第31話 初めての『身体学』

 教室に入ってきたオリガン先生は、全員を見渡してから口を大きく開いた。


「昨日は済まなかった!」


 生徒である僕たちにそう言って謝ってきた彼は、いきなり頭を下げる。

 なんでオリガン先生が急に謝ったのか、僕にはその理由がまったくわからなかった。

 わかる人はいるのかな? と思って周りを見てみると、大体の人が首を傾げている。

 ただ、数人だけはどこか納得顔をしていて、彼が謝る理由を知っていそうな雰囲気を感じた。


「実はな? 昨日の放課後にある生徒から報告があったんだ。昨日の昼休みに、上級生である3年生が勧誘に来たついでにナンパしていたっていうじゃねーか。さっき謝ったのは、勧誘について説明するのを忘れていたからだ。それは学校が許可しているんだが、これから説明する。2年生が勧誘に来ることはないが、来年卒業の3年生は素質がありそうな奴らに唾を付ける意味でも、昼休みに勧誘に来ることがあるんだ。規則で定められているのは、1日に勧誘に来てもいいのは1つのパーティーまで。それはあくまでもパーティー単位だから、実際に来るのが何人かはその日によって違う」


 ある生徒っていうのは、多分この話を知っているっぽい雰囲気をしてた生徒じゃないかな?

 おそらく昨日のことを先生に報告したのだろう。

 それにしても、あの四人組が勧誘に来たのはもともとそういう規則があったからなのか。

 このことはヒュージさんは教えてくれてなかった。忘れていたのだろうか? あの人もちょっと抜けてるところがあるからなぁ。


「勧誘に来る順番はそれぞれのクラスによって違う。過去の模擬戦の結果から順番を決めていたり、くじ引きで決めていたりとさまざまだ。昨日のはくじ引きで決めていたらしい。まぁ、昨日の勧誘自体は無理やりな部分がなかったみたいだから、俺が言い忘れただけで問題はなかったんだが……びっくりさせてしまったという点で俺が謝罪した。これからも毎日かはわからないが、勧誘が来ることがあるだろう。ただ、今さっき言ったように無理やりは禁止だ。何かあれば俺に言ってくれ」


 んー、僕が上級生とパーティーを組むことは――多分ないんじゃないかなぁ?

 でもあれかな、メリットがあるといえばあるのかな? パーティーに入る約束をしておけば、相手は先に冒険者として活動をしていて、色々とお世話になることもできそうだし……

 卒業と同時にすでに活動しているパーティーに入れるというのは、確かに恩恵がありそうだ。

 オリガン先生の話はまだ続くようで、引き続き大きな口を開いた。


「あとはフローラがナンパされたと聞いた。軽い声かけ程度であれば年頃の子どもたちにうるさくは言わない。だが、上級生として威圧したり、無理やりナンパするのはいかなる理由があっても許していない。ということで、昨日勧誘に来ていた四人の生徒は2週間の謹慎処分となった。これは規定の期間、学校に登校するのが許されなくなる処分だ。俺からの話は以上! これから『身体学』の授業をするため、運動場へと向かうぞ! 運動場とは試験をした広場の名称だ」


 あの四人が2週間の謹慎処分になったと聞いた僕は、少し笑ってしまう。

 なぜなら、そんなことを知らない僕は、登校時に彼らを警戒していたのだから。

 あれだけ警戒したのがまるっきり無意味だった。

 ただ、今後のことを考えると……謹慎処分が明けてもさすがに彼らはばつが悪くて、そうそうこの教室には現れないのではないかと仮説を立てる。


「――ン、――ラン、おい! アラン!」


 少し考え込み過ぎてゼベクトに呼ばれていることに気が付かなかった僕は、急ぎ彼に向き直り口を開く。


「ああ、ごめん。どうしたの?」


「はぁ? 今オリガン先生が言ってただろ? 運動場へ移動するぞって。しっかりしろよ?」


 ああ、そうだった。聞いていたけど、あの四人のことで意識が違うところにいってた。


「ごめん、ごめん。行こうか」


 そう言って立ち上がった僕は、横から何かいい匂いがしてくるのに気が付く。

 すぐに視線を横に向けると――僕のすぐ横にフローラがいた。

 満面の笑みを浮かべている彼女は、僕に視線を合わせて口を開く。


「アラン君? 昨日は呼んでいたのに帰っていっちゃったから、少し悲しかったのよ?」


 フローラはそう言うと、上目遣いで僕を見つめてきた。

 うー、今日もフローラの宝石のような赤い瞳には僕の顔が映って見える。

 本当に綺麗な瞳をしているよなぁ。それに昨日は気が付かなかったけどいい匂いがするし……

 はぁ、今日もフローラは可愛いな。なんで僕はこんなにドキドキしてるんだろ……


「おいおい、そこで二人でいい雰囲気出してないで、さっさと行くぞ!」


「あっ、わ、私も一緒にいくわよ!」


 次は顔を赤くしたキャサリンがやって来た。彼女は熱でもあるのかな? でも、そんなこと言ったら、おそらく僕も熱があることになる。

 でも、実際に顔が熱いしなぁ……


「じゃあ、四人で行きましょう?」


「おっけー!」


 僕が関与することなく話が勝手に進められていくけど……ここで僕が何かを言っても意味ないよね。

 教室内を見渡した僕は、すでに他の生徒が誰もいないことに気が付く。

 それに内心冷や汗をかいた僕は、慌てて口を開く。


「は、早く行こう! 他の人はもう移動してるみたいだし!」


「ったく、誰のせいで遅れたと思ってるんだよ……」


 ゼベクトに悪態をつかれたのをスルーして、僕たちは急いで運動場へと向かった。


◇◇◇


 迷わずに運動場へ到着すると、試験のときよりも運動場が広いことに気が付く。


「よーし! 皆揃ったな。試験の時と運動場の様子が異なっていて驚いてる奴らもいるな。あの時は試験しやすいように魔法道具を使用していた。その効果は、壁を作り出して一時的に運動場を狭くするというものだ」


 あの時の広さでも十分広かったけど、今僕の目の前に広がっている運動場はあの時より相当広いことがわかる。


「試験の時は受験生だけが運動場を使っていたが、これからは冒険者学校のすべての生徒が使う。そのため時間割次第では他のクラスの生徒が来ることも多々あるぞ。とりあえずお前らはラインを引いてある場所を10周走ってこい! それは準備運動も兼ねてある! ほら、さっさと行ってこい!」


 運動場にある白いラインを指差して、オリガン先生はそう言葉にした。

 彼に指し示されたラインを見ると、それははサークル状になっていて結構距離が長そうだ。


「アラン、行こうぜ! フローラとキャサリンも来るか?」


「ええ」


「もちろん行くわよ!」


 何かさっきからゼベクトが仕切ってるなぁ。まぁ、全然構わないんだけどね。


「よし、行こうか」


 そんな僕の合図とともに四人で走りだす。

 走りながら様子を見ていると、三人は遅れることなく着いて来る。さらに他の人を観察してみても、大体同じ位置で走ってダンゴ状態になってた。

 もっとスピードを上げた方が鍛錬になりそうだけど、これは準備運動を兼ねているって言ってた。

 そのためこれの目的は鍛錬というよりも、身体をほぐすのが目的だろう。と僕は考えた。

  それなら、少しゆっくり目の今のペースがいいよね。


 10周のランニングが終わったが、当然脱落者が出ることはなかった。

 息が乱れている人も少なそうだ。

 今どきの冒険者は魔法使い系でも結構持久力があるって聞いてるし、この程度の距離を走っただけでギフトの見極めはできない。

 それでも念のために周りの生徒を見渡していたけど、当然誰かのギフトが判明するなどということはなかった。


「よーし! それじゃあ、次は模擬戦をやるぞー! まずは自由に組み合わせを決めろ。俺が決めるのは全員の力量を把握するためにも、もう少し後になる。合図と審判は手が空いてる奴がやってやれ」


 自由に誰とでもしていいのか。ゼベクトが僕とやりたがってたし、彼とやるかな?

 ゼベクトに視線を向けた僕は、彼もこちらに視線を向けていたことに気が付く。


「同じことを考えたみたいだな? やるか?」


「やろうか」


 ゼベクトに短く答えた僕は、口元を少し緩ませた。

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