第33話 模擬戦後

 今の<五連斬り>は少し力を抑えて放ったから、ゼベクトに怪我はないと思う。

 そういえば、この模擬戦の勝敗ってどうやって決めるんだろう? そんな疑問が湧いた僕は、このまま続けるべきか、止めるべきか考えていた。

 闘技台の上に横たわったままの彼を見据え続ける僕は、試合開始の合図をしたフローラに聞こうと考える。


「アラン君の勝ちー!」


 聞こうと思っていた当人の声が後方から聞こえてきた。

 そんな彼女の行動に疑問に持った僕は、フローラに声をかける。


「ねぇ、どうして今ので勝ちなの? オリガン先生何か言ってた? 僕が聞き逃していたとか?」


「アラン君は何も聞き逃してないよ? 私もそういえば勝敗どうやって決めるんだろう? って思ってね。先生にさっき確認しに行ったんだ。ゼベクト君が倒れてすぐに行ってきたから、あなたは気が付かなかったんだと思うよ」


「そうだったのかぁ。僕が聞き逃してないってことは――」


 僕がそこまで言うと、キャサリンの声が聞こえてくる。


「オリガン先生は伝えるの忘れてたみたいだよ」


「あ、そうなんだ……」


 あの先生って実は忘れやすい? 勧誘のこともそうだし、模擬戦の勝敗についてもそうだ。


「あれ? そういえば勝敗ってどうやったらつくの?」


 その言葉を待ってましたと言わんばかりに、優しく微笑んだフローラがその魅力的な唇を動かす。


「オリガン先生が言うには、相手に倒されて10秒間立ち上がれなかったら負けみたい。ゼベクト君が倒れてからすでにそれ以上経ってるでしょ? だって、私がここを離れて先生に話を聞いて戻って来たのに、まだ倒れたままだもん」


「そういえばそうか」


 決着が付いたと聞いた僕は、残心を解く。


「ゼベクト大丈夫? 防具は壊れてないよね」


 さっきまで闘技台の上に横たわって少しうめき声をあげていた彼は、苦しそうな顔をしながらもなんとか立ち上がる。


「お、おう。くっそ痛いのを我慢するなら大丈夫と言える! だけど、痛いのが大丈夫じゃないなら、そうじゃないと言える! マジいてええよおお!」


 こいつの絶叫がうるさく感じた僕は、思わず耳を両手で塞いだ。

 ちらりと見ると、すぐ側にいたフローラとキャサリンも耳を塞いでいる。


「はぁ、あんたは模擬戦中はあんなに威勢良かったのに……痛い痛いってうるさいわねぇ。あんた男でしょ? 喚くんじゃないってーの!」


 しかめっ面をした彼女は、ゼベクトに苦言を呈した。


「だって、痛いもんは痛いからしょうがないだろ!」


 食ってかかってきた彼に向かって、キャサリンは顔をニヤニヤさせて口を開く。


「あれ、なんだっけ?確か――『俺のサンドバッグになっちまうぜ?』だっけ? 調子に乗ってるからよ? あのドヤ顔ったらなかったわ。ぷーくすくす。ぷーくすくす、あははは」


 そういえば、さっきそんなことを言ってたな。

 彼のドヤ顔がそれほど面白かったのか、彼女は腹を抱えて笑い出した。

 横目でフローラを見ると、彼女は口を押さえている。

 あれはおそらく……なんとか笑わないように努力しているのだろう。


「お、お、お前らー。馬鹿にするなよ! しょうがねーだろ! 熱くなっちまってたんだからよ! アランもアランだぜ! もっと早く攻めて来てくれてたら、俺があんな恥ずかしいこと言わなくても済んだのによ!」


 なぜか今度は僕に矛先が向いてきた。


「まぁ、最初は防御の練習をしていたしね。それに……君の、あのスキルをもっと体験してたかったんだ」


 今言った言葉の何が気になったのかわからないが、ゼベクトは少しずつ後退りしていった。

 さらにフローラとキャサリンを見ると、二人とも少し顔を引き攣らせて同じように後退りを始める。


「アランって……もしかして……マゾなの? マゾが私を〇〇なの? それならもっと色々言ってあげたほうがいいの? でも、そんなのは……恥ずかしい」


 えっ!? 僕はマゾじゃないよ? それって痛いのが好きな人のことだよね。

 それに、途中よく聞こえなかったけど、『マゾが私を〇〇なの?』ってなんだろ?

 あれ? それよりもマゾって痛いことだけが好きじゃないのかな?

 たまにパパが朝言ってたもんな。『俺はマゾじゃないのにララに搾り取られ過ぎる。普通がいいのに、普通が……』って。

 ママがパパに暴力を振るうのはめったにない。たまにあるけど……

 肯定も否定もしない僕を不思議に思ったのか、フローラが僕に近寄って来て口を開く。


「ア、アラン君ってマゾなの?」


 上目遣いで僕にそう言ってきたフローラは、どれほどの攻撃力を持っているのか。

 可愛いからその攻撃止めてよね! おっぱい攻撃並みに強烈だよ! と僕は内心愚痴を言う。


「違うよ! ただ鍛錬をするのに相手の動きを知りたかっただけ! だから見切ろうとしてもっと体験したいって言ったんだよ!」


 恥ずかしさのあまり怒声をあげてしまった僕に、彼女は少し怯えた表情で謝ってきた。


「ご、ごめんね」


「い、いや。僕こそごめんね。怒鳴ったりして。君は何も悪くないよ。あえて悪いところを言うのなら……かわ――」


 危ない! 危うく可愛いところがって言うところだった。この子といると調子が狂ってしまう。

 フローラは恐ろしい子!


「かわ? かわがどうしたの? 川? 皮? 革?」


「い、いや。フローラも革装備なんだなってね!」


 首を傾げながらそう聞いてきたフローラに対して、僕は苦しい言いわけをした。

 そうしていると今度はキャサリンが近付いてきて口を開く。


「ちょっとー! なにデレデレしてるの? あ、あんたはアレなんでしょ? わ、私のことが〇〇なんでしょ?」


 ん? 何なんでしょ? なんでしょの前が凄く小さい声でなのかわからないけど、まったく聞こえなかった。

 さっきも聞こえない言葉があったよね。


「キャサリン何? 『私のことが』の次が良く聞き取れなかったけど」


 その質問を聞いたキャサリンは、一気に顔を赤くして両手で顔を隠して蹲ってしまう。


「もー! 私に言わせないでよ! 自分で知ってるんでしょ!? もしかして、アランってマゾじゃなくてサドなの!?」


 何を言わせないでよなんだろ……意味がわからないよ……


「おい! お前ら!! いつまでくっちゃべってるんだ! 模擬戦が終わったなら、他の奴らの見学するなり他の奴らと戦うなりしろよ!」


 そうだ! 今は授業中だった! 僕はこんなことをしている暇なんてない。強くなるために!


「先生すみませんでした! 今から他の人の模擬戦を見学したいと思います!」


「「「すみませんでした!」」」


 僕に続いて三人もオリガン先生に謝っていた。

 すぐ近くで戦っていた者たちを観察するべく、僕はその三人から離れる。

 あれは――名前はまだ覚えてないけど、片方が獣人族で、もう片方が龍人族かな。

 獣人族は獣耳が生えてるからわかりやすいし、龍人族はおでこに小さな角が生えてるからわかりやすい。

 まぁ、全部の種族がわかりやすいんだけど。

 魔族は黒髪をしているし、エルフ族は耳が尖っている。ドワーフは男の人がずんぐりむっくりで、女の人が小さいんだよね。

 そう考えると、子どものうちだと人族とドワーフ族が一番見分けるのが難しいか。

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