第53話 キャサリンの事情

 青髪の男性の言葉に僕は、ただただ困惑するばかりだ。

 キャサリンが転校……するだ……と?

 いったいどういうつもりなのか、この場で彼女に問いただしたくなったが……

 足が動かない。声が出ない。自分がなぜそのような状態になっているのかわからなかったが、今のキャサリンの様子を確かめたくて、僕は視線を男性から彼女に移す。

 その瞬間、僕の視界に入って来たのは――真っ赤に腫れた目から、涙を溢れさせているキャサリンだった。

 この反応だと、本当というわけか? 嘘だって言ってくれよ! いつもの明るい声で、冗談だって言ってくれよ!

 そんな僕の我儘な想いが溢れだす。でも、それを言葉にできない……できなかった。

――そう、彼女は大粒の涙を流しながらも、視線を僕に固定している。

 その瞳から感じたものは、絶対に僕から視線を逸らさないという――キャサリンの壮絶な決意。

 そんな様子の彼女を見て躊躇った僕は、何も言えなくなってしまった。

 僕たちの様子が少しおかしいことに気が付いたのか、周りは沈黙を保っていた。

 そんな中、それを打ち破ろうと口を動かしたのは、他ならぬ彼女で――


「パパ、私この人たちに少し話がある。だからごめん、この辺で待っててくれる? この三人は私の大事な友達なの。全クラス対抗戦も一緒のパーティーだったのよ」


「お、おう。そうか。わかった。この坊主が一緒のパーティーだったとはな。なら俺はこの辺をうろついてるから、あまり遠くに行くなよ?」


「うん」


 彼はやはりキャサリンの父親だったみたいだ。今のやり取りを聞いていて理解した。


「ふふ、こんな所で会うなんてね。さあ、皆少し話しやすい場所に移動しましょう。あっ、でもご飯は大丈夫? 今の時間なら食堂に移動してたんじゃない?」


「大丈夫に決まってるだろ? 重要な話なんだよな」


 ゼベクトがそう問いかけると、キャサリンはすぐに頷いた。

 重要な話……か。

 僕たちはすぐに外に出て、人があまり来ない場所へと移動した。

 こうやって四人で歩くのももしかしたら最後になるのかな?

 せっかく仲間を手に入れたと思ったのに……


「この辺でいいわ」


 彼女の声を聞き、足を止めて周りを見渡す。

 ここは校舎と運動場の中間にある休憩所でベンチがある。

 誰が言うでもなしに、僕たちはそのベンチに次々と腰掛けていく。


「それで転校ってどういうことなの?」


 フローラが鋭い目でキャサリンを睨みつけながら、そう問いただした。


「そんなに睨まないでよ……私だって本当は皆といたいよ? でも、パパたちに無理やり決められちゃって……」


 彼女はそう言うと俯いてしまった。

 僕はなんとか声を振り絞って口を開く。


「キャサリン、それはどうしてもなの? 嫌だって断れない?」


 彼女は顔を上げて口を動かした。


「この話は前々からあって、ずっと断っていたの。このことで結構悩んだりもしたわ。というか、最初から話さないとわからないよね」


 その言葉に全員が頷く。なぜいきなり転校なのか? なぜあの二人と顔見知りなのか。その辺のことを僕たち三人はわかっていない。


「実はね。私は実の母親がいないの。私がまだ小さい頃に亡くなってね。まぁ、それはいいの。もう乗り越えたから」


 キャサリンは母親を亡くしていたのか。それを乗り越えたっていうのは強いとしか言えない。

 ママがもし亡くなったと考えたら……僕は……

 っと、今はこんなことを考えている場合じゃない! 彼女の言葉を一語一句聞いていなきゃ。


「それでね、さっきいたのが私のパパなんだけど、アランには言ったことがあるよね。あの人はSランク冒険者なんだ」


 それは前にご飯を食べているときに聞いた。あの時は、指輪タイプのアイテムボックス見て興奮したんだよな。

 キャサリンは僕たちから少し視線をずらし、遠くを見つめた。

 少しの沈黙が流れたあと、彼女は再び口を開く。


「半年くらい前かなぁ。パパが冒険者ギルドの依頼を受けて少し遠出してたの。その時にユリアさんとユーリオに出会ったみたいでね。パパは彼女のことが凄くタイプだったみたい。幸いにしてなのかわからないけど、彼女の元旦那さんはまだ小さかったユーリオをかばって亡くなったみたいだし、『この二人は俺が守るって』それはもう一生懸命に口説いたらしいわ」


 確かにあの人の外見だけは、とにかく良かった。

 それにしても……ヒュージさんに聞いた通り、彼は亡くなったってことにされてるのか。


「1か月くらいかけて口説いたみたいでね? 結婚を前提に付き合うことになったんだって。その依頼をこなして戻って来てからそうパパに聞いたの。でも、私はその頃すでにピューピル冒険者学校に入るって決めてたから、入学試験も約1か月後に迫ってたし」


 ユリアさんが再婚? ――ってことは、ユーリオとキャサリンが兄妹になる? それはあまりにも衝撃的な内容だった。

 思わず僕はゼベクトとフローラを見る。すると彼らも予想外のことだったらしく、その顔は驚愕に染まっていた。

 そんな僕たちの顔を見たキャサリンは、どこか思い詰めたような表情をしたまま口を開く。


「それにね。その時にあの二人に会ったんだけど、どうしても好きになれなくて。そう、根本的に性格が合わないのよ。そして、あの人たちの家は王都ジュメールにあるわ。だからあっちの冒険者学校を受けるのを勧められたし、それを押し切ってこっちに入学したあとも、あっちに転校しようってパパは口を酸っぱくするほど言ってきた。もちろんあの二人もね」


 父親を含めた三人が、ジュメールに転校させようとしているのか。


「そうやって昔から好きだったパパにずっと反抗してきたけど……昨日あの二人が学校に来たでしょ? そのあとパパと会ってたみたいで、そこで私に転校させるって三人で決めちゃったみたい。当然私はそれを聞いて反対したわ。でも……『どの道パパはあっちで暮らすし、家は引き払うぞ。お前はここピューピルで家も支援なしに一人で生活していけるのか?』って言われてね……さすがに私は一人で生活できない。パパが依頼に行ってた時は、当然お金をもらっていたし」


 僕たちはまだ12歳だ。当然親の庇護下にあるし、彼らの世話にならないと生活していけない。

 例えば僕がここで暮らしたいと言っても、ママ、パパ、ヒュージさんが家を引き払って村に戻るとしたら僕も着いて行かざるを得ないだろう。

 もっとも僕はあの三人とも離れたくないし、そもそもそんなことを彼らは言わないんだけど。

 そんな意味のないことを考えた僕は、すぐに頭を振りそれを頭から追いだす。

 今重要なのは彼女のことだ。

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