第50話 大きな懐
彼は傷の手当てもしないで僕に近付いて来る。ぎこちない微笑みを浮かべたまま……
ヒュージさんだって<ヒール>を使えるはずなのに、いくら<使用魔法効果半減>があるといっても……それでも多少の効果はあるはずだ。
「な、なんだっていうんだよ! なんで無理に笑顔を作ってるんだよ! お前は何がしたいんだよ!」
お腹に力を入れた僕は、ありったけの声で叫ぶ。
しかし、それを無視して彼は近付いて来る。
「なんだよ……こっちに来るんじゃねーよ!」
ふと、視界にママが入った。彼女の様子を見てみると、その目には涙を浮かべていた。
それを見て何かがキレた。
「なんだよ! 僕が悪いのかよ! ふざけんな!」
僕はヒュージさんにもママにも当たり散らす。
「お前らに僕の……僕の気持ちなんてわかるわけないんだ!」
そうやって喚き散らしても、彼は僕に近付いて来るのを止めない。
「なんでこっちに来るんだよ……なんでそんな顔で笑ってるんだよ……」
最後は消え入るような声でそう言うと、僕は地面に膝をついてしまった。
そして、下を向いていると、ヒュージさんの足元が見えてきた。
「なぁ、アラン。ごめんな。俺が悪かった。俺が過去の話をお前にしたから……アランに余計なものを、無意識にでも背負わせちまったんだろう。もともとお前は誰かと自分を比べる奴じゃなかったはずだ。今までだって、他人と自分を比べたりはしてなかっただろう?」
そう言われると確かにそうだけど……強い人とは戦って、その強さを吸収したいとかは思ったことはあるけど、なんにしても自分と比べて弱いからどうだとか、強いからどうだとか思ったことはない。
「それに、アランはずっといい子だった。何をするにしても俺やタリオやララさんを第一に考えてくれていた。そんなお前が初めて……行き場のない感情を持て余してしまったんだ。それを外に出させた上で、受け止めてやるのが……俺の役目さ」
そこまで聞いて僕は顔を上げた。そして、視界に入ってきたのは顔が変形しまくってるヒュージさんだった。
鼻はひん曲がっている。きっと折れているのだろう……これを僕がやったのか……
今まで散々お世話になっておきながら……
「アランは自分が思ってるより、過去のことがトラウマになってるんだと思う。人に拒絶されるのが怖いんだろう? それは無条件に愛してくれるはずの両親に対しても、どこかで思ってるんじゃないのか? お前はギフトをタリオに報告した時、内心どう思っていた? どうせ、拒絶されないかなとか、ぐだぐだと考えていたんじゃないのか?」
ヒュージさんに言われた言葉が僕に突き刺さって息を呑んだ。
そうだ。パパに報告した時、僕はどう思っていた? あの時は……『やっぱりパパはわからないギフトだからって僕を見捨てたりしないんだー!』って内心考えた。
そう、僕は怖かったんだ。人に必要とされなくなることが。なによりも大事な三人に必要ないと思われるのが怖くて……
だから僕は強さを手に入れようとしてたのか? どうなんだろう、わからない……
「僕は……強さでそれを引き留めようとしてた?」
「いや、そういうことでもない。確かに少しはそういう気持ちもあったと思うぞ? アランが強くなれば俺たち三人は喜んでいたし、お前を褒めていたからな。それがアランの自負心を育てていったのだろう」
そうだ。僕の自負心は三人に育ててもらったんだ。それなら――
と、僕の思考を遮るかのように、続けて彼の口は開いた。
「だけどな、一番の理由はなんといっても、お前が自分の両親を好きだからだろう? あの二人のためにも、稼げるようになりたかったんだろう? その気持ちに俺は嘘は一切なかったと思うし、邪な気持ちも一切なかったと思ってる」
「それはそうだけど――」
「そうだけどじゃない! そうなんだ。ずっと見てきた俺にはわかる。なぁ? ララさんもそうだよな?」
「ええ、そうね」
いつの間にか近くに来ていたママがヒュージさんに同意した。
「それにな、ユーリオの強さは今の年齢を考えると異常だ。まぁ、それもこれも『勇者』ギフト保持者を、<指導>スキル持ちの『天才』が育てているのだからしょうがない。そんな奴に対してビビっても何も恥ずかしいことはないぜ? 俺だって自分の息子ながら強くて強くて、模擬戦の度にびびってたぜ?」
彼はそう言うと、またぎこちない笑みを浮かべている。
ヒュージさんの顔を見た僕は、いつまでもその傷をそのままにしておけないと気が付いた。
「<ハイヒール>!」
多めに魔力を消費した魔法は、彼の顔を包んでいく。
身体にもしないと……
「<ハイヒール>!」
再び使用した魔法が、今度はヒュージさんの身体を包み込んだ。
「おー。ありがとな。アランの魔法は気持ちいいぜ。すっかり痛みも引いてきた」
光が収まると、僕の視界には傷がなくなった彼の姿が映った。
「ご、ごめんなさい……僕……僕……怖かったんだと思う……あそこまで圧倒的な存在に出会ってしまって、僕の存在価値なんてないんだと……あの二人にお仕置きをしてやるなんて、調子のいいことを言って……そんな自分に呆れたんだと思う」
「いいさ。お前はまだ12歳なんだ。やっと俺たちにも年相応な感情をだしてくれたってことだ。アランはまだまだ伸びる。それは俺が保障する。いつかはユーリオにだって勝てるさ。だけど、わかるだろ?」
「うん。自分は自分。人は人だよね……僕は自分のペースで、自分の思う通りに進んでいけばいいんだ。そういうことだよね?」
「ああ。そうだ」
あれだけ失意のどん底に落ちていた気落ちが晴れていくのを感じる。
本当に僕はどこまでも子供で、この人はどこまでも大きくて凄い人だ。
そう思うと同時に、とめどなく涙が溢れてきた。
「アランちゃん! もう! あなたは変なことを心配して! 私はいつまで経ってもあなたの味方よ? もしも……ママが先に死んじゃったとしても、アランちゃんに憑りついて一生側にいてあげるからね」
いや、それはそれで怖いというか、遠慮したいというか……いくらママが好きな僕といえども、限界っていうものがあるんだけど……
「ヒュージさん、ごめんね? うちの子があんなに殴る蹴るをしてしまって……」
「ははは、いいってことよ! こいつが一度俺の鼻を折ってくれたから、それが治って俺も男前になったかもしれねぇ!」
いや、全然変わってないんだけど……
「まぁ、あの二人のことはまた今度話を聞くぜ」
「あー、うん。でも、もうあの二人は学校に来ないと思う。ただ単にパーティーメンバーを探すために来ただけみたいだから、すぐに王都ジュメールに帰るんじゃないかな?」
「そうか」
言葉少なにそう言ったヒュージさんの表情は、どこまでも寂し気なものだった。
あとは……ゼベクト、フローラ、キャサリンには悪いことをしてしまったし、なによりもキャサリンのことが心配だ……
「さあさあ、話がまとまったならお家に入るわよ! もうご飯の支度は出来てるの。恐らくアランちゃんは優勝したんでしょう?」
その問いに僕は小さく頷いた。
「なら、お祝いよ! さあ! 家に入りましょう!」
ママの声にしたがって僕たちは家の中へと入っていく。
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