第19話 ヒュージの過去

◆◆◆


――これは俺、ヒュージがアランと初めて出会うことになる日の三ヶ月前の話だ。


 目の前で木剣を構えて仁王立ちしているユーリオを、俺は見上げていた。

 髪の色と目の色は母親譲りのブロンドヘア。そして力強い瞳の色は緑。

 女子受けするであろう顔付きは、本当に俺の子かと言いたくなるほど整っている。

 そこはやはり母親の血を引いているからだろう。いいのは見た目だけじゃない。

 こいつの特筆すべきところは、その強さにある。

 ユーリオのギフトは『勇者』だけあって、すでに父親である俺よりも強い。

 それに比べて父親である俺は……威厳もなにもあったものじゃないな。

 そう思うと、本当にため息しかでない。

 はぁ、こいつはこれでもまだ7歳だっていうのに……


 ユーリオに痛めつけられた身体を労わりながら、俺はなんとか立ち上がる。

 こいつと模擬戦をしても、いつからかわからないくらいにずっと連敗している。

 ユーリオとは力の差がありすぎて、<ウェポンブレイク>も通じない……

 俺が自己嫌悪に浸っていると、どこか怒気を込めたような声が後ろから聞こえてきた。


「ヒュージ! あんたいつまでそこでウジウジしているの! ユーリオに模擬戦で負けたからって。そんなのは、いつものことでしょ! はぁ、なんで私はこんな奴と結婚してしまったんだろうねぇ。いくら幼馴染だったからって……若気の至りとは良く言ったものだわ。『天才』のギフト保持者である――私の唯一の汚点よ。昔に戻って自分で自分を叱ってあげて、正しい道に私を導いてあげたい」


 その声に対して振り向くと、俺の視界に入ってきたのは――ほとんどの人が美女と答えるであろう美貌を持っている女性だ。

 彼女は戦いの邪魔だからと言って、髪を肩までの長さに切り揃えている。

 その美しいブロンドヘアをなびかせ、目尻がつり上がっていながらも、昔はその目に優しさを宿していた緑色の瞳。

 そして、ギフト『天才』保持者であり、必要以上に鍛錬していないというのに……なぜかはわからないが、いつになっても衰えない見事なプロポーション。

 自分の妻であるユリアのそんな罵声を聞きながら、どうして俺にはもっと強いギフトが贈られなかったんだと考えていた。

 それを思うと、『剣士』という中途半端なギフトしかくれなかったヨアトル様に、俺は内心恨み言を言いたくなってきた。


 彼女はもともとこんなに『強さ、強さ』って言う女じゃなかったのに……

 全てはユーリオの5歳の誕生日に狂っちまった。そう、あの日……息子が洗礼の日に『勇者』のギフトをヨアトル様から貰った時から――

 あの日、ユリアはユーリオのギフトに歓喜して家に帰って来た。

 そして、その日に「私が『勇者』ギフト保持者を育て上げるんだ!」と興奮気味に話していたのを思いだす。

 俺が内心で愚痴を言っていると、息子の声が聞こえてきた。


「キャハハ、パパ弱すぎー! 本当に弱すぎい。キャハハー。ねぇ、ねぇ、なんでお前はそんなに弱いのに僕のパパって名乗ってるの? 本当は違う人がパパなんじゃないの? ねー? ママ? これが雑魚って奴なのー?」


 ユーリオは無邪気な顔で俺を嘲笑しながら、最後にはユリアにそう聞いていた。


「そうよ。こういう人を雑魚って言うのよ。それにねぇ――」


 彼女はそこで一旦言葉を句切って、視線を息子から俺に移した。

 そして、俺を嘲笑うかのような目で一瞥したあとに、その魅力的な唇を動かした。


「あなたが言う通りに違う人がパパだったら……どんなに良かったかしらねぇ。まぁ、こんな男でも殴る練習や斬る練習にはなるでしょ? だからもっと本気でやっていいのよ? この子が強くなって『魔王』のギフト保持者を倒すのが私たちの夢だからね。そのために、ユーリオはもっともっと強くなる必要があるわ」


 この世界で常識として言われていること――『勇者』のギフト保持者と『魔王』のギフト保持者はなぜか同時に現れるという。

 そして、この二つのギフト保持者の両方か、もしくはどちらかが生きている場合は、新たに『勇者』と『魔王』のギフト保持者は現れない……か。

 確かにそれは本当なのだろう。それは歴史が証明しているしな。

 だが、『魔王』のギフト保持者が悪だなんて、なんでお前らが決めつける!?

 今までだって無害だった『魔王』のギフト保持者だっていたし、友好的だった『魔王』のギフト保持者だっていたじゃないか!

 もちろん、凶暴な『魔王』のギフト保持者もいたが……

 それでも、今の『魔王』ギフト保持者がどんな性格かなんて、わかってもいないのに!


 くそっ! こんなことは今までこいつらに何度も言った!

 しかし、この二人に俺の言葉は届かないし、あまりにうるさく言うと……ユリアの鉄拳が飛んできて、彼女より弱い俺は気絶してしまう。

 だから、今となっては心の中でしかこの二人に文句を言えない俺は……とんだ臆病者だ。

 洗礼の日に、「ユーリオが『魔王』ギフト保持者を倒すから、この子がもう少し大きくなるか、実力を付けるまでは『勇者』のことは口外禁止だよ! 他の誰かに『魔王』ギフト保持者を倒されても困るからね」と口止めされてから早二年……か……。


 そもそも、『魔王』ギフト保持者側で公表する可能性だってあるんだが……

 それに、あっちから狙ってくる可能性だってある。そこまで考えて俺は頭を横に振った。

 いや、それはない……か。

 凶暴な性格だとしても、力を付けるまでは秘密にしておくだろうし、友好的な性格ならばそれこそ『魔王』というギフトが呼び寄せる争い事を嫌うだろうからな。

 もしそうならひっそりしているかもしれない。もしくは力を付けたり、人脈的な土台を作ってから――になるか。

 仮に『魔王』ギフト保持者が無事に今も生きているとしたら、ユーリオと同じで今は7歳のはずだ。


「あんた! いつまでそうやって休んでいるつもり? 立ったなら早く構えて、この子の練習台になりなさいよ!」


「そうだよ! パパー、はやく! すぐ痛い振りするのもやめてよね! そんなことしてたら、これからは雑魚って呼び続けるからね!」


「わ、わかったよ」


 痛む身体に無理をさせて立ち上がった俺は、ユーリオに向き直り木剣を構える。

 そして、この日もいつもと同じように、自分の息子に何度も何度も……俺は模擬戦でボコボコにされた。

 ようやく模擬戦が終わったと思ったら、二人は俺を一瞥してから先に家の中へと入っていった。

 庭先に作られた訓練場に残された俺は――ボロ雑巾のように打ち捨てられていた。

 これからもずっとこうなのか――そんな思考を始めると同時に、意識が遠くなった。


 はぁ、やっと身体が動くようになったなぁ。

 辺りは薄暗くなっているから、いつの間にか意識を失っていたんだろうな。

 それにしても俺って奴は……最近は全くユーリオの相手にならない。

 あいつが5歳になったときも、俺が色々と教えたかったのに結局教えたのはユリアだったし。

 まぁ、それはしょうがなかったと納得はしている。

 なにせ、彼女にはパッシブスキルの<指導>があって、誰かを指導すると、それを受けた者の実力が伸びるのが早くなる。

 もともとは俺が小さい頃、ユリアに鍛えてもらうのに世話になっていたスキルだったんだけどな。


「こうやって考えてみると、俺の存在価値って本当になんなんだろうなぁ? 俺は……お前たちに必要とされているのか? それとも必要とされていないのか?」


 知らず知らずのうちに、俺は一人呟いていた。

 そして自嘲気味に、その答えがまたもや無意識に口から漏れだす。


「俺の存在価値は、ただの肉壁……サンドバッグとして殴られることだけか。ふっ」


 こんな扱いを受けていても、自分の子どもだと思うとやはりどこか憎めないし、あの子を愛してるんだと思っている。

 ユリアも昔は――『こんなことできるようになったんだよー』って俺に可愛く言ってきたり、結婚するときや恋人になるときには、熱烈なアプローチをしてくれる女の子だった。

 だけど、昔から俺は人の機微には鈍かったから、彼女の好意に気が付かなかったんだよなぁ。

 さすがに現在はその好意もなくなっているのだろうと、鈍い俺でも理解はできているが……それでも俺が愛した女だ。

 だが、結局『天才』ギフト保持者のユリアは……俺の身の丈に合う女ではなかったのだろう。


「はー、やめやめ! これ以上考えても憂鬱になるだけだ。さっさと家に入るか。さすがに腹が減ったし。俺の飯はあるかなぁ?」


 そんな独り言を言ってから、俺は痛む身体を無理に動かす。

 立ち上がった俺は、足を引きずりながら家に向かって歩きだした。

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