初日から
時は再び四月十日。
入学式に続いて、生徒会執行部役員による新入生オリエンテーションが行われた。
壇上でスピーチをしている生徒会長の
「この学校は何と言っても自由な校風がウリです。校則はユルユルだし、頭髪検査も持ち物検査もろくにしない。人に迷惑をかけなければ何をやろうとも許される。だからここには変な奴しかいません。現に今、私のような変人が生徒会長となってここで一方的にしゃべくっている。ね、ある意味最悪な学校でしょ!」
「あはははは!」
「あ、みなさん今笑ってますけど、私は断言しますよ。あと一ヶ月もすれば五割は普通の女の子じゃいられなくなると。期末テスト前には八割が、二学期が始まる頃にはみーんなおかしくなりますから。私は一週間でおかしくなりましたけどね!」
「あはははは!」
おごそかなセレモニーを終えて緊張感が緩んだ私達の笑いのツボを容赦なく刺激する。
「でも新入生の方々はこれから六年間、中には三年間という方もいますが、とにかく、どの学校よりも濃密な月日を過ごせることは間違いありません。それはこの今津陽子が保障します。学校生活は勉強だけではありません。行事も遊びも頑張ってこそ、楽しい学校生活が送れるのです。みなさんが卒業した時には『ああ、緑葉は楽しかったなあ』と言ってくれることを祈って、私からの挨拶とさせて頂きます。ありがとうございました」
拍手喝采。原稿やアンチョコの類を一切使わず、一言もつまらずに演説をやってのけた。すごい。
続いて副会長の高倉美和先輩が学校の説明に入る。パワーポイントを使って学校の歴史だとか社会で活躍しているOGの紹介だとかいろいろ話してくれた。
高い社会的地位を持つOGのスライドが次々と映されていき、誰でも知っている芸能人が出ると「おお」というどよめきが起きた。しかし著名OGにはどちらかといえば学者と政治家が多く、「末は博士か大臣か」の格言を体現しているかのようである。とりわけ白沢市議会の現役女性議員は全員が緑葉のOGなのだそうだ。これまたすごい。
「……校祖、藤瀬みや先生は『知識と教養による女性の地位向上』を目指して緑葉女学館を創られました。女子に教育など必要ない、という考えが根強かった戦前では先生の考えは嘲笑の的となりましたが、戦後は女子教育の先駆けとして評価が高まり、名門校の地位を手に入れたのです。
女性の社会進出が著しい昨今、緑葉女学館の存在感はますます高まりを見せています。みなさんは入学したばかりでこれから先どの進路に進むのかまだわからないでしょうし、私もまだハッキリとはしていませんが、社会に通用する女性となって藤瀬みや先生の想いを果たすべく一緒に努力していきましょう。以上です、ありがとうございました」
またもや拍手喝采だった。とりあえず三年後は大学進学で確定しているとはいえ、その先に社会に出た時の進路も今から考えとかなきゃいけないんだな。大変だ。
ステージから降りる際、先輩の目と私の目が合った。ニコっと微笑んできたので私は縮こまりながら会釈を返したのだった。
現時点ではこの人が私と一番関わり合いを持っている人物である。世間が春休みの間、私は内部生との授業進度の差を埋めるべく特別補習をがっつりと受けさせられた。普通の新入生なら高校の新生活に対する期待と不安で胸がいっぱいだっただろうけど、私は目の前の課題をこなすのに精一杯でそんなことを思う余裕などなかった。
そんな中、高倉先輩はいつも世話を焼いてくれていた。昼休みになると私一人だけの教室でぼっち飯は辛かろうと一緒にご飯を食べてくれた。補習が終わった後には先輩が暮らしている生徒寮に招かれて復習と予習。親切丁寧にわかるまで教えてくれて非常にありがたかったけど、やたらと頭を撫でてきたり肩を揉んできたりと日を追うごとにスキンシップの回数が多くなっていった。もちろん、例のちょっと怖そうな笑みを浮かべながら。
それでも悪い人ではなさそうだし、スキンシップにもすっかり慣れてしまったので特に問題とは思わなくなった。けれどもあの笑みにはどうも慣れない。
オリエンテーションが終わって部活動紹介も終わり、その後新入生は各々の教室に行くが私はこの後も体育館に残された。在校生の始業式があったためである。
館長先生の話と校歌を二度も聞かされてクタクタになり、そしてようやく、いよいよ自分のクラスに入ることになった。
この緑葉女学館では一学年四クラス、クラス名は「東」「西」「南」「北」と方角の名前がつけられている。私は北組に配属された。
「緑葉での生活もいよいよ後半にさしかかります。今日からまた気持ちを新たにして勉強に、遊びに励んでください。それではみなさんお待ちかねでしょうけど」
と担任の先生が言うと、教室内がにわかに色めきたった。
「この後期課程からもう一人、新しく仲間が加わりました。菅原千秋さん、前に出てきて自己紹介をお願いします」
体育館の時と同じ音量だと錯覚するぐらい大きな拍手が起こった。白沢中に転校した頃の挨拶よりもノリが良かったのが、かえって私に緊張感を与える。
私は黒板に名前を板書して、クラスメートたちの方に振り返った。
「菅原千秋です。えーと、私は東京に住んでいましたが去年の九月にこの白沢市に引っ越してきて、白沢中学校に通っていました。趣味はスポーツ観戦です。特に高校野球が大好きで、東京にいた頃よりは甲子園球場が距離的に短くなったので多少行きやすくなって良かったと思っています」
クスクスと笑う声がした。別にウケを狙ったわけではないのだけれど。
「みなさんは三年間緑葉にいましたが、私はまだ右も左もよくわかっていない若輩者です。だから先輩として私にいろいろとアドバイスを頂けたらなと思います。よろしくお願いします!」
「よろしくー!」
どこからか歓声が飛ぶ。拍手を浴びるのは良い気分だがちょっと恥ずかしくもある。
その後、先生からいろいろと説明があってこの日は終わりとなった。その途端に、私の周りにクラスメートたちが群がる。転校生へのお決まりの通過儀礼をもう一度味わうのだった。
しかし今回は勝手が違った。クラスメートの一人がこう言い出した。
「菅原さんって白沢中じゃちょっとしたレジェンドって聞いたよ」
「れ、レジェンド!?」
「うん。私の友達が白沢中に通って菅原さんのクラスメートだったから情報は入ってきてるんだ。県最難関と言われる緑葉の編入試験に受かったんだからレジェンド扱いされても当然でしょ」
「あ、そう……」
別の生徒に至っては、
「菅原さんのお母さんってお役所の隣にあるスーパーで働いているんだよね?」
「な、何で知ってるの?」
「だって私のお母さんもそこで働いているんだもん。お母さんからいろいろ聞いてたんだよ?」
「ええ……」
質問というよりは予め私のことについて知っていた情報を本人に確認を取っているといった感じである。世間は狭いというが私と間接的につながりがある人間がこんなに埋もれているとは思ってもいなくて、少しゾッとした。
「こらこら、これじゃ身辺調査みたいじゃない。もっと実のある質問をしなきゃだめよ」
そう咎めたのはふわふわとしたウェーブがかかった髪を持つ生徒だった。
「私は
「あ、うん」
「ここら辺はドがつく田舎だからね、都会と違って人間関係が狭くて濃いから噂話はあっという間に広がるの。見ず知らずどうしでもお互いの情報が予め耳に入っているなんてザラだから」
「へー……」
田舎の方がよほど情報化社会じゃないかと錯覚してしまいそうだ。口コミの力は馬鹿にできないなあ。
「それよりも東京のことを聞かせてよ。私東京に行ったことないんだけど、東京って三分に一度電車が来るって本当?」
「うん、本当だよ。山手線とか京浜東北線とかは」
「えー! ここら辺なんか三十分に一度なのに!」
そこからみんな、目を爛々と輝かせながら東京のことについて根掘り葉掘り聞き出しては感心していた。白沢中の時もそうだったが、この辺の人たちにとっては東京人が相当魅力的に映るらしい。あまり持て囃されると自分が特別な人間だと勘違いしそうである。
――お知らせします。後期課程四年北組菅原千秋さん。四年北組菅原さん。すぐに職員室まで来て下さい。
校内放送が流れて「いけないっ」と口走った。
「ごめん、職員室に用事があるのを忘れてた!」
「じゃあ、また明日いろいろと聞かせてね!」
赫多さんに見送られて教室を出ていった私は早足で職員室に向かった。
「いらっしゃい。ちょうどあなたの話をしていたところよ」
特別補習初日の時に案内してくれた先生のところに行くと、高倉先輩もいた。
「この前のテストの結果を返すわ」
特別補習最終日にテストを受けたのだが、返ってきた答案を見ると思った以上の点数が取れていた。
「上出来じゃない」
高倉先輩が背中を撫でた。
「ありがとうございます! 先生と先輩の指導の賜物です!」
「お世辞を言ったって何も出てこないわよ」
先生は笑った。
「でもまだ授業進度のギャップは完全に埋まっていないから、今後も土曜日の放課後に補習を受けてもらいます」
「ううっ、まだ続くんですか……」
つい本音が出てしまった。勉強は嫌いじゃないが、春休みが犠牲になったから正直うんざりしていたところである。
「大丈夫よ、これだけ点数取ってるんだから。高倉さんもいることだし、ね」
「わかりました、頑張ります。ところでさっき、私の話をしていたとおっしゃっていましたけど」
「あ、そのことね。高倉さんから話すわ」
高倉先輩が待ってましたとばかりに口を開いた。
「千秋さんを生徒会に迎えたいの」
「はあ、生徒会ですか…………生徒会!?」
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