第49話 爆発

 気分が未だに晴れない僕は、徐々に自宅へと近付いていった。

 はぁ、どうすればいいかな。ヒュージさんに言うとしたらなんて言おう?

 僕たちが優勝したらお祝いしてあげるって、ママは朝言ってたけど……正直そんな気分でもないし……

 そんな風にぐだぐだと考えながら歩いていると、自宅が目視できる距離まで来た。

 町はずれにぽつんと建っているこの家は、周り他の人の家がなくとても静かで住みやすい。

 その分買い物に行くのには不便だと、ママがぼやいていたことがある。

 そんな自宅の横には、鍛錬するための広場がある。まぁ、広場っていっても10メートル四方程度の広さだ。それでも十分広いけど。


 そして、その広場に人影が見えたので、そのまま近づいて行った。するとそこにはヒュージさんがいて、彼は地面に植えた細い丸太の上に乗っており、そこで斧を振るっていた。

 あれはヒュージさんが考えた鍛錬方法で、僕もやってるけど、最初は全然バランス感覚が取れなくて苦労したなぁ。

 最初は太い丸太だったのが、徐々に細くなっていったから。

 いつの間にか足が止まっていた僕は、そんな昔のことを思いだしながらその鍛錬を見ていた。

 あの人は自分の限界を知りつつも、それでも毎日鍛錬を欠かさない。まぁ、その限界というも、自分自身じゃないとわからないみたいだけど。

 確かに僕が子供の頃から、ヒュージさんの強さはほとんど伸びていない。

 だけど、あの人はもう十分な強さがあると思うし、僕から見たら本当に精神的に逞しくて大人だと思う。


 ユリアさんとユーリオのせいで、一度は失意のどん底に落とされて……それでもああやって今も鍛錬をしている。


「おー! アラン、遅かったなぁ。今帰ったのか?」


 ヒュージさんの鍛錬を見ていた僕に、彼は気が付いたようで手を振ってきた。


「う、うん。今帰ったよ。遅かったのは……色々とあってね……」


 それだけ伝えると、怪訝な顔をしたヒュージさんが僕に近付いて来た。


「色々ってなんだ? その顔は何があった? どうしてお前は泣きそうな顔をしている?」


 それを聞いて僕は自分の顔を触ったが、全然わからなかった。

 泣きそう? 僕が?


「あとは、そうだなぁ。今までのアランは目に力があった。それなのに今のお前の目からは力を感じられない。まぁ、それだけならいいんだが……今の目は、まるで死んだ者のような目だ。いったい何があった?」


 死んだ者のような目か……さすがヒュージさんだね。的確過ぎる。

 どうする? あの二人のことを伝えるか? でも、伝えたらこの人はショックを受けるんじゃないのか? 顔には出さないけど、あの二人のことを未だに家族と思っているのだと思うし……

 そう考えると、僕は何も言えなくなり俯いてしまう。


「なぁ、アラン?」


「何?」


「俺はお前のなんだ?」


「――ヒュージさんは……僕の大事な人であり、師匠だよ」


「本当に俺のことを大事だって思ってくれてるのか?」


「うん」


「それなら……どうしてそんな顔をしているのに、俺に話してくれないんだ? 俺はそんなに頼りないか? お前にとって俺は必要ない人間か?」


 さっきまでオレンジ色だった空は、暗みを増してきている。だから……そう言った彼の顔が、今にも泣きそうなものに見えるのは……見間違いかもしれない。

 いや、違うな。僕がヒュージさんと目を合わせるのが怖いんだよね。だからこの人の顔をきちんと見れていないんだ。

 緊張で喉が渇く、だけど伝えないとこの人は納得しないのだろう。

 そして、それだけ僕を大事に想ってくれている。


「僕は……今日……ユリアさんとユーリオ――君に会ったんだ」


 声を鼓動が早くなるのを感じる僕は、声を震わせながらそう言った。

 ヒュージさんはどんな反応をするのだろう? 色々な感情がごちゃ混ぜになって、彼の顔を見るのが怖くなってきた。

 ヒュージさんから反応がないということは、驚いているのかな?

 僕は俯いたまま、彼は無言のまま――しばらくそんな時間が過ぎていった。

 先ほどから風が強く、それが絶えず僕たち二人の間を通り過ぎる。

 どれくらいこうしていただろうか? という疑問が頭をよぎる最中――沈黙を破るべく口を動かしたのは彼だった。


「そうか……すまないな。ずっと黙ってしまって……あまりに唐突にあの二人のことを聞いたから、何も言えなくなっちまった。まるで心臓が止まったかのように感じたな。はは」


 笑い声に反応して顔を上げてみると、彼は愛想笑いをその顔に貼り付けていた。


「まぁ、俺のことは平気だ。これでも随分といい年をしたおっさんだしなぁ。気持ちの整理がついているといえば、それは嘘になるが……必要以上に気を遣ってもらう必要はない。それより――その二人がどうしたんだ? アランの今の表情と何か関係あるのか?」


「実は……ユーリオ――君に――」


「あー、別に俺の前だからって無理に『君』を付ける必要はないぜ? 自分が言いやすいように言えばいい」


「うん。僕は彼に……実力の差というものを……見せつけられたんだ。暴力を振るわれたとかはないけど、あの圧倒的な力の前では……」


「ぷぷぷ、はははは」


 は? 何がおかしい? 人が真面目に話してるのに!

 話してっていうから話したのに、僕を小馬鹿にするの?


「なんで笑うの!!」


 無意識に僕はそう叫んでいた。


「あーはっはっは。これが笑わずにいられるかっての! はっ! ユーリオの前で無力感を味わっただぁ? んなもんはなー、俺はずっとそうだったぜ? それでも俺はこうして生きている! 前に進んでいる! 俺のギフトじゃ、生憎ともう伸びしろがほとんどない。それでも……だ!」


 ヒュージさんの怒号が家の中にまで聞こえたのか、家のドアが開いてママが出て来たのが視界の端に映った。


「なのにお前はなんだ? 俺なんかよりずっとずっと恵まれたギフトを持ってるじゃねーか! ふざけんな! 誰がなんのために、てめーを鍛えてやってると思ってるんだ? お前はこの街に来る前に言ったよな? ユーリオやユリアにお仕置きしてやるとかなんとか。あの時は軽く流していたが……」


――その瞬間僕吹っ飛んでいた。そして、遅れて激しい痛みに襲われた。


「ぐうう、い、いきなり何するんだよ!」


 突然僕を殴った人物に文句を言ってから――その人を視界に入れる。

 すると、彼は……大粒の涙をこれでもかってくらいに流していた。


「な……なんで……殴った奴が泣いているんだ! ふ、ふ、ふざけんな! ふざけんじゃねーぞ!」


 怒りに我を忘れた僕は、彼に殴りかかる。

 ヒュージさんを倒して、馬乗りになり、手加減なしで思いっきり殴ったり頭突きする。

 彼の顔から血しぶきが舞い、それが僕に降りかかる。それでもそんなのは気にしないで殴り続ける。

 それをしばらく繰り返していると、ふと気が付いた。


「な、なんで、攻撃を防がないんだよ……なんで無抵抗のままでいる? さっきは泣いてたくせに、なぜ今は笑ってるんだよ……そんな顔されたら……もう殴れないじゃないか……」


 彼は――これでもかってくらいに顔を腫らし、血だらけになりながらも、ぎこちない笑顔を浮かべて僕を見つめていた。

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