第20話 ヒュージの過去を聞いて

 家の中に入った俺が、リビングへ移動して目にしたのは――ソファーに座って優雅に紅茶を飲んでいるユリアの姿だった。

 視線を彼女から移してテーブルに向けたが、そこに俺の飯はなかった。

 んー、今からどこかに食いに行くのも身体がきついし、どうするかな。今日はもう寝るか?

 これからの予定を俺が考えていると、ユリアの声が聞こえてきた。


「ヒュージ、話があるんだけど。今、少しいいかしら?」


 彼女の声を聞いて視線をそちらに向ける。

 そしてユリアの目を見ると、その眼差しには温かみがまったくなかった。


「なんだ?」


 こいつの態度と声色に何か悪い予感がしかしなかった俺は、内心びくびくとしているのがバレないように、平静を装って返事を返した。


「今日の鍛錬が終わったあと、ずっと考えていたの。いえ、違うわね。正しくは……ここ最近ね。正直これ以上あなたと一緒にいられないわ。あの子の父親として周り紹介するには恥ずかし過ぎるし、最近ではまともにユーリオの鍛錬相手にもなっていないわよね? あんなにすぐに倒れるようだと……サンドバッグにもならないのよね。わかる?」


 その言葉を聞いた俺は、呆然とした。

 はは、さっき自分で肉壁やサンドバッグかって呟いたが、まさかそれ以下の存在に俺は認定されていたのか。

 これはもう笑うしかできないな……


「はは……ははは」


「なーに? いきなり笑って気持ち悪い。打ちどころが悪くて壊れたの? まぁ、いいわ。それより、あの子の父親は、まだ幼いユーリオを魔物から庇って死んだってことにするの」


「死んだってことにする?」


「ええ、そうよ。だから、ね? ここまで言えばわかるでしょ? ヒュージはこの家から出て行って。そして、二度とこの家に……いえ、ここ王都ジュメールに近づかないでね?」


「王都ジュメールからも出て行けと……」


「さすがに殺すわけにもいかないし、でも、野垂れ死にしてくれると嬉しいわね。あっ、武器と少しの荷物なら持っていっていいわ。私もそこまで鬼じゃないし。でも、明日の朝になってもまだあなたがいるようなら……わかるわね? 力づくになるわよ。私も一度は愛した男にそこまでしたくないから」


 ユリアはそこまで言うと、紅茶をテーブルに置いて冷たい表情を浮かべたまま、自分の部屋へと戻っていった。

 それからしばらくの間、俺は――ただただ呆然と立ち尽くしていた。


◆◆◆


 僕、アランはヒュージさんの過去の話を真剣に聞いていた。

 その間彼を見ていると、時折苦しそうな顔をしながら僕に話してくれていた。

 聞いているだけでも、相当辛かったのだというこの人の感情が伝わってくる。

 それにこの話を聞いてる僕も、ヒュージさんが家族にそんな風にされていたなんて……と考えると辛くなってきた。


「――と、俺が家を追い出されるまでの話はここまでだ。そのあとは武器と少しの荷物だけ持って家を出てな? そっから先は……正直あんまり記憶にねーんだ。ただ、色々と彷徨っていたってのはわかっちゃいるんだが……そしてなー、気が付いたら荷物も無くしちまっててよ? その事に気が付いたときは、ヤバいって思ったもんよ。それで途方に暮れていると……偶然タリオが俺の側を通りかかったってわけさ」


 やっぱりパパは凄いね! パパ通りかからなかったら、いくら強いヒュージさんでも危なかったんじゃないかな?


「それからタリオの家にお邪魔して、荷物のことは適当に誤魔化したってわけよ。道中ではアランのことを聞いていたから家族を……子どもをある意味では無くしちまった俺には……お前が希望に見えていたのさ。そのときはまだギフトがわからなかったが、聞いているうちにこれはもしかしたらってな。自分の元嫁が『天才』ギフト保持者で、少し話を聞いていたってのもあるがな」


 何回か話にでていた『天才』ギフト保持者っていうのは、彼の元奥さんのユリアさんだったのかー。

 それに子どもが『勇者』ギフト保持者だったなんて、ヒュージさんは凄いね!


「それで自分の子どもの代わりって言っちまうと言い方は悪いが、俺がアランを育ててみたくなってな? Sランクにはなれねーって、自身の実力の限界を俺は知っているから――だからその次の夢として、自分でSランク冒険者を育ててみたかったってわけさ。俺はお前に感謝されるようなことはしてない。俺は自分がしたいから、そんな我儘でアランを鍛えていたって気持ちが強い。まぁ、実際に本当に冒険者になるかどうかは、お前の意思に任せる」


「任せるっていっても、僕はこれから冒険者学校に通うんだし、もうそうなるつもりだよ! それに、ヒュージさんがどういう気持ちで僕を鍛えていたとしても、あなたのお陰で強くなったことは確かだから、僕はヒュージさんには感謝の気持ちしかないよ!」


 そういえば、冒険者になるってことを明言してなかったかな?

 まだ両親とあんまり離れたくないって気持ちは強いけど、実際に冒険者になれるのは15歳からみたいだし。

 それにしても、こんなにいい人を傷付けるなんて、ユリアさんもユーリオ君もダメだね!


「そうか、それなら嬉しいぜ。アランなら絶対にSランク冒険者になれるぜ!」


 彼はそう言うと、照れながら僕の頭を撫でてくれた。

 鍛錬で何かを上手にできたときとかも、こうやって照れながら撫でてくれてたなー。


「今は無理だと思うけど、いつかその二人に僕がお仕置きをしてあげるね! 皆の前で思いっきりお尻ぺんぺんでもしてあげるよ!! 自分たちの家族を雑に扱ったことを後悔させてあげる! あっ、でも二人には感謝している部分もあるんだよ? ヒュージさんが家を追い出されなかったら、僕と出会うことがなかったからね!」


「アラン!」


 彼は僕の名前を呼んで思いっきり抱きしめてきた。

 うー、ヒュージさんの胸はゴツゴツしてて痛いよー!

 このおっぱい攻撃はいらない! これならママの方がマシだよ!

 しばらくすると、彼は僕を放してくれたが、その顔を見ると涙を浮かべていた。


「あらあら。良かったわね、ヒュージさん。だから言ったでしょ? 私たちに話してくれたように、アランちゃんにも過去のことを話しても大丈夫だって。この子はいい子なんだからね? ただ、いつまでも甘えん坊なところは少しずつ直しましょう。もう少しで学校に通うんだから、アランちゃんはもう少しだけ大人になった方がいいかな? おそらく周りの子たちはもうちょっと大人だからね」


 ママが思いっきり甘やかすからこうなってるんだよー!

 前に僕が少し大人ぶったら、『アランちゃんはずっと子どもでいてね』って言ったのは誰だったっけ?

 なーんて、それをママに言えるはずもない。


「うん。僕も今まで友達がいなかったからね。これからは少しずつ周りに合わせて、大人になっていくようにするよ」


「えー、やっぱり嫌かも! アランちゃんはいつまでも甘えん坊でいてくれないとー!」


「ははっ、ララさんは面白いな! そんなんじゃこいつも困っちまうだろ?」


 さっきまでしんみりとしてたけど、今ので少し明るくなったかな?

 それを狙ってやったのかな? そうだとしたらさすがだね。僕のママは凄いね!


「俺の過去の話を聞いてくれてありがとよ?」


「ううん。僕も聞けてよかったよ。それに、もっともっと僕が凄く強くなったら……『僕を鍛えてくれたのはヒュージさんなんだ!』って言うからね! 僕のパパはタリオパパしかいないけど、ヒュージさんのことは、お父さんのように思ってるから!」


 それ言葉を聞いたヒュージさんは、満面の笑みを浮かべた。

 僕自身、パパとお父さんにどう違いがあるのか良くわからないけどね!

 でも、タリオパパはパパなんだよなー!


「ありがとな! 俺もお前のことは自分の子どものように思っているぜ!! よし! ピューピルに到着したら、学校までの間にまだまだ鍛えてやるからな! 今はもう俺よりアランの方が強いとはいえ、知識面でもまだ教えられることはあるからな!」


 彼の言葉を聞いた僕は、視線を馬車の進行方向に向ける。そちらの方向には僕たちの目的地がある。

 まだ見ぬピューピルの街――そして、冒険者学校に僕は思いを馳せた。

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