていくのを感じる。こんなヤクザまがいのことをやられるなんて……。
「ぷっ、あはははは!!」
今津会長が急に吹き出した。
「ま、マジでビビるとは思わなかった! あはははは!!」
「え、何? 何ですか?」
「よく考えてみなよ、こんな辺鄙な土地に一万円のコーヒーなんかあるわけないだろう。そこの橋を越えたとこにあるコンビニで買ってきたインスタントコーヒーだよ」
「もう少しだったのに何でバラすかなあ? つまんないの」
口を尖らせる高倉先輩。私はついムカッときてしまった。
「騙したんですね? ひどいですよ!」
「まあまあ。しかしさっきのリアクションは本当に面白かった、ますます気に入ったよ。私と一緒で馬鹿舌なところもね」
今津会長の言葉には少々嫌味が入っていたが、あまり悪い気がしなかったのは自虐も入っていたためだろうか。
結局、「しばらく考えさせてください」と保留してもらうことにした。今津会長はオリエンテーションで自分でも言っていたように変な人という印象はあったが、少なくとも私のことを好意的に見てくれているようである。けれども生徒会活動には乗り気ではなかった。話が急に進みすぎて整理しきれていなかったからである。
高倉先輩は今津会長に言われてそのまま生徒会室に残り、私一人だけで家に帰ることになった。自転車に乗り、土手を上がって
「ただいまー」
「おかえりー」
母さんの声が返ってきた。私はキッチンの方に向かう。
「入学式で千秋ちゃんがどこにいるか探してたけど、隅っこの方で見つけやすかったわ」
「そりゃ編入生だからね。それよりも、初日なのにいろいろあったよ」
「また質問攻めにあったんでしょう?」
「それがね、初対面なのに私の個人情報をいろいろと知ってた子がたくさんいたんだよ。もうびっくりしちゃった」
「あら。そういえば勤め先のパートさんで娘さんが緑葉に通っているって人がいるの。私、その人に千秋ちゃんのことを話してたから娘さんを通じて広がっちゃったのかしらね」
ははは、母さんが情報源だったんかい……。
「何か飲む?」
「いい。学校で飲んできたから」
「わかったわ。今日の晩御飯は天ぷらだから楽しみにしてて。お隣さんからたくさん野菜を貰ったの」
というわけで晩御飯はとても豪勢なものになった。父さんが職場から帰ってきて一家団欒の夕食開始である。
「美味しいなあ」
父さんの言う通りで、天ぷらやかき揚げはサクサク歯ごたえがあってとても美味だった。素材も良ければ母さんの料理の腕も良い。
食事中、父さんもやっぱり学校のことを聞いてきたので母さんの時と同じように答えたら苦笑いしていた。そのうち話題は生徒会に誘われたことへシフトしていった。
「引き受けたらいいじゃないか」
父さんは言った。
「即物的な話になるが、この先大学の推薦入試を受けるようなことがあれば生徒会活動は面接でのアピールポイントになるしな。もちろん、肩書きよりも何をやっていたか重視されるが。ウチの大学の推薦入試でも生徒会役員だった子を何人か入学させている」
実はというと父さんは、大学の教授で日本史をの研究をしている。東京の名門私大、恵央大学の教授だったのに理事長と対立したから追放に近い形で辞めてしまい、遥か西の白沢市に落ち延びた……と言えばまるで都落ちみたいな感じだが。とにかく今は隣の桃川市と白沢市の市境の所にある、まだ出来て歴史の浅い私立大学に再就職している。
「それにな、父さんは千秋が必死に勉強していた反動で燃え尽きてしまわないか心配しているんだ。クラブなり生徒会なり、何かに打ち込んで学校生活のモチベーションを維持してほしいと思っている」
「春休みじゅうも必死に勉強しまくって休む暇なんかなかったけど?」
「む、そりゃそうだな……」
父さんは咳払いをして仕切り直した。
「ともかくだ。学校の勉強は受け身になりがちだが、課外活動は自分から動いてやるものだ。そうして学んだことは、教科書の学習よりも社会に出て役に立つが多いぞ」
教育者である父さんの言うことには説得力があった。
「うん。じゃあ、やってみるよ」
「よし。千秋のこれからの健闘を祈るぞ」
父さんは缶ビールを美味しそうに飲み干した。
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