第52話 予想外の再会

 ゼリオンたち四人と別れた僕は、まずトイレに行って手を洗った。

 さすがにキャメリーの唾が付いたままの手で授業を受けるわけにはいかない。

 トイレから出た僕は、足早に1年Sクラスの教室へと向かう。

 そして、教室に入って目にしたのは、いつもと変わらない風景だった――と、僕は思い込みたかったのかもしれない。

 いつもなら僕より先にキャサリンが来ているはずなのに、彼女の姿はどこにも見当たらない。

 その代わりというわけではないが、ゼベクトとフローラが僕へと近寄って来た。


「おはよう。アラン君。もう平気みたいね?」


 彼女の言葉に軽く頷く。


「おう、アラン! いつも通りのお前に戻ったようだな。顔を見ればわかるぜ?」


 彼は腕を組みながらそう言ってきて、その後、首を縦に振っていた。


「二人とも昨日はごめん。もう僕は大丈夫だよ。ところで、キャサリンの姿が見えないけど、彼女がまだ来てないのは珍しいね?」


「ああ。そうだな。昨日のこともあるし、心配だよな」


「ええ。いつもならもう来てるはずよ。それに昨日のキャサリンの態度は普通じゃなかったわ。それが気になるの。それにあの二人とも知り合いみたいだったみたいだし……」


「うん。それに彼女はもうユーリオとパーティーが決まっていると、あの二人は言っていた。キャサリンの態度を見る限りでは、彼女自身は納得していなそうだったけど――」


 そこまで言ってから僕は気が付いた。彼女は決勝戦前になんて言ってた?

 確か……『卒業後の話だけど、ゼベクトに言われた時はまだわからないって言ったけど、本当は私――』って言ってなかったか?

 あの言葉に続くのは……もしかすると、『本当は私すでにパーティーが決まっているの』という内容じゃなかったのか?

 あの時はゼベクトが戻って来てその言葉が区切れてしまい、その続きを聞く機会がなかった。

 それにキャサリンの態度が変だと思ったのは以前にもあった。それも結局機会を逃して聞いてなかったけど……あの時に話していたのは――確か、家族について?

 それはもしかしたら違うかもしれないけど、何か悩みを抱えていそうだったのは確かだ。

 僕がそうやってさらに思考を重ねていると、オリガン先生が教室に入って来た。


「おーい。お前ら席に着けよ」


 その一言で全員が自分の席へと戻っていく。


「よしよし。いつもながら皆すぐに着席してくれるから、先生としても嬉しいぜ」


 先生が来るまでにキャサリンが来なかったのは、今までに一度もない。

 僕は彼女が心配になり、キャサリンがいつも座っている席に視線をやる。

 そこは当然のことながら空席となっており、そこを見ていると、なぜかわからないが一抹の不安を覚える。


「そうだ。アラン、ゼベクト、フローラ! 全クラス対抗戦での優勝おめでとう! 皆も盛大な拍手だ!」


 先生がそう言うと、教室内には割れんばかりの拍手が鳴り響く。

 僕はそこで違和感を覚える。

 なぜならオリガン先生はキャサリンについて特に触れることはなく、それはまるでいない人を扱っているかのようだった。

 その後も先生は彼女が休んでいるにも関わらずに、授業の用意を始めた。

 今まで誰かが休んだときの先生の反応は、誰々が今日は休みだと全員に告知していたはず。

 それをしないのはなぜ?

 そんな僕の疑問は……口に出すのがなぜか恐ろしく感じて、結局先生に聞けないまま授業が始まる。

 そして、いつも通りの授業が淡々と進んでいく。

 これが最近の日常だ。ただ……キャサリンだけがこの場にいない。

 その事実は僕の胸を苦しませる。

 なぜだ、なぜ来ない? 何かあったのか? 彼女のことばかり考えて、授業に集中できないまま午前の授業が終わり昼休みなった。


「アラン」


 僕を呼ぶ声が後ろから聞こえて来たので振り向く。


「どうしたの?」


「飯の誘いでもって思って声をかけたが……お前酷い顔してるじゃねーか。朝は吹っ切れたような顔をしてたっていうのに」


 ああ。キャサリンのことばかり考えて心配になっていたから、それが顔に出ていたんだね。


「大丈夫だよ」


 そう強がる僕の側にフローラが寄って来た。

 彼女の顔色も少し優れないようだ。恐らくフローラもキャサリンのことを心配しているのだろう。二人は相当仲が良かったから……


「ご飯を食べに行きましょう?」


 フローラの言葉にしたがって僕とゼベクトは席を立つ。

 もともと弁当派が僕とキャサリンの二人で、フローラとゼベクトは学食派だった。

 そして、四人でパーティーを組むことが決まってからは、二日に一回の割合で付き合いのために学食利用している。

 今日はあの子がいないけど……はぁ、彼女に初めて会ったときは、こんなに心配になるほど大事な存在になるなんて僕自身思いもしなかった。

 どこからどう見てもウザいという印象しかなかったのに、変われば変わるもんだな。

 そんな昔のことを思いだすと、僕は自然に笑っていた。

 きっと明日になれば……彼女は学校に来るはずさ。そんな願望にも似た想いを、言葉という形に変えて紡ぐ。


「ゼリオン、フローラ。明日は本来ならお弁当の日だけど、それは止めて、明日登校して来るキャサリンも入れて四人で学食に行こう」


「そうね」


「おお」


 三人の想いを一つにして、僕たちは教室から出て食堂へと向かう。

 食堂は歩いて三分ほどで到着する。その途中に先生たちが集まる職員室もあり、そのドアの前を通り過ぎようとした瞬間、ドアが開いた。

 すると、そこには――目が腫れているキャサリンがいた。

 その様子を見るに、殴られた傷痕などではない。

 それはまるで……一昼夜泣きはらしたかのような……

 視界の端に驚愕しているゼベクトとフローラが映る。さらにキャサリンも同様の顔をしていた。

 きっと僕も同じ顔をしているのだろうと考えていると、彼女の後ろからあの人が現れた。

 それは、前に下校中にぶつかったことがある、青髪の男性だ。

 もしかして――この人が言っていた娘というのは……

 その思考を遮るように、青髪の男性が口を開いた。


「お、あの時の坊主じゃねーか」


「あ、はい。どうも」


 いきなり声をかけられた僕は、動揺しながらもなんとか返事をする。


「俺は今日こいつの転校手続きに来たのさ。お前たちは何年の何クラスだ? もしかしたらキャサリンと一緒のクラスかもしれないな。がははは」


 なんて言った? この人はいったい何を言ってる? 娘? 転校? 何が起きているんだ?

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