第17話 決断の日?

――柔らかくどこか安心するようないい匂いがする。

 僕はまだまだ眠かったけど、目を擦りながらうっすらと目を開けた。

 すると、目の前にママの寝顔があった。

 はぁ……また僕のベッドに潜り込んでるなぁ。とため息をつきたくなる。

 最近は僕が大きくなってきたのもあり、一緒に寝るとベッドが狭くなる。だからこそ、なんとかママに頼み込んで別々に寝るって約束を取り付けたはずだったのに。

 結局パパが帰って来たときしか、この人はあっちの部屋で寝ないし……


 パパはパパで家に帰って来たら……なぜか数日は精根尽き果てたような顔をしてるし、どんな運動をしたらあんな風になるんだろう?

 そういう時はそれとは逆にママは機嫌がよくて、どこか肌艶がよくなっているような気もするし。

 お仕事から帰って来てからの方がパパは疲れてるんだよなぁ。日に日にやつれていくパパを見て、僕は少し心配になっている。

 パパが帰って来たら元気が出るように、僕がいっぱい励ましてあげよう!


 よし! とりあえずママを起こさないようにして起きるとしよう。ゆっくりとベッドから降りた僕は、「んー」と伸びをする。

 今日は確かパパが帰って来る日だから、明日は一人で寝れるかなー?

 ママと寝るのは嬉しいんだけど、狭くて狭くて起きたら身体の節々が凝るっていうかねぇ。

 そうやって身体をほぐしていると、後ろから声が聞こえてくる。


「んんー。あら、アランちゃん早いのね? もう起きたの?」


「うん、ところで、ママはあっちの部屋で寝るって言ってたよね?」


「あらあら、アランちゃんったらー。ママは寝ぼけてて、良くわからないわ。すー、すー」


 そう口にしたママは目を瞑って、声を出して「すー、すー」って言っている。

 呆れたような視線をママに投げかけつつも、これ以上突っ込んでもしょうがないと思い至る。

 ただ、この嘘寝から起こすために……


「今日はパパが帰って来るんだよね?」


 このことはママも当然知ってるはずだけど、確認の意味を込めて聞いてみた。

 嘘寝から起きるかなー?

 これがパパならなー。パパは『正直者』だから、きっと嘘寝ができないんじゃないのかな?

 そんな考えが頭によぎりつつも、ママをじっと見ていると――がばっと起きて大きな声を出してくる。


「そうよ! パパが今日帰って来るのよ! 今日の夜は……精が付くものをヒュージさんが狩って来てくれないかしらね。そしたらあんなことや……」


 ママはそう言うとぶつぶつと言いだした。こうなると僕の声は届かないんだよなー。

 うーん、リビングに行ってようかな。

 一人ぶつぶつと言っているママを放っておき、僕はリビングへと歩きだした。



 リビングに着くとヒュージさんはすでに起きていた。

 いつもなら「ぐがー、ぐがー」って大きないびきを掻いてるんだけど、起きてるなんて珍しいなー。

 そんな風に思っている僕にヒュージさんは話しかけてくる。


「おー、アランおはよう! 今日はタリオも帰って来る日だよな。夜に大事な話があるから、その事だけ覚えておいてくれ」


「はーい」


 んー、返事をしたはいいけど、なんの話だろう? そんなことを考えると同時に、後ろから声が聞こえてくる。

 

「ヒュージさん、おはよう。アランちゃんは二回目のおはよう。ママを放っていくなんて酷いわ」


 僕は振り返りママに苦笑いをして返す。ママは笑っていたので怒ってないと思う。


「ララさん、おはよう! 今日タリオが帰って来たら、前に話してたことをアランも交えて話そうと思うんだ。どうするか決めてくれたか?」


「うーん、そうねぇ。私はどっちでもいいわよ。パパとアランちゃんに任せる感じかなぁ」


「そうかそうか、わかった。じゃあ、その話はまた夜に、な?」


「ええ。それじゃあ、これからご飯支度をするわね」


 ママはそう言ってキッチンの方へ向かって行き、ヒュージさんは壁に立て掛けてあった剣を手元に持ってきてから手入れを始める。


 二人が何を言っているのかよくわからなかったが、夜になればわかるならいいかな? と僕は考えないようにした。

 そのあとは三人でご飯を食べてから、いつも通りにさまざまな鍛錬をした。


 ふー、鍛錬を始めてからもう6年かぁ。僕ももう11歳だから、早いものだなー。

 ママとパパが早くずっと一緒にいられるようにしたいんだけど、まだまだ冒険者になって稼げないしなぁ。うー、時間が経つのが早いような遅いような。

 でも、ヒュージさんは焦ってもしょうがないって言ってたから落ち着かないとね。

 そんなことを考えながら自分の部屋で身体を拭いていると、僕を呼ぶママの大きな声が聞こえてくる。

 パパが帰って来たのかな? 急いで行かなきゃ。いつもより雑に身体を拭いた僕は、リビングに向かって移動を始める。


「おー、アラン! パパが帰って来たぞー!」


「パパおかえりー」


 パパに返事をしながら僕は抱きつく。


「いてっ!」


 僕の勢いに負けたパパは、床に倒れてしまった……うー、やっちゃった……


「ご、ごめんなさい。パパ」


「い、いや、いいってことよ! アランの抱きつきを受け止めたかったが、今の俺じゃ無理だった。強くなったな?」


 パパは起き上がりながらそう声をかけてくれた。

 うーん、ママはこれより強くても受け止めるんだけど、やっぱりパパよりもママの方が強いんだなー。


「はいはーい。もうご飯が出来たわよ。あとは食べながら話しましょう?」


 その声を聞いた僕たちは、全員で椅子に座ってご飯を食べ始める。今日は熊のお肉か。少し臭みがあるけど、力が出るんだよね。

 僕があむあむとお肉を食べていると、ヒュージさんの声が聞こえてくる。


「さて、アランには朝言っていたが話があるんだ。これはもうタリオとララさんには話してある。現在のお前は11歳で、当然来年は12歳だ」


 それは当たり前のことだよなー。なんでこんなことを言うんだろう?

 場が静かだったので、全員の顔を見渡すと三人とも真剣な顔をしていた。

 真面目な話なのかな?


「それでな? すでにアランには色々なことを教えたから、12歳になったらそろそろ位階を上げ始めてもいいと思う。だが、それには問題があるんだ。その問題とはこの辺の魔物は弱いというもので、正直お前が今以上に位階を上げていくのに適した場所と言えない」


 そういえば位階は3から上がってないな。それで結局どうするんだろう?

 ヒュージさんの話はまだ続いていたので、僕はそのまま耳を傾ける。


「それなら位階を上げるのに適した所に行くしかないって結論に達した。そういうわけで、この村を出るってことを考えてみないか?」


「えー!」


 驚きのあまりに僕は大声を上げてしまった。

 えー、それは嫌だな。僕はママとパパとまだ一緒にいたいし!

 大人になったら離れないとダメなのは、もちろんわかってるけど……それでも今はまだ……


「確かに強くなりたいけど、でも、でも……僕はまだパパとママと一緒にいたいよ」


 僕は力なく呟いた。


「あらあら、やっぱりアランちゃんはやっぱり優しいわ。それに、ママのことが大好きなのね? 私もあなたが大好きよ?」


「パパもだぞ! そして今ので決意が固まった! ヒュージの迷惑になるからってことで迷っていたが……」


「何が?」


 二人は何を言っているんだろう? 不思議に思った僕が首を傾げていると、ヒュージさんが話し掛けてくる。


「実はな? 俺とアランだけ村から出て行くとなると、ララさんはここに一人で残されてしまうだろう? それならいっそのこと皆で引っ越ししないかって考えてな。タリオもなんとか仕事の都合をつけてくれたみたいだし。まぁ、お前の返事次第で今の話はなかったものにしたかもしれない。アランが強くなりたいって思わなかったり、一人で村を出たいって言うならこの話は止めていた。――家族を悲しませてまで強くなることはない」


 そう口にしたヒュージさんは、どこか悲しげな表情をしている。

 僕はなんで悲しそうな顔をしているのか気になったけど、いきなりママが「お引越しよー!」って大きな声をあげたので、そちらに気を取られてしまった。


「あっ、あとな? 引っ越すのはピューピルっていう街だ。その街には冒険者学校があるから、アランはそこに通うんだ。そうするとダンジョンに入れるようになる。もし学校に入らないなら15歳になってから冒険者ギルドで登録しないと入れないからな。まぁ、引っ越すのは明日や明後日というわけじゃない。タリオの仕事の都合もあるし、半年は先だろうな。お前が12歳になる少し前くらいかな? 家のことは心配するな。そこに行けば冒険者ギルドの仕事があるから俺も稼ぐ」


 学校に通うのかぁ、うーん、僕は友達がいないんだよな……友達できるかな?

 ライアル、ゼリオン、オリーブ、キャメリーの四人は、確かどこかの冒険者学校に入ったって村の噂で聞いたから、もしかして同じ?

 もしそうだったら嫌だな。最後に話したのはあの空き地で、僕が5歳の時だった。

 少し過去のことを思いだしていると、三人はいつ行くかという話を始めた。


 そんな三人を見て僕は思った――あれ? ピューピルの街に行く流れになってるけど、結局僕は『行く』って言ってなくない? 行くよ? 行くけどね?

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