第38話 認識
とうとうこの日が来た。今日は全クラス対抗戦だ。
「ふぅ。朝の鍛錬はこれくらいでいいかな」
僕が一人呟くと――
「おう! 精が出るじゃねーか。今日は全クラス対抗戦だったな。当然優勝するんだろ?」
背後からヒュージさんの声が聞こえた。
すぐに振り返った僕は、彼を視界に入れて口を開く。
「おはよ! 最近ヒュージさんは、少し起きるの遅いね?」
「まぁな。冒険者稼業も楽じゃないってところだ。なんといっても俺はソロだというのがある。だから、コツコツと地道にやることで少しでも永く続けられるようにしてる」
「うーん、やっぱり考えは変わらないの?」
「ああ。そうだな。アランはまだまだ若いし、可能性が詰まっている。だから、俺とパーティーを組むなんて考えちゃダメだぜ。その気持ちは嬉しいけどな?」
何回提案してもこの人には断られてしまう。
冒険者学校を卒業したら、しばらくヒュージさんとパーティーを組みたいと思ってるというのに……
「おいおい、そんな渋い顔するなって。お前にも友達は出来たんだろう? いずれはその子たちとパーティーを組むかもしれないんだし、仲良くしておけよ?」
自分では気が付かなかったけど、僕は渋い顔をしてたのだろうか?
うーん、せっかく天気がいいんだし、にっこりとしていないとね! そう自分に言い聞かせた僕は、笑顔を作る。
そういえば友達かぁ。それで思い浮かぶのはゼベクト、キャサリン、フローラだ。
その他にも教室で少しずつ話すようにはなってるけど、なかなかねぇ。
あんまり話したことがない人だと、自分からぐいぐいといけないんだよなぁ。
そう考えると、三人は貴重な存在だね。あっちからぐいぐいと来てくれたからこそ、友達になれたんだし。
そう思った僕は、内心で彼らに感謝の言葉を反芻する。
「三人とは仲良くするよ! この前言った通りに、今日の対抗戦でパーティーを組むのもその三人だよ」
「それでいい。あっ、そういえば俺はアランを呼びに来たんだった。朝飯が出来上がったから早く来てくれってララさんが言ってたぞ。鍛錬はほどほどにして、早く来いよ。学校にも遅れるからな」
「はーい」
彼は満足そうに笑顔を浮かべて、家の中に入って行った。
タライに入ってる水で汗を流し始めた僕は、急いで汚れを落としていく。
◇◇◇
試合開始までは、あと30分だ。それまでにウォーミングアップをしておけとは先生の言葉であり、周りをみるとその通りに身体をほぐしている人が沢山いる。
それにしてもここに集まっている人数は凄いの一言だ。そして僕は、周りにいる人の数に圧倒されていた。
全校生徒が集まるとこんなにいるのかというほど集まっている。
1学年が約一〇〇人なので、生徒の合計は三〇〇人程度だろう。それに先生たちも結構な数であり、見たことがない先生もいる。
そうやって周りをきょろきょろと見渡している僕のほうを見て、ゼベクトが口を開く。
「アラン! そんなにきょろきょろとするなよ! みっともないだろ? 俺みたいに、もっと落ち着けよ」
「あんたねぇ……さっきからトイレにばっかり行ってない? 仮設トイレが近くにあるからって、こっそり行ってるの知ってるんだからね! どうせ緊張し過ぎてトイレが近いんでしょ? それなのに偉ぶって……」
「おいおい、キャサリン……バラすなよ! 格好悪いじゃん……」
こいつは緊張してトイレが近かったのか。どこか抜けている感じの彼を、僕は温かい目で見つめる。
それにしても、僕は緊張はしていないけど、あの四人のことは気になる。
2週間の謹慎の後、僕たちのクラスに来ることはなかったから、未だに僕のことを知らないとは思うんだけど。
でも、あの騒ぎのせいで、ゼリオンたち四人が今後一切の勧誘禁止になったのを聞いたときは、先生が言うだけあって、さすがにこの学校は厳しいなと思った。
あいつらのことを考えていた僕は、自分の手に何か柔らかいものが触れたのに気が付く。
何が触れたんだろう? と思って、視線を下げる。
そして自分の手を見てみると――フローラが僕の手を握っていた。
「なっ! なんで、君が僕の手を握ってるのさ!」
「えー? なんかアラン君が落ち着きなかったから、あなたを落ち着かせるために手を握っただけよ?」
この子は何を当たり前のことを聞いてるんだ? と、言わんばかりの態度でそう言った。
それよりも……フローラの手は凄く柔らかくて気持ちいいな……
それに、手を握るくらいに近くに来てるから、彼女の芳しい髪の香りが鼻をくすぐる。
そうなると当然、僕の心臓の鼓動は周りの人にも聞こえるんじゃないかというほどに高鳴った。
ドキドキを抑えきれずにいる僕は、どうしようかと混乱する。
そんな最中、今度は逆の手に柔らかい感触を感じた。
すぐさま逆の手を見ると、そっちはキャサリンが手を握っている。
「キャサリンもどうしたの!?」
「え? だってこうするとアランは落ち着くんでしょ? フローラだけずるいじゃん! ――じゃなくて! 私もパーティーのためを思っての行動よ? あなたが私たちのパーティーの主力なんだから、落ち着かせないとダメでしょ? それはそうとして、アランの手って思ってたよりも大きくて硬いのね? うん、大きくて硬くて素敵だわ」
キャサリンの言葉が耳に入ってきた僕は、なぜか凄く恥ずかしい気持ちになり、顔が火照ってくるのを感じた。
確か、そのセリフってママがパパに言ってた気がする……それも凄く甘えたような声で……
何が大きくて硬くて素敵なのかってママに聞いたけど、僕にはまだ早いって言われてはぐらかされたんだっけ。
――って、そんなことを考えてる場合じゃない! 何か周りからやたら視線を感じるし、凄く凄く恥ずかしい!
どうしようもない羞恥心にまみれた僕は、二人には悪いとは思いつつも、無理やり手を引き離す。
「「あっ」」
繋がれていた手を離すと、二人は名残惜しそうな目で僕の手を見つめていた。
「もう! 急に手を握ってきたら、僕はどきどきするんだから気を付けてよね!」
「「そうなの?」」
それを聞いた二人は僕に詰め寄ってきた。
なんで全クラス対抗戦前に、この二人から精神攻撃を受けないといけないんだ――と考えていると、後ろから誰かに肩を掴まれる。
「おい! お前! 久し振りだな!」
「おいおい。 こいつ、こんなに可愛い子を二人もかよ……いちゃいちゃしやがって。羨まし過ぎるだろ! なぁ、ゼリオン。女の子に連戦連敗中のお前とは真逆だな?」
「あらあら、女の子二人を侍らせるなんてやるわねぇ。今年の1年は。――って、あのときの格好いい男の子じゃない」
掴まれた肩を無理やり外して、僕はそいつから距離を取る。
肩を掴んで話しかけてきたのがゼリオンで、そのあとこいつに話しかけていたのがライアルか。
もうすぐ試合が始まるというのに、その前にこいつらに絡まれるとは。
思わずため息をつきたくなった僕は、どうしようかな? と考える。
まだ僕がアランだとバレてないみたいだし、できれば試合中にバラしたいところだ。
この四人が試合に出るのか、仮に出たとしても当たるのかもわからない。
まぁ、もしこいつらと戦えなかった場合は大会終了後にでも教えてあげるかな。とこの四人への対応を考えていると、僕が口を開くよりも先にゼベクトが口を開いた。
「おいおい! あのときは躊躇しちまったが、今は躊躇しないぞ? お前らはうざったいんだから、さっさとどっかいけよな! 俺の友達のアランに構うんじゃねーよ!」
空気を読まない彼は、僕の名前を言ってしまう……
今のでこいつらは気が付くかもしれない。と、僕が四人の反応を窺っていると、ゼリオン、ライアル、キャメリー、オリーブは、まるで信じられないものを見たような顔をしている。
10秒程度変な顔を晒していた四人の中で、一番最初に立ち直ったのはキャメリーだった。
未だに驚きの色が消えない表情をしている彼女は、ぎこちなく口を開いた。
「あ、あ、あなたは……あなたはアラン! 昔、遊んでいたあの子よね!? どうりでどこかで見たことがあるって感じたはずよね。君が5歳になってからは、遊ばなくなったけど……」
どうやらバレたようだ。
まぁ、これについては、早いか遅いかの違いだったから別に気にしない。
にっこりと微笑みを浮かべた僕は、四人を見据えながら唇を動かす。
「やあ? 久し振りだね?」
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