第45話 決勝戦 後編

 その言葉はオリーブにクリティカルヒットしたみたいで、彼女の顔がみるみるうちに真っ赤に染まっていく。

 これは我ながら少しだけ卑怯かな? って思ったけど……まぁいいよね!

 三人を同時に視界に入れれるように、僕はさり気なくじわりじわりと移動する。

 限界まで真っ赤に染め上げた顔のままオリーブが口を開いた。


「ふ、ふ、ふっざけんなあああ、お前殺すぞ!」


「うわ」


 怖い! 何あの顔!? 角が見えるよ!

 それにオリーブはあんな口の利き方するのか、随分と口が悪いなぁ。しかし、ここはチャンスなので畳みかける。


「オリーブのその口の利き方って、まるで本当に男の子みたい……」


「殺す、殺す、殺す……」


 彼女はまるで呪詛をまき散らすかのように呟きだした。そして、手にナイフを構えて僕へと突進して来る。


「お、おい! オリーブ! そんな見え透いた挑発に引っかかってんじゃねーよ!」


「そうよ! オリーブ! あなたは胸がなくても立派な女の子よ!」


 キャメリーの見当違いな慰めも彼女の耳には入っていないようで、フェイントも何もせずに一直線に僕へ向かって来てくれる。

 そんな優しいオリーブにはお礼をしないとね! だけど、影から魔法を撃たれちゃたまらないから、僕は突っ込んでくるオリーブを盾にするように位置取り、二人からの攻撃を封じ込める。


「おい! オリーブ! 位置が悪いぞ! 戻れ!」


「そのままだと攻撃できないわ! 聞く耳持っていないわね。しょうがない。ペチャパイオリーブ! こっちに来なさい!」


「え!?」


「ちっ」


 今のキャメリーの声で正気を取り戻したようで、オリーブは立ち止まってしまった。だけど、逆にここはチャンスだよね!


「いくぞ!」


 その言葉と同時に僕は<縮地>を使う。それによって一瞬でオリーブの懐まで侵入した僕は、彼女のお腹を一気に蹴り上げる!


「きゃあああ」


 だけど、これで終わりじゃないよ? 1メートルほど宙に浮いたオリーブと目が合い……僕は<五連斬り>を使う。


「ふっとべ!」


「きゃあああ」


 その攻撃を受けた彼女は場外へ向かって水平に飛んでいった。オリーブからすぐに視線を切り、次の標的を補足する。

 次は……キャメリーだな。彼女とライアルは場外へ飛んでいくオリーブに視線が釘付けになっている。

 再び<縮地>を使った僕はキャメリーの背後へ回り込み、剣を振り下ろす。

 彼女の肩へヒットしたと同時に再び剣を振り上げて、今度は脇腹に向かって剣を払う。

 そして、痛みが遅れてやってきたのか、キャメリーの悲鳴が響き渡る。


「いったあああいいい」


 しかし、未だに彼女は降参していないので、さらに連撃を叩きこむ。ここまでしていると、ライアルも現状を理解したようで慌てていたが……

 ギフトが『魔法使い』の彼に現状を打破する手段はないようで、おろおろとしているだけだ。

 魔法で攻撃してきたらキャメリーも巻き込むからな。それ以外の近接攻撃でかかってきたらいいんだけど、それはないみたいだね。

 そんなライアルをわき目に見つつ、キャメリーに攻撃を続けていると……


「こ、降参よ、降参よお。お願い! もう攻撃はやめてええ」


 彼女から降参の言葉を引き出したので、僕は剣を振るのを止めた。


「ふぅ、これであとはライアルだけかな」


 キャメリーをちらっと見ると、一応魔道具の効果があるために顔が腫れているということはなかった。

 ただ、相当痛かったようで目から涙を流して怯えている。

 んー、怯えさせるつもりはなかったんだけどな……まぁ、でも戦いだからしょうがないよね。少しだけ自己嫌悪しつつも、すぐに視線をライアルに固定する。


「こ、こっちに来るな! <エクスプロージョン>!」


 焦っているせいか、彼から放たれたその魔法の威力は明らかに魔力の練り上げが甘いのがわかる。

 その魔法の大きさは50センチ程度しかなく、ここまでの彼の実力を見ているといまいちだ。多分ライアルが普通の状態であれば、その大きさは3メートルほどになっていたんじゃないのか?

 そんな感想を抱いたが、わざわざ相手が平常心になるまで待ってやるつもりはない。


 すでに相手と一対一に持ち込んだし、彼は<魔法使い>保持者だから<縮地>は使わなくてもいいだろう。一瞬でそう判断した僕は、こちらに近付いて来る炎の玉を避けながらライアルに迫っていく。

 彼は僕を見失わないように必死になっているが、ここでフェイントを入れるとどうだ?

 ライアルから3メートル程度離れた場所までたどり着くと同時に、僕は急遽方向転換をする。すると、彼は僕を見失わなったようで、きょろきょろとせわしなく視線を動かしている。

 その隙に僕は彼の側面へと近づき、脇腹に向かって剣を払う。


「ぎゃああ」


 一発で終わると思っていないので、さらに連撃を繰り返す。念のために時折フェイントを織り交ぜながら、胸、脇腹、腹部、太もも、顔面を強打していく。

 彼はそれでも痛みに耐えて魔法を使おうとしていたが、口を動かそうとする度に顔を攻撃して僕はそれを防ぐ。


 そして――


「ま、まいった……参ったから、やめてくれええ。もう攻撃をやめてくれ……」


 ライアルはそう言うと泣きだしてしまった。うーん、泣かせるつもりはなかったのに……

 って、そんなことよりも、あっちはどうなってる?

 すぐに視線をゼベクトたちへと向けた僕はその光景に絶句した。


 え? あれ? 君たち戦ってたんだよね? あまりのことに僕の頭は理解が追いつかないが、三人の側になんとか駆け寄っていく。


「ね、ねぇ。僕の方は終わったんだけど、こっちはどうしてたの?」


「んー、そうねぇ。あの人はアラン君に因縁がありそうだし、倒し切らないでいたのよ?」


 僕の質問に答えてくれたのは、今日も可愛いフローラだった。


「へ、へぇ」


 頬を引き攣らせながら、僕はゼリオンを見た。その姿はすでにヘロヘロになっていて、それでもめげずに頑張って斧を振るっているゼリオンだった。

 未だにどうしてこうなっているのか理解できていない僕に、今度はキャサリンが近付いて来て口を開く。


「正直言うと、あの人は結構強くてね? 最初は拮抗していたよの? でも、こっちは三人でしょ? それに回復要員もいるし」


 彼女はそう言うと、フローラに視線をやった。


「私が回復して、ゼベクトとキャサリンが一緒になってずっと戦ってたのよ。ずっとそうしていたら、あっちはどんどん疲れていってね? さすがに強いっていっても三人の相手をするのは無理だったみたいね。多対一は一対一よりもよっぽど精神的にも疲れるからねぇ」


 確かにそれはそうだ。僕も相当疲弊していると思う。

 とにかく集中力が途切れないようにしないといけないし、細心の注意を払わないとどこから攻撃が飛んで来るかわからない。

 とにかく、今彼女らが言ったことが全てか。


「あとはアランに任せるわ。止めを刺して来て? 〇〇〇のアラン。格好いいところを見せてね?」


「アラン君。三人も倒して凄かったわ。最後の一人も倒しちゃって?」


 二人はそう言って上目遣いで僕を見つめてから僕の腕に抱きついてきた。

 良くわからないけど、最近キャサリンも僕に対する攻撃力が上がってきている気がして凄く困る……

 それに彼女の口パクはいつになったら止めるんだろう。

 そうして僕が二人におろおろしていると――


「おいいいい! お前ら! ふざけんな! 俺が戦ってるってのに、三人でいちゃいちゃしてんじゃねーよ! なによりお前らも試合中だぞ!」


「ご、ごめん!」


 僕は素直にゼベクトに謝ったっていうのに、彼女たち二人はゼベクトをまるで親の仇のように睨みつけていた。

 この怖い二人は放っておいて……残り一人を片付ける!


「いくぞ、ゼリオン!」


 すでにへろへろになっている彼にこの攻撃は避けられないだろう。

 一気に彼の懐近くまで走っていき、その勢いを利用して大剣でみぞおちを突いた。


「ぐあああ」


 あれ? もしかして大剣でも<五連突き>できるんじゃないかな? ふと、そんな疑問を抱いたので僕はすぐに試す。


 突きを出しやすいように、大剣を構え直して――


「いくぞ!」


 すると、<五連突き>が綺麗に決まり、ゼリオンは場外へと吹っ飛んでいった。


「ふぅ、これで終わりか」


「アラン、やったな! これで俺たちが優勝だぜ!」


「アラン君やったね!」


「さすが、〇〇〇〇アランよ!」


 これで僕の5歳から続いていた因縁? 良くわからないけど何かが断ち切れた気がする。

 胸の奥がすーっとしていくのを感じる。そうして何か感慨深いものを感じた僕は、虚空をぼんやりと見つめた。

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