第55話 別れ
あの日からぽっかりと心に穴が開いたような感覚がある。
だけど、それでも前に進まないといけない僕は、今まで以上に鍛錬に励む。
そして、キャサリンが転校してしまい数日が経ったある日、僕はフローラに呼び出されて校舎裏に来ていた。
なんでもとても大事な話があるのだとか。
どんな話なのか想像もつかないけど、こうしてゼベクト抜きで話すということは相当大事な話なのだろう。
人の少ない通りをしばらく歩いていると、目的の校舎裏にたどり着いく。
そして、そこにはすでにフローラが来ていた。
視界に入って来た彼女は今日も可愛くて、艶のある黒髪が太陽の光で輝いている。
そうやって観察をしていると、僕が来たことを気が付いたのであろうフローラは、こちらに向かって手を振っていた。
それに僕も手を振り返しながら、彼女に近づく。
「アラン君、来てくれてありがとう」
「いや、大丈夫だよ」
「今日はとても大事な話があるの。それは伝えたよね」
「うん」
フローラは真剣な顔つきで僕に向かって口を開いた。
「私もね……転校することにしたの」
「へ?」
思わず変な声が出た僕は、今彼女が言ったことを理解しきれない。
「え? 転校? ってあの転校?」
「そう。キャサリンと同じね」
「な、なんで?」
「うん。実は――これは話すと長くなるけど、聞いてくれる?」
「う、うん」
そう言って僕は戸惑い気味に頷いた。
「実はね、私には兄がいるの。それでね……兄のギフトは『魔王』なの」
「え!? 本当に」
「うん」
まさか僕の知り合いが『勇者』と『魔王』に関係する人だとは思わなかった。
この事実にはさすがに驚かざるを得ない。
そんな僕の動揺をよそに、彼女の艶めかしい唇はさらに動く。
「大会で優勝したあの日、ユーリオっていたよね。彼はおそらく『勇者』ギフト保持者だと思う」
ここで僕は言っていいのか迷った。いくら学校が違うと言っても、それを教えてしまっていいものか……
そして、迷っている間にフローラは言葉を続けるべく口を開いた。
「兄の知り合いと月に1回は連絡を取り合っているんだけど、その人が言うには彼が『勇者』ギフト保持者で間違いないって」
「ど、どうして、そうわかったの」
「あの時言われていたでしょう? 冒険者学校専用ダンジョンを、1年生時にソロでクリアしたって」
「うん」
「その偉業は相当広まっていたのよ。それでそれを皮切りに調査を重ねたらしいわ。それまでの彼の行動、強さ、両親などね。父親はなぜか死んだことにされていて、行方不明になっているみたいだけど。今はその話はいいわ。それよりも、そうやって調べた結果として、その人は結論を出したの」
「その結論というのは、ユーリオが『勇者』ギフト保持者だってこと?」
「ええ」
ここまで聞いて僕は頭の中を整理する。
まず、フローラのお兄さんが『魔王』ギフト保持者で、ユーリオが『勇者』ギフト保持者。
そして彼女のお兄さんの知り合いは、あいつのギフトをほぼ確定させていると……
あれ? でも、どうして? ここまで聞いても彼女が転校する理由がわからない。
僕の疑問を当然と思ったのかわからないが、フローラはまた唇を動かす。
「私が転校する理由はね……正直言うと、ここにいると強さを磨ききれないと思ったの。アラン君はどんどん強くなるし、キャサリンはいやいやながら転校していったけど……それでも、ジュメールの冒険者学校のほうが、レベルが高いというのは周知の事実よ。そうすると、私は彼女にも置いていかれる」
「置いていかれるって……そんなこと考えなくてもいいんじゃ?」
「ダメよ。キャサリンは仲間であるとともにライバルでもあるの。それに調べた結果分かったこととして、ユーリオは『魔王』のギフト保持者の命を狙っているわ。本来ならそれを国などに通報すればいいのだけど、今回ばかりはダメなの。なぜなら過去のこともあって、『魔王』ギフト保持者を殺しても――殺した者は罪に問われないから」
「そ、そうなの?」
「ええ」
まったく知らなかった。そんな決まり事があったのか……
「あまりにも酷いと思うわ。でも、しょうがないの。過去の『魔王』ギフト保持者が色々やらかしたっていうしね」
過去にやらかした人と今生きてる人は関係ないじゃないか! と叫びたくなった僕だったが、フローラの泣きそうな顔を見て何も言えなくなった。
そうだ、彼女はお兄さんが命を狙われているんだ。僕なんかよりもっともっと辛くて悲しいはず。
「私の兄はね……虫も殺せないってのは言い過ぎだけど、凄く優しい人なの。それなのにギフトが『魔王』っていうだけで命を狙われている。それもまったく知らない人から……だから私は兄を守る力を手に入れたい! それに兄もただ殺されるわけにいかないから、一応ちゃんと鍛えているわ。あ、あと私はもちろんアラン君たちとパーティーを組むために、力を手に入れたいっていう想いもある」
「僕もフローラといずれパーティーを組みたいよ」
「あなたもそう言ってくれるのは嬉しい」
そう言って彼女は顔を赤くした。
そういえば、気になっていることがあった。
「決勝戦の時に、あれがユーリオだってどうしてわかったの?」
「ああ。あれはもともと彼と母親の特徴を聞いていたから、すぐにわかったわ。当然名前も知っていたのもあるしね。だからすぐにこの人だって判断できた」
「そうなんだ。さっきの言い方だと、フローラもジュメールに行くの?」
「違うわ。私はトレブラント王国へ行くわ。アラン君が知ってるかわからないけど、ここカサンドラ王国と一つ国を挟んである所ね。そっちには兄もいるんだけど、そこにある冒険者学校に、最近Sランク冒険者が先生として赴任してきたらしいわ。それで私はみっちりと鍛えてもらうつもり」
トレブラント王国か……相当遠いな。
そう考えると僕は悲しくなってきた。
「アラン君ごめんね。キャサリンがいなくなったばかりだっていうのに。もともと私がこっちに来たのは、自国に収まっていないで色々な国を見て回りたかったからなのに、結局戻ることになるなんてね……それでも私はここに来て良かったと心から言える! なぜなら――あなたに会えたから。私はアラン君が大好き!」
彼女はそう言い切ると同時に、僕の真横に来た。
そして――何か柔らかいものが僕の頬に触れる。
一瞬何が起きたのか理解し切れなかった僕は、しばらくの間立ち尽くしてしまう。
どれくらいの時間が過ぎたのか、再びフローラは僕の視界に入って来た。
その顔は、まるで彼女の顔が夕焼けなんじゃないかってくらいに赤い。
僕も先ほど何かが触れた頬だけじゃなく、顔全体が熱くなっていたことに気が付いた。
「私、本気だから! キャサリンに負けない!」
そう言ったフローラの表情は、どこまでも凛として輝いている。
それに見惚れてぼーっとしていると、彼女の声が聞こえてくる。
「――ラン君?」
「ん、ああ。ごめん」
「大丈夫。私も急だったから。今すぐに返事どうこうって言わないわ。転校だってするのだし。それでもずっとずっと大好きだから、いつかは返事を聞かせて欲しい。もちろん一人の男性として好きよ」
「うん」
一人の男性としてか……これはキャサリンと同じってことだよね。
キャサリンへの気持ちもまだわからないけど、それと同じようにフローラに対しても答えを出さないとダメなんだな。
「そういえば、話は変わるけど……アラン君はキャサリンのギフトを聞いたんでしょ? 多分、あの子なら転校する前に伝えると思うから」
「うん。教えてくれたよ。君やゼベクトには再会できた時に教えるって言ってた」
「そうなのね。なら私もあなたに教えるわ。私のギフトは『大賢者』よ。これは『賢者』ほど成長が早くないの。でもその分、魔法の適性値は高いわ。まぁ、これはおそらく……と言ったところだけどね? 情報が少ないから自分で何とか検証している感じよ」
凄いな。『大賢者』かぁ。キャサリンのも凄かったけど……
「僕のも教えるね。転校したあの子にも伝えたんだけど。僕は『努力』っていうギフトなんだ。これについて今のところわかっているのは、後天的にスキルを覚えられたり、さまざまな適性の上限値がないかもしれないってことかな」
「凄いわ! ならアラン君はこれからもどんどん強くなっていくってことよね。私も置いていかれないように頑張らなきゃ!」
彼女はそう言ってガッツポーズをした。
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