第48話 失意
あれからのことは正直あまり覚えていない。
あまりに圧倒的な能力の差を見せつけられた僕は、ママやパパ、そしてヒュージさんが植え付けてくれた自負心を、ユーリオに木端微塵にされた。
調子に乗っていたわけじゃない。それでも……
冒険者になり、稼いでパパの商店を作りたい。とそんな想いを持っていた僕は、ただの考えなしの愚か者だった。
仮に稼ぐのなら、あんな風に圧倒的にならなければいけない? あれだけ強くないと仲間を守れないのかな? 冒険者として無事に生活していけないのか? そんな考えばかりが頭の中をぐるぐると回りだす。
「――ン、――ラン!」
「――ラン君」
周りから何か声が聞こえるが、僕の心には届かない。返事をする気もしないし、なによりも良く聞こえない。
今はそれどころじゃないんだ。僕はこれからどうしたらいい?
これからも『努力』ギフト保持者として成長していって、果たしてあの高みにたどり着けるのか? ユーリオの年齢を考えると、彼だってまだまだ発展途上のはずだ。
それに追い付けるのかな? 追い越せるのかな? 本当は追い越す必要なんてないんだろうけど、ヒュージさんにああやって言った手前……
そこまで考えていると、乾いた音が響くと同時に僕の頬に強烈な痛みが襲ってきた。
「アラン! いい加減にして! いつもの飄々としていて、そして自信満々のあなたはどこにいったの? 情けない姿を見せないでよ! 私だって、私だって……」
その声は僕の心に届き、そして痛みのある頬をさすりながら声の主を見る。
僕にそう言ったキャサリンは、目に溢れんばかりの涙を浮かべていた。
そうだな。キャサリンだってなんらかの事情があるからこそ、あの二人に会った時に様子がおかしかったんだ。
それなのにこうして僕を心配してくれている。だけど……
「今のあんたなんて嫌いよ、大っ嫌い! そんなの私〇〇〇なアランじゃなわ!」
彼女はそう言い放つと、僕に背を向けてどこかへ走り去ってしまった。
「言いたくないけど、私も今のアラン君はどうかと思うわ。別にいいじゃない? 強さだけが全てじゃないでしょ? それに、あいつは……ううん、これは何でもない。私ももう帰るわ。明日会う時のあなたが、いつも通りのアラン君でいてくれたらいいけど……」
そう言って寂し気な表情を浮かべたフローラは、まるでキャサリンのあとを追うように立ち去ってしまった。
「はぁ、まぁ、お前の気持ちもわかるけどな? あいつがヤバいくらいに強いのがわかったし、俺にも全く動きが見えなかった。もちろん速さだけが強さの全てじゃねぇよ? だけど、あれはな……そんなセリフも言えなくなる圧倒的な力の片鱗だった。俺はそう感じたぜ」
ゼベクトの言う通りだ。戦闘を有利に進めるためには、速さが相当重要なウェイトを占めているのは明らかだが、それだけで決まるものではない。
それをわかっていてもなお……あれは、そんな考えを吹き飛ばすだけのインパクトがあったし、実際に僕のちっぽけな誇りなんて木端微塵にされた。
「ふふ」
僕は本当にダメすぎるなぁ。大事な三人に育っててもらった大切な自負心を、ちっぽけな誇りなんていうのか。終わってる、本当に終わってるよ。僕は……
「いきなり笑ってどうした? おかしくなったか? まぁ、冗談はこれくらいにして、いい加減に俺たちも帰ろうぜ? すでにこの第一闘技台には――というよりも運動場自体に誰もいない。皆もう解散して帰って行ったぞ。さすがにそれくらいは気が付いていたと思うけどな?」
そう言われて僕は周りを見渡す。すると、先ほどまで試合を観戦していた生徒たちが観客席からいなくなっており、審判をしていた先生たちもいなくなっている。
いったいいつの間に? 僕が困惑しているとゼベクトが口を開いた。
「その様子だと気が付いてなかったのか? ――マジかよ。さすがにそれはショックを受けすぎだろ? 一応優勝したってことで、軽く表彰されたあとに解散となったぞ」
「そうなの?」
僕はまだ痛む頬を撫でながらゼベクトに訊ねる。
「そうだ」
「ユーリオとユリアさんはどうした?」
「お前に絡んだ後の二人は、特に何をするわけでもなしに帰って行った。まぁ、パーティーメンバーが見つからなかったからか、不機嫌そうにしてたけどな」
あの二人は帰ったのか……結局何もできなかったな。いや、すぐにどうこうしようとしていたわけではないけど……
「すぐに元気をだせと言ったからって、それがでるものじゃないのはわかってる。幸い今日はこれで終わりだし、これから家に帰ってゆっくりしとけよ。次に会う時は元気な顔をして会おうぜ? それじゃあ俺も帰るとするか。またな!」
彼はそう言って去っていった。
そして運動場に一人取り残された僕は呟く。
「はは、格好悪い。これじゃあ雑魚って言われてもしょうがないよね」
そんな風に自嘲している僕を慰めるかのように、一筋の風が未だに熱を持っている頬を撫でてきた。
◇◇◇
帰り道を歩いていると、見覚えのある人が前方から歩いて来るのが見えた。
あの人は確か――僕が前にぶつかった人だ。
相変わらず高そうな防具を見に纏い、腰にはなんらかの力を感じる名剣を帯びている。
ついついその剣に目を奪われていると――
「おお、お前は……どこかで見たことがあるな」
と、声をかけてきた。
「ああ、前にぶつかったことがありますね」
「あの時の坊主か! こりゃあ懐かしいな。冒険者学校は頑張ってるか?」
「ええ。一応は……」
今日のことがなかったら、胸を張って言ってたんだろうけど、今の僕は……
「なんだなんだ、若いってのに歯切れが悪いぞ! 俺なんて今日久し振りに嫁と息子に会えるから嬉しくてたまらねーぞ! そんな俺の気持ちを分けてやりたいくらいだ! がははは」
この大男は大声で笑いだした。
「まぁ、娘もいるんだがな。今日はあいつが全クラス対抗戦に出るっていうから見たかったんだが、急な依頼が入ってな」
「はぁ」
なんだこの人? 正直今の僕は、知らない人の身の上話を聞く心境じゃない。
「娘がどうだったのかは帰ってから聞くつもりだぜ! っといけねぇ。待ち合わせに遅れちまう。それじゃあな坊主!」
青髪の男性は言いたいことを言って去っていった。
「あー、どうしよう。ヒュージさんに今日のことを言うか言うまいか……悩むなぁ」
オレンジ色に染まった空を見上げながら呟いた言葉は、そのまま風に乗って消えていった。
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