第51話 待ち伏せ

 はぁ、昨日はやっちゃったなぁ。

 朝目覚めると同時に、そんな憂鬱な気持ちが僕を支配する。

 昨日の夜は二人に甘えたから少しは暗い気持ちが収まってたけど、こうやって寝て起きると自分のしでかした……事の大きさに辟易する。

 ママもヒュージさんは僕を受け入れてくれて、笑って許してくれたけど……

 自己嫌悪したままの僕は、着替えてからリビングへと向かう。


「おはよう……」


 恐らく今の僕の顔は冴えないんだろうなぁ。気持ちがそんな感じだし。


「おはよう、アランちゃん。まったくそんな顔して。しょうがない子ね」


 ママを正面に見据えて挨拶をすると、表情のことを指摘された。


「おらー! アラン! しゃきっとするんだ!」


 後ろから声が聞こえてきたと同時に、背中に鈍い痛みが走る。


「いたい!」


「ははは、昨日の俺はもっと痛かったぜ? ほらほら! いつまでも引きずってんなよ? お前は俺の自慢の弟子なんだろ?」


 そう言われて後ろを振り向くと、心からの笑顔だとわかるような表情を浮かべたヒュージさんがいた。

 本当にこの人には敵わないや。


「うん。そうだね。昨日のことはもういいんだよね」


「ああ、そうだ! ララさん! 今日も朝飯ありがとよ! それを食ったら、俺は冒険者ギルドに行って来るぜ」


「はーい。気を付けて。って、まだよね。朝ご飯はもうすぐ出来上がるから、もう少し待ってて」


「おう」


 あー、今日の朝の鍛錬はさぼっちゃったな……5歳から鍛錬を始めて、初めてさぼっちゃった。

 でも、さっきまでの精神状態なら――逆にしない方が良かったかな。


「ほら、アランも椅子に座って待ってろ。今日は俺がご飯を運んでやる」


 彼はそう言ってキッチンの方へ歩いて行った。

 この二人のことはいいとして、問題は……キャサリンのことか。

 彼女には色々と聞きたいことがある。あとは、フローラの態度も気になったけど……

 ゼベクトは多分大丈夫だろう。僕と一緒になっておろおろしてただけだし。


「ほら、飯を持ってきたぜ。さぁ、食べよう。ララさんも、もう座ってくれ。あとは俺が運ぶ」


「はいはい、ありがとね」


 ヒュージさんが全てのお皿を運んで、全員が座り、それから三人で他愛のない話をしながら朝食を美味しく食べた。


◇◇◇


 そういえば、あの青髪の人は偶然2回も会ったけど、誰の父親なんだろう?

 確か、娘さんが全クラス対抗戦に出るって言ってたよね。対戦した選手の中にいたのかなぁ、それとも別ブロックの方にいたのかな?

 んー、考えてもわからないし、彼が誰の父親であろうと僕には関係ないからいいか。

 それよりも、学校に行ったらまずは三人に謝らないといけない。彼らには心配をかけた。


 そして、いつもと変わらぬ学校への道を歩き続ける。

 しばらく歩き、学校が遠目に見えてくると――そこには見慣れた四人組がいた。

 校門前になぜか立っている彼らにどう接するか考えたが、いまいちいい案が浮かんでこない。

 ここは知らない振りをして通り過ぎるのが無難かな? そう決めた僕は、そちらに視線を向けないように歩いていく。

 そしてそのまま門をくぐり学校の敷地内に入ると、後ろから声が聞こえてくる。


「おい!」


 この声はゼリオンか。

 少し足早になっていた僕は、その歩みを止めて振り向いた。


「どうしたの? 何か用?」


「ふんっ、相変わらず生意気そうな顔だぜ」


 ゼリオンは腕を組み僕を睨んでそう言った。


「ちょっとー。あんたはなんでけんか腰になってるのよ!」


「いてっ」


 キャメリーはゼリオンの脳天にチョップした。

 なんで仲間割れしてるんだろ? 昨日はあんなに仲が良かったのに。

 そんな僕の疑問を晴らそうとしているのかわからないが、オリーブが一歩前に出て来て口を開いた。


「昨日はやられたわ。途中で私の冷静さを失わせようとした戦術も良かったわね。あれで私に大きな隙ができてしまったのだし。これから冒険者になるっていうのに、あんなことで冷静さを失っていたら、命がいくつあっても足りないわ」


「ああ。俺も昨日の戦いで気が付いたことがある。それは、もう少し近接攻撃もできるようになった方がいいってことだな。まぁ、その前からうっすらとは気が付いていたが……四人で対処できていたから、目を向けないようにしていた。だが、それじゃあいけないんだな。それもこれも昨日お前と戦ったからわかったことだ」


 ライアルのギフトは『魔法使い』だし、しょうがない部分もあると思うけど、それでも昨日の戦いで自分に足りないところを自覚して、鍛えていこうというのか。


「それについては私もよ。私たちのパーティーはなまじバランスがいいばかりに、全員が全員自分の得意なことばかりして、それ以外に気を配っていなかったし、鍛錬もしてこなかったわ」


 キャメリーはそう言ってから、ゼリオンの背中を叩いた。


「ほら、あんたも何か言うことあるんでしょ!」


「お、おう」


 彼は少し気まずそうな顔をしたまま口を動かす。


「5歳の時は悪かったな! これは俺たち全員の意見だ。お前のギフトを良く知りもしないで、勝手に決めつけてバカにしてすまん。こっちの方がバカだったって気が付いたぜ。そうはいっても、昨日の戦いで負けてすぐに気が付いたわけじゃなかったが――」


 ゼリオンはそこで言葉を区切り、僕に強い視線を飛ばしてきた。


「優勝したあとの……お前の様子を見ていたら……な。俺たちが全然敵わなかったお前に、圧倒的な力を見せたあいつ。そして、そのせいで抜け殻みたいになっていたお前。それを見ていたら、いかに自分たちが小さい存在だったのかって、気が付いたのさ。そうしたら、色々と見えてきてな」


 彼の言葉にかぶせるように、今度はライアルが口を開いた。


「お前ばっかりいいこと言ってるんじゃねーよ。まぁ、そんなわけで俺たちは人がどうこうっていうより、まずは自分たちができることを精一杯やって、その上で自身を成長させていこうって思ったわけさ。結局人は人、自分は自分ってことだよな。だからこそ俺たちは、今回の戦いで気が付いたそれぞれの弱点を克服していこうと思ってる」


「アラン君は諦めていないんでしょ? 今日の様子を見て確信したわ。昨日のままだったらどうしようかと思ったけど。まぁ、それはそれでしょうがないとも思ってた。だって、あんな圧倒的な力を見せられてしまえばね。それでもあなたは立ち上がってみせた。ねぇ、私たちと仲直りして、卒業したら一緒にパーティーを組まない?」


「それがいいよ!」


 キャメリーの言葉にオリーブが同意してきた。

 この言葉がもっともっと前に……5歳の頃に聞けていれば。でも、あの時は結局皆が皆子供だったんだ。

 今も僕はガキだけど……だからこそ昨日みたいなことをしでかしてしまったのだし……


「ダメ……かな?」


 キャメリーは少し上目遣いでそう言ってきた。しかも、目が少しうるうるしている。このコンボは強いんだよね。

 それでも――キャサリンとフローラに日々鍛えられている、僕の防御を打ち破るには至らなかった。

 彼女の攻撃はなかなかのもので、鍛えられていなければ防御は厳しかったかもしれない。

 まぁ、それはそれとして、今となっては僕にも仲間と呼べる存在がいる。この四人と仲直りできそうなのは嬉しいけど……


「おい、あんまり無茶言うんじゃねーぞ。もともとは俺たちがアランの手を離したようなもんだ。それに、こいつにはこいつのパーティーがある。見ていただろう? アランは三人のパーティーメンバーに、心底信頼されていたと感じる」


「そう、そうよね。ごめんね? 無理言って」


 キャメリーはそう言うと俯いてしまった。


「皆ごめん。でも、その誘いは嬉しかった。それは本当だよ。僕は……君たちと仲直りしたかった。僕は1年生でゼリオンたちは3年生だから、これから学校にいる間に交流があるかわからない。それでも、仲直りしてくれるかな?」


「おう! お前みたいに生意気な弟は、俺がしつけてやらないとダメだからな!」


「まぁ、学校にいる間はわからないけど、いつかはどこかで一緒に何かをできるかもしれない」


「んー、本当に惜しいことしたわ。アラン君がこんなに格好良く、強くなるなら本当に唾をつけておけば良かった」


「昨日のあの言葉は気にしないであげる! でも、もう私に言ったらダメだからね! と言っても何かの戦いをすることがあれば別だけど、もうそんなことにはならないよね?」


 ゼリオン、ライアル、キャメリー、オリーブがそう声をかけてくれた。


「戦いにならないなら言わないし、学年の関係上、そういうイベントももうなさそうだね」


「よーし。なら、ほら!」


 ゼリオンはそう言って右手を差し出してきた。それに続いて他の三人も右手を差し出してくる。

 男の子の二人は手を差し出す前に、なぜか服に擦りつけてごしごしとしていたが、なんの意味があるんだろう?

 そう思い、僕が首を傾げると、ゼリオンが口を開いた。


「ああ。さっきトイレに行って、手を洗ってないからな。一応握手前のマナーとして服で拭いたのさ」


「俺も同じだ」


 その言葉に、僕と女の子は絶句した。


「あんたたちふざけんじゃねーぞ! マジで殺すぞ! お前らのその手で握手したアランと、私の綺麗な手を握らせるつもりかよ!」


 突如ブラックオリーブが出現し、彼らを殴り始めた。

 キャメリーと僕は、お互いに顔を見合わせて苦笑いをした。


「あの三人は放っておいて、私と握手しましょ?」


「うん」


 僕が手を差し出すと、キャメリーは何を思ったか、手のひらに唾を少し吐きかけた。

 そして、すぐさまその手で僕の手を握ってくる。

 いったい彼女は何をしているのだろうと、僕が混乱していると――


「これでアラン君に唾をつけちゃった」


――というキャメリーの呟き声が耳に入ってきた。

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