第56話 そして……一人

 フローラが去って2か月が経ち、とうとう冒険者学校専用ダンジョンに入れる時期が近付いて来た。

 そんなこともあり足取り軽く学校へ向かった僕は、教室で見かけたゼベクトに声をかける。


「おはよう。もうすぐ専用ダンジョンに入れるね」


「あ、ああ」


「どうしたの?」


 なぜか彼の態度がよそよそしく感じた僕は、眉をひそめた。


「実はな……俺も転校することにしたんだ」


「え!?」


 ゼベクトの言葉はまさに寝耳に水そのものだ。

 あの二人がいなくなってしまってからというもの、僕と一緒に頑張ってきたっていうのに……


「お前が気が付いているかいないかわからないが……最近の俺はどうしても伸び悩んでいる。そして、このままでいいのかって考え始めたんだ」


 彼が悩んでいるのはうっすらと気が付いていたけど、そこまで深刻だったなんて。


「俺は……おそらくお前たちに会わなかったら、こう思わなかったと思う。だけど、今の俺は……アランたちといずれパーティーを組みたいと、心底思ってしまっている! それ以外のパーティは組みたくないと……」


「そうなんだ。僕も君と組みたいよ」


「そう言ってくれて嬉しいぜ。だけどな? そうすると絶対に俺の力が足りない。ジュメールの冒険者学校に行ったキャサリン、そしてトレブラント王国へ行ったフローラ。それになんといっても、ここで順調に成長を続けているお前を見ていると……今の俺だと明らかに見劣りするんだ」


「そんなことはないと思う」


 これは僕の本心だ。確かに伸び悩んでいるのかもしれないけど、彼のギフトを前に聞いた僕は、絶対に強くなると確信している。


「いや、下手な気休めはよしてくれ。自分のことは自分が良く知っている。確かにギフトのことを考えると、伸びしろはあると思う。それでも、そこまでに到達する時間が遅ければ……お前たちに後れを取るようなら、胸を張って一緒にパーティーを組めないんだ!」


 ゼベクトの決意は固いようで、その瞳からは意志の強さが窺える。


「そっか……引き留めても無駄ってことだね」


「ああ、すまない」


「それで、どこにいつ頃行くの?」


「俺はキャサリンと同じで、ジュメールの冒険者学校に行こうと思っている。すでに転校手続きや試験は終わらせているんだ。彼女の場合は、家族のツテで試験がなしになったみたいだけど、俺の場合はそんなのなかったからな」


「そうなんだ」


「ああ。といっても、もともとがSクラスだから、編入試験は簡単なものだった」


 とうとう僕一人になるのか。せっかく信頼できる仲間が三人もできたと思っていたのに……


「試験合格おめでとう」


 正直彼を手放しで祝福する気にはなれなかった。だけど、これはゼベクトが一大決心をして決めたことなのだろう。

 それなら反対してもしょうがないし、逆に彼を困らせることになる。


「ああ、ありがとう。まぁ、お前はキャサリンのことは心配しなくてもいい。俺があっちでちゃんと見ててやる。アランは時折、どこか遠くを見ている時があったからな。あれは……きっと彼女たち二人のことを考えていたんだろう?」


 その言葉にドキッとした僕は、思わず彼から顔を背ける。


「ふっ、そんなわかりやすい反応したらバレバレだぞ? どっちがいいとか決まったのか?」


 その問いに僕は、軽く首を横に振って答える。


「まぁ、両方いい子で可愛いから悩むのは当然か。羨ましい限りだぜ! 俺も悪くないと思うんだが……まぁ、それはいい。あっちではキャサリンに変な虫が付かないように見張っててやる」


 その言葉にどこかほっとさせられた自分に、僕は気が付いた。

 僕は……自分が思っているより、キャサリンのことを心配していたんだな。もちろんフローラのこともだけど。


「俺があっちに行くのは、恥ずかしい思いをしないでお前たちとパーティーを組むためだ! だからお前も俺に負けないくらい強くなってくれよ」


「うん!」


 こうして、僕の初めてのパーティーは完全に解体されてしまった。

 いずれまた一緒に組むことを目標として……


◇◇◇


 目の前のスライムに向かって魔法を放った僕は、両手に持つ剣を握る力を緩める。


「<ファイアーボール>!」


 火の玉を被弾したスライムは、その肉体が溶けるように消えていく。

 続けて、後ろの方に陣取っていたゴブリンに向かって斬り込む。

 両手に構えたそれぞれの剣を振るって目の前の魔物を殲滅していく。


「ふぅ」


 魔物を倒して一息ついた僕は、それらが変化したアイテムを拾い集める。

 そして、それらを腰にぶら下げているアイテムボックスに入れていく。

 倒した魔物はアイテムに変化するので、解体とかしなくて済むのが楽でいい。

 とはいっても、アイテムが出ないで、ただ死体が消える時もあるし、何か大きなアイテムが出ることもある。

 初めてその光景を見た時はびっくりし過ぎて、ヒュージさんに笑われた。

 全てを収納した僕は、アイテムボックスに視線をやる。

 そして、これを見ていると、買ってくれたあの人に再び感謝の念で胸がいっぱいになってきた。

 さすがに指輪タイプのは高過ぎて買えなかったって言ってたけど、これで十分過ぎる。

 ヒュージさんは自分の物を買うよりも先に、僕にこれをプレゼントしてくれた。自分はアイテムボックスを持っていないというのに……


 それはそれとして、ここを1年生の時にクリアしたんだよな。ユーリオは。

 この冒険者学校専用ダンジョンは全30層からなっていって、最奥にはボスモンスターがいるという。

 どこまで行けるかわからないけど、僕がパーティーを組むのはあの三人と決めている。

 だからここをソロで攻略していく。


「それにしても、もっと魔法をスムーズに撃てるようにしないとなぁ」


 独り言を呟いた僕は、先ほどの戦いを思いだす。

 魔法を撃つときは手の平に魔力を集めないとダメだから、ついつい武器を持っている時には握る力を緩めてしまう。

 武器と魔法を同時に使用する戦闘に慣れていけば、そういう点もなくなっていくとヒュージさんは言っていた。

 僕の戦闘スタイルからして、魔法と武器を両方バランス良く使っていくことが大事だ。

 これはキャサリンと似ているな。と彼女のことをふと思いだした僕は、今頃何をしているのかな? と考えてしまった。

 あっちはあっちで頑張っているのだろうと――ジュメールに想いを馳せた僕は、気を取り直してこのダンジョンに思考を割く。


 それにしても、さすがに2階層だと弱いのしかいない。

 早くもっと奥に行かないとダメだけど、今はソロなのだし、無理は禁物だ。

 行ける所まで行って、危険を感じたら即座に撤退しなければならない。

 気合を入れ直した僕は、3階層に続く階段を降りていく。

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