第32話 ゼベクトとの模擬戦
「ふぅ」
僕はひとつ息を吐いた。
同年代と模擬戦をするのは初めてだ。柄にもなく緊張してきたのか、手に汗が滲む。
気持ちを落ち着かせようとした僕は、その場で軽く屈伸してから背中を伸ばす。
徐々にほぐれてきた身体の感触を確かめる。
ギフトにランクはないけど、それでもランク付けをする人は多数いる。
そして、そんな人たちから見て上位に位置するギフトを持っている者は、早熟で成長著しいとヒュージさんから聞いている。
ずっと彼に鍛えてもらっていた僕は、まだまだ成長途中だ。
もしこの場に『勇者』や『魔王』保持者がいたら確実に勝てないだろう。
まぁ、僕は勝つのだけが目的ではなく、成長するという点を第一に考えてるんだけど。
それでもそれらの保持者が相手なら、現状では成長するきっかえさえ見つけられず一方的にやられると思う。
ヒュージさんから色々な話を聞いて、それらを総合的に判断すると今の段階ではどうしてもそう感じてしまう。
だけど、僕には5歳以降の7年で育った自負心がある。
思えば、よくわからないうちに自信を失ったあの時……
ママには慰められて元気をもらって……
ヒュージさんにはギフト『努力』の可能性を見出だしてもらって……
パパには僕が自信を持てるようにと励ましてもらった。
それに、時には黙って見守ってくれていたのは知っている。
さらに言うと、こうやって僕が育つまで頑張って仕事をしてくれている。
僕の大事な人たち――あの三人がいたからこそ今の僕がいる。
あの人たちがいたからこそ、自分のギフトである『努力』に自信を持って――僕は生きていける。
この模擬戦は『努力』保持者としての――僕の次の成長の始まりだ。
決意を新たにした僕は、ゼベクトの様子を窺う。
すると彼はすでに闘技台の上に立っていて、トントンと軽くジャンプしていた。
手には木製のナックルを装備している。防具は僕と同じで革系だ。
その様子を見るに、彼はきっと打撃系なのだろう。
いつまでもゼベクトを待たせるわけにはいかないので、僕も武器の用意をする。
闘技台の端にある武器箱から、試験のときと同じく木製の大剣を選ぶ。
それを軽く振った僕は、武器のバランスを確かめた。
よし、問題なく振れるな。
そうやって剣の調子を確かめた僕は、そのまま真っすぐゼベクトの正面へ向かう。
そういえばオリガン先生は、手が空いてる人に合図をしてもらえって言ってたよね。
「アラン君とゼベクト君の模擬戦は、私が開始の合図をするわ」
後ろから声が聞こえてきたので振り返ると、今の声はフローラだったようだ。
彼女はにっこりといつも通りの笑みを浮かべている。
その様子に僕は一瞬ドキっとしたが、すぐに頭を振って精神を落ち着かせる。
「ああ、頼む。アランもそれでいいな?」
「うん。いいよ」
「それじゃあ、合図するわね――開始!」
その声と同時に、ゼベクトは僕に突進してきた。
彼はすぐに僕の前までやって来て、右拳をフック気味に放ってくる。
それをすぐに上体を反らして躱すと、次に左拳がお腹目掛けて繰り出される。
即座にサイドステップをしてその拳を避けた僕は、彼の戦力分析をする。
ゼベクトの拳や体捌きの速度はかなり速い。
オリガン先生と同じくらいあるんじゃないか? そう分析した僕は、彼の一挙一動に気を配る。
そして、少し距離が開いたのをいい機会とでも思ったのか、ゼベクトは戦闘中だというのに口を開いた。
「ふーん。さすがだな、アラン。あの時オリガン先生とお前の動きを見ていた俺は、これくらいなら対応してくれると思っていたぜ。その読みが当たっていたとの証明に、今の攻撃をノーダメージで対応してくれたのはありがたい。これくらいじゃなきゃ、俺もやり甲斐がない」
「その言い方だと、もっと速く動けるってこと?」
「まっ、それはこの後のお楽しみ――」
彼の言葉はそこで止まり、ゼベクトが僕の視界から消えた。
「――ってな!」
彼が次の言葉を紡いだのは、僕のすぐ横からだった。
それに気が付いた瞬間、脇腹にゼベクトの右拳が突き刺さっていた。
「ぐっ」
「おらああ!」
痛みに一瞬顔を歪めた僕は、すぐにバックステップをして後ろへ下がって剣を構え直す。
そうして距離を取らないと、彼の攻撃をそのまま食らい続けていただろう。
だが、ゼベクトはすぐに追撃をしてきた。
その止まらぬ連撃に対して、大剣を小刻みに動かしてなんとか凌ぐ。
スキルを使うか? いや、できるだけ使わない方がいい。
もっとギリギリまで粘って奴の動きを良く観察するんだ! 先ほどの動きは――絶対になんらかのスキルを使ったはず。
攻防の最中そう考えて方針を決めた僕は、その後とにかく防御に徹する。
しばらく彼の攻撃を凌いでいると、ゼベクトは一旦僕から距離を取った。
彼の様子を見るに、疲れたというわけでもなさそうだが……
「ふぅ。お前の防御はめちゃくちゃ硬いなー。最初の一撃を入れた後は、そのままぶっ倒せるまで連撃が入ると思っていた」
「あれは確かに速かったね。危なかったよ」
「今の俺にあれはそうそうと連発できるものじゃない。そんな理由もあって一気に決めたかったぜ。うーん。こうやって凌がれるとなると……もっと連発するためには、さらなる錬が必要だな。んじゃ、またいくぜ?」
その言葉と同時に、再びゼベクトの姿が消えた――かのように見える。
彼が消えるその瞬間を僕は観察していた。
あの足さばきがこのスピードの秘密なのんだろう。一瞬身体を傾けて倒れるのかと思うと、そうはならずにそこから右足が出て来て一気にスピードが乗ったな――
そこまで分析を済ませていると、再び奴の拳が僕に突き刺さっていた。
今ダメージを受けたのは心臓近くだ。幸いにして、パパに買ってもらった防具を着用しているので、ダメージはそこまで大きくないが……
一瞬動きが硬直してしまった僕は、彼のさらなる連撃を少し食らってしまう。
「――くっ! ふぅー、ふぅー」
ゼベクトの攻撃を食らったために、一瞬息ができなかった。
そのせいでその後の攻撃も数発被弾したが、痛みを我慢しつつなんとかその攻撃に大剣を合わせていく。
どんどん激しさを増していく彼の攻撃は、ついに僕の顔面にヒットした。
だけど、これくらいで怯んじゃいられない! この程度の傷なら戦闘後に魔法で治せる。
今はもっともっと集中するんだ! 自分にそう活を入れた僕は、より一層奴の動き全てを観察し続ける。
すると、再び距離を取ったゼベクトが口を開いた。
「おいおい、俺のスピードが速いのはわかっている。だが、アラン……お前は全然攻撃しないで防御ばっかりだ。そんなんじゃ俺には勝てないぜ? それとも――攻撃もできない臆病者なのか? 俺の見込み違いなのかね。もしそうなら――」
彼はそこまで言うと、再びあの動きで僕に迫って来る。
なんとかそれに反応して躱そうと試みたが、躱し切れずに被弾してしまう。
「――こうやって俺のサンドバッグになっちまうぜ?」
少しは見えるようになってきているけど、このままじゃジリ貧か? 僕は彼の言葉に反応せずに、とにかく攻撃を凌ぐことを考える。
ゼベクトの攻撃には慢心からか、途中でできる隙がある。そこを狙って今度は攻撃に転じる。
このままだと確かに彼の鍛錬にはならない。僕の鍛錬にはなるけど、それはそれで悪い気がしてくる。
さっきまでゼベクトの攻撃を受け取める形で凌いでいたが、ここからは受け流す動きにシフトする。
そして、そのまま隙を見つけて――
僕に攻撃をいなされ始めたゼベクトは、苛つき始める。それは顔つきと徐々に雑になっていく攻撃で明らかだ。
そして、彼の少し大振りな右ストレートが迫ってくる。これを今までより小さい動きでいなして――
大剣で攻撃をいなされたゼベクトは、身体を泳がせて僕の目の前に大きな隙を晒した。
スキルを使うつもりはなかったが、ここは使わないといけない気がする。
「これで決める!」
その宣言とともに、彼に向かって<ウェポンブレイク>からの<五連斬り>のコンボを放つ。
隙ができていたゼベクトに、それを避ける余裕はなく――彼のナックルは破壊される。
そして<五連斬り>がゼベクトの腹部に当たり、彼は5メートルほど吹っ飛んでいった。
「ぐあああ」
「ふぅ」
そこで僕は大剣を構えて残心しつつ一息つく。
こっちばかり手の内隠して戦っていても、あっちには鍛錬にならない。
スキルを使わなくても明確な実力差があればまた話は別だけど、そうじゃないならある程度は使うべきだろう。
ここでは皆が対等な立場なのだから……
闘技台の上に横たわった彼を見た僕は、そのように考えたがそう考えたが……同時に冒険者学校で新たに覚えていくアクティブスキルを使うのは難しいかもしれないなとも思った。
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