第18話 お引越しの道中
ヒュージさんの提案で引越しを決めてから、ちょうど半年経った今日――僕たちはパパが行商で使っている馬車の中にいる。
うーん、今まで遠出なんてしたことなかったから、馬車に初めて乗ったんだけど……お馬さんは結構ゆっくり走ってる感じで、思っていたより遅いなー。
今の僕ならもっと早く走れるから、お馬さん! もっと本気だして! って思っちゃう。
幌の隙間から顔を出した僕は、今日まで住んでいた名もない村が徐々に遠ざかっていくのを見る。
その光景を見ていると、僕は少しの寂しさを感じる。そうして頭をよぎるのは村での記憶――
5歳からはヒュージさんと一緒にいたのが一番長いかもしれないなぁ。
神父のおじいちゃんとは5歳までは仲が良かったけど、鍛錬を始めてからは教会に遊びに行く暇がなくなって疎遠になっちゃった。
それに、ライアル、ゼリオン、オリーブ、キャメリーは……
あれ? こうやって考えていると……僕が寂しがっているのはなんでだろう?
他に仲が良かった人もいないし、ただ、住み慣れた場所を離れるのが寂しいのかな?
うーん、あんまり考えてもダメだね。これ以上考えていると、僕に友達がいないとしか感じなくなってくる。
それは寂しく感じるから、このことは考えないようにしよう!
そういえば――あれから機会がなくて聞けなかったけど、引越しの話を決めた時にヒュージさんが寂しそうな顔をしていたのが気になる。
今までもそんな顔をしてることがたまにあったけど、あの時が今までで一番寂しそうな顔をしていた気がする。
彼に聞きたいけど、僕はママに「ヒュージさんに昔のことは聞いちゃダメよ」って言われてるからなー。
そのまま特に何も起きない旅路を進んでいると、瞑想して魔力を鍛えている僕を呼ぶヒュージさんの声が聞こえてくる。
「アラン、瞑想中に悪いな。ちょっと話があるんだがいいか?」
その言葉を聞いて瞑想を中止した僕は、彼の顔を見た。
すると、真面目な顔をしてるけど、それと同じくらいどこか申し訳なさそうな顔をしているように感じる。
「うん」
なんとなく視線を感じたのでママの方を見ると、なぜか優しく微笑みながら頷いていた。
なんだろう? ヒュージさんの話をもう知ってるってことかな?
あっ、もしかして彼の過去とかなのかな?
ヒュージさんは僕のすぐ横に腰かけて口を開いた。
「まずはお前に謝らないといけない。俺は実はBランク冒険者なんだ。ほら、これを見てくれ」
彼はそう言って、懐に手を入れてカードを取り出してきた。
あっ! ギルドカードだ! 何回か見せてって僕がお願いしても、のらりくらりと躱されて見せてくれなかったんだよなぁ。
その時、僕はそのカードに違和感を覚えた。
「あれ? そのカードの色はシルバー?」
ヒュージさんは頭を掻きながら僕にカードを手渡してきた。
カードを触ってみると想像していたより硬かった。ギルドカードってこんな風になってるんだなぁ。
物珍しげにギルドカードを弄んでいる僕に向かって、再び彼が口を開いた。
「そのシルバーの色が示す通りに、俺はBランク冒険者なんだ。Aランクだったらゴールドだからな」
彼に前聞いた話を僕は思いだす。
確か――冒険者ランクには、S、A、B、C、D、E、F、Gランクがあって、Sランクから順番にカードの色は、ブラック、ゴールド、シルバー、レッド、ブルー、イエロー、グリーン、グレイだったかな。
そして、このカードはシルバーだから……ヒュージさんはBランクなんだね。
僕が黙っているのを気にしたのかわからないが、彼は少し慌てたような素振りを見せた後に口を動かす。
「い、いや! 何回も伝えようと思ったんだけどな? 俺たちが初めて会った時、お前には俺がAランク冒険者って教えたよな。そしてその時のアランの反応がな? 目がキラキラしてたし……あんな羨望の眼差しで見られているんだと知ってしまうと、どうしても……どうしても言いだしにくかったんだ……」
ヒュージさんはそう言い終わると、僕に頭を下げてきた。
あの頃はAランク冒険者とか、Bランク冒険者ってどれだけ凄いとか、その違い自体もわかってなかったんだけどなー。
ただ、なんとなく強そうで凄いなぁって思って見てただけだったのに。
それになにより……僕があのときキラッキラの目で見ていたのは、パパだったんだけどね……
今まで彼には凄く勘違いさせていたのかもしれない。
でも、ここで本当のことを言っても、ヒュージさんが悲しみそうだから……よし! 言わないでおこう!
これが、『この話は墓場まで持っていった方がいい』ってやつだよね。
うんうん。僕も大人になってきたなー。
まぁ、このことはこれでいいだろう。問題はなぜAランクって言ったのかだよね。
それがたまに見せる彼の寂しげな表情に繋がっていると思う。
「僕は全然気にしてなかったから大丈夫だよ。でも、どうして? 最初からBランク冒険者って言ってくれれば良かったのに」
そう言いつつヒュージさんを一回見た後に、ママに視線を向けると視線が合い、僕に軽く頷いてきた。
この反応だとやっぱり知ってたってことかー。
「実はな? 俺がパーティーを組んでいたときは、Aランクだったんだ。その相方個人としての冒険者ランクがSだったという理由で、俺とそいつの二人組としてのパーティーランクはAだったんだ。だから、タリオと最初に話したときには、ついつい言い慣れていたAランクの方を言っちまった。あとは……そうだなぁ、内心どこかで見栄があったのかもしれない……しばらくしてから、タリオやララさんには説明したんだが、アランにはどうしても言いだせなかった。俺は色々な面で臆病者なのさ」
彼は苦笑しながら、そう言った。
ヒュージさんが色々な面で臆病者なの? それはいったいどういう意味だろう? 全然臆病者に見えないけど……
そして相方だったって人は、今どこにいるんだろう。
「言い慣れていたってことは、僕たちの家に初めて来た日は、その相方って人と離れたばかりだったの? ヒュージさんは僕が5歳のときからずっと一緒にいるよね。僕たち以外と会っているような様子は見受けられなかったけど、相方だった人はどこにいるの?」
「ああ、今の俺はずっとお前たち一緒にいるよな。――これは俺の過去の話になるんだが、聞いてくれるか? 話すなら今のこの時期しかないって思っていた。お前は向こうに行ったら学校に通うから忙しくなるし……俺とは今までほど時間を持てなくなるだろうし、なによりも……いつまでもアランに嘘を付いたままってのが俺自身嫌なんだ。これまで6年と半年間お前と過ごしてきているが、いつまでも俺も過去に囚われていたくないしな。それにアランには本当の俺を知って欲しいんだ」
僕からしたらこの人はこの人だから、Aランク冒険者でもBランク冒険者でもどっちでもいいんだけどなぁ。
それにしてもヒュージさんは過去に囚われているのかぁ。時折見せていた寂しそうな顔はきっとそのせいなんだね。
僕もママがいなかったらあの4人のことで過去に囚われていたのかな? どうなんだろう。わからないや。
それにしても、本当の俺ってどういうことだろ? 僕から見たら偽物も本物もないけど……でも、彼がこう言ってるから大事なことなんだと思う。
「うん、聞くよ。ヒュージさんの過去を」
「俺にはな? 妻と一人の子どもがいる。いや、違うな。いた……か――」
――そして、彼は僕たちの家に来る前のことを語りだした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます