第54話 キャサリンの口パクは……

 なんとかキャサリンを引き留める方法はないのか? そう思い必死に頭を働かせるが、まったくといっていいほど良い案が浮かばない。

 それもそうだろう、僕ができることなんて限られている。

 待てよ? 彼女の父親に直談判するのはどうだ?


「キャサリン、話の途中で口を挟んで悪いけど、僕たちが君の父親に直訴したら少しは効果がある?」


 その言葉に彼女は首を振った。


「ダメよ。意味がないわ。パパはこうと決めたら決してそれを曲げない。転校が決まる前はまだ決定じゃなかったから、多少の聞く耳は持っていたけどね……」


 きっと自分の父親の性格は知り尽くしているだろうから、キャサリンがそういうのならその通りなのだろう。これは手詰まりなのか?

 自分の無力を呪っている僕の耳にフローラの声が届く。


「あなたはそれでいいの?」


「いいわけない!!」


 フローラの言葉に即座に反応したキャサリンは、彼女を睨みつけている。


「でも、どうしろっていうの!? パパにこうやって強硬手段を取られて、今の私にはそれに抗う術はないの……」


「ごめん。そうよね。私が逆の立場でも同じだわ」


「ううん。それだけ私のことを想ってくれているんでしょ?」


「うん。そうだけど……」


 フローラはそこで言葉を止めて、なぜか僕に視線を寄越した。

 それに気が付いたキャサリンも同じく視線を向けてくる。


「ねぇ、アラン。私ってずっと口パクしてたでしょ?」


 唐突に切り替わった話に僕は困惑する。だが、何か意味があるのだろうと思い、戸惑い気味に彼女に言葉を返す。


「う、うん。それがどうしたの?」


「ふふ、あなたは鈍いからね。気が付かないのよ」


 彼女はそう言って笑った。しかもさっきまで泣いていたのに、それを感じさせない心からの笑顔だった。


「鈍いって何が?」


「私ね……ずっとずっとアランが好きだった。出会いは最悪だったのにね? 本当にいつの間にか――あなたの事が好きになっていたわ」


「え?」


 そんな言葉しか僕は発することができなかった。キャサリンが僕を好き?

 それは友達として? 仲間として?

 今の言葉の真意を計り兼ねていた僕は、おそらく驚きの表情で彼女を見ていることだろう。


「ふふ。その顔だとやっぱりわからなかったみたいね。例えば、私が『私の〇〇〇アラン』って言った時は、これは『私の好きなアラン』って言ってたのよ。他のも似たような感じね」


 今までの口パクはそういうこと? そう言われて思いだしてみると、全部そんな感じだったと思う。


「恥ずかしいからちゃんと言葉にできなかったの。だから口パクをしてた。ふふ、バカみたいでしょ? 笑っちゃうわよね」


 フローラとゼベクトは気が付いていたのか? そう思い、彼らを見てみると――二人は僕と視線が合うと同時に、頷いてきた。

――二人は気が付いていた? でも、好きって結局どういうことだ?


「それは僕やゼベクト、そしてフローラを友達として、仲間として好きってこと?」


 キャサリンの返答を待っていると、彼女はなぜか大きなため息をついた。


「本当に鈍いし、アランはお子ちゃまね。どうしてこの人を好きになったんだろう? でもしょうがないわ、好きなのに理由はいらないし。なによりも私があなたの心を求めてる。私はアランを一人の男の子として――異性として好き。そう、あなたのパパがママを好きなようにね」


 パパとママはお互いに好き合ってて結婚した。そして、今も二人は互いに愛し合っていると言っているのを耳にしてる。

 この好きってそういう意味なのか? この子が僕を一人の男として好き? 僕は……どうなんだろう……わからない。

 だけど……


「キャサリンに今言われたみたいに、僕はまだそういう男女の機微がわからないお子様なのかもしれない。でも……それでも一つだけわかるよ。僕はこれからもずっとキャサリンと一緒にいたい」


 そう言った途端、僕は気恥ずかしさを覚えた。

 なんか凄く恥ずかしくて、僕の鼓動がうるさくなってきた。皆にバレないかな? そう思い、皆を観察してみたけど、おそらくバレてなさそうだ。

 ただ、なぜか皆固まっている。


「皆、どうしたの?」


「い、いや。お前の発言がまっすぐ過ぎて、俺も恥ずかしくなったぜ」


「ね。本当は私だって言いたかったのに……でも、今がその時じゃないのはわかってる。これは私も覚悟を決めないといけないかもしれない。色々なことについて……」


 ゼベクトとフローラはそう言って僕を見てきた。

 固まっていたままのキャサリンは、目をぱちくりさせている。

 そして気を取り直したのか、彼女は口元を緩ませてゆっくり口を開いた。


「そんなこと言われたら諦められないでしょ! 本当にあなたって人は! ふぇぇ、辛いよぉ。なんでアランと離れないといけないの? 離れたくないよぉぉ。ふぇぇーん」


 突然キャサリンが泣きだしたので、僕は彼女の側に移動して頭を撫でる。

 今までこんなことをしたことないのに、なぜか無意識に身体が動いていた。

 しばらくそうやって撫でていると、徐々に彼女が落ち着いてきて呟くように「ありがとう」と言ったのが聞こえる。

 キャサリンは指で涙を拭い、顔を上げて口を開く。


「私は諦めない! あなたたちといつかパーティーを組むことも、そしてアラン――」


 そこまで言うと急に彼女は立ち上がり、僕に指差してきた。


「あなたのことも絶対に落としてみせるわ! 覚悟してなさい!」


 落とす? その意味は良くわからないけど……ただ、キャサリンが僕のことを異性として好きと言ってくれて、いつかはパーティーを組みたいと思っているというのは伝わった。


「キャサリン! 私も負けないわよ!」


 今度はなぜかフローラが立ち上がり、何かの宣言をする。何を負けないんだ?

 困惑した僕が助けを求めるようにゼベクトに視線をやると、なぜか彼に睨まれてしまう。


「話が逸れたけど、私はジュメールの冒険者学校に転校するのは止められない……でも、あっちに行ったら今まで以上に必死になって、絶対に……絶対に今より強くなる!! いずれアランに見合う強さを手に入れるために! そして、もしかしたら卒業後はユーリオとパーティー組むのかもしれない。それでもさっき言った通り、私は諦めないわ。皆とまた一緒に組むことをね!」


 彼女は力強くそう宣言した。

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