第16話 まいぺーすちぇいさー

キンシコウの能力により浮遊する僕達。

上空を移動していた。


「...」


何が起こるか、予想出来ない。

緊張と警戒で一言も発せなかった。


「...ここでみなさん、伝えなくてはいけない事があります」


唐突に話し始めたキンシコウの声が沈黙を切り裂いた。


「...?」


「ヒグマさんにお会い出来るのは

“かばんさん”だけです」


「えっ... 、それは...」


困惑した声が後方から聞こえた。

アードウルフだと思う。


「ごめんなさいね...」


そう言って、指を鳴らした。


「のだあっ!?」


「えっ!」


アライさんの雲が消えている。

最初からこうするつもりだったのだろう。

助けたいが、この雲が動きを封じ込めている。


足をばたつかせて必死に浮遊を保とうとするが、地球の万有引力には勝てなかった。


「なんでアライさんだけこうなるのだあっ!!」


その声は段々と遠くなって行った。


「...何をしたいかわかりましたよ。

キンシコウさん」


キンシコウはただただ、黙っていた。


「かばんちゃん!もしかして私たちも!」


僕に打つ手は無い。

せめて、伝えておかないと...


「サーバルちゃん...、図書館で、会おう!」


キンシコウは黙り続けたまま、指を鳴らした。

無情にも、先に落ちて行ったのは僕だった。


「まさかっ!?」


「かばんちゃん!?」


最悪な別れ方だ。


「サ、サーバル、どうすんの!?」


震えた声でアードウルフが尋ねた。


「わかんないよ...」


サーバルも予想出来なかった。

怯える二人の様子を見ると、


「あなた達、面倒は私が見ます」


と、キンシコウは言った。

少しずつ自分達の高度も下がり続けていた。






















「イテテなのだ...」


先に上空から落とされてしまったアライさんは頭を撫でた。


「...ここは、どこなのだ」


見覚えのない場所だった。

開けた草原...。自分でも行ったことのない場所があるとは、驚きであった。

しかし、ここで何をすればいいかわからない。


呆然と、ただ一人原っぱのど真ん中で立ち尽くすしかなかった。


(迷子になりそうなのだ...)


不安げに思っていると、強い風が吹いて彼女の衣服や髪を乱暴に揺らした。


「のだっ...」


思わず吹き飛ばされそうになり、踏ん張った。


「...やっほー、アライさ〜ん」


後ろで声が聞こえた。

なんだろう。この胸騒ぎは。

本能のままに振り向くと、夢のような現実が待ち構えていた。


「....フェネック?...フェネックなのか!?」


「アライさん」


遠くから呼びかける、その姿は本物だった。

アライさんは磁石に吸い寄せられる鉄の

如く、フェネックに近付いた。


「ふふっ、また会えて嬉しいよ。

アライさん」


分かりやすい笑い声を出す。


「フェネック...、なんで...?」


その質問に対する彼女の答えは


スサァアアアア....


「アライさん、一緒にいこうよ」


彼女に肩を叩かれた。

その瞬間、アライさんの全身の毛が本能的に逆立つ。


足元が砂の中に少しづつ沈んでゆく。


「...フェネック」


アライさんは目付きを変え彼女を見た。


「怖がらないで。

絶対、一人にさせないよ。抱きしめてあげるからさ」


彼女は両腕をアライさんの後ろに回し、

抱擁する。


「...本当の、フェネックじゃないのだ」


囁くように一言を放った。


「えっ?何言ってんのさ。私は私だよ?」


「本物じゃないのだ」


頑なにそう主張する。


「....誰なのだ」


フェネックはそっと目線を下に落とすと笑い始めた。


「あはっ...はははっ...

私が“フェネック”じゃないって思ってんの?じゃあ聞くけど、アライさんの思う“フェネック”って何なの?」


胸の辺りまで砂に埋没しているが、

まだ余裕を持った様に話をした。


「優しい、頼りになる、色んな事を教えてくれて、そして何よりも....

アライさんを大事に思ってくれるのだ

本当のフェネックは、“こんなこと”しないのだ」


そう言った瞬間、アライさんは両手の水圧で空中へと飛び上がった。

砂の中から這い出た。


「ふふっ...、待ってよ、アライさん」


フェネックも両手で砂嵐を作り出し、

地上に出る。


「確認するけど、私はフェネックだけど、

アライさんにとっての“フェネック”じゃないんだね?」


「そうなのだ」


表情を固くして言った。


「...少し疑心暗鬼になってるんだよ

アライさんは。

何時までも何時までも、過去の海に囚われてる。

ヒトは新しい物に触れる時、

最初は抵抗を覚える。それは、過去の物が当たり前と思ってるからなのさ。

だけど、1度新しい物に触れたら、抵抗を無くし、それを受け入れる。

要は、“慣れ”の問題なんだよ」


風が再び、青々とした野草を揺らした。


「....フェネック。

ごこくの、けいこくちほーで言った事

覚えているのだ?」


「...ん」


「あの日の事をちゃんと言えるのなら、アライさんはフェネックの事を信じるのだ」


沈黙が生まれる。

風が草木を揺らす。なにかを煽るように。

フェネックは口を閉ざしたままだった。

アライさんは、溜息を付き、話し始めた。


「あの日は、月が黒い影に覆われて

金色のわっかを作っていたのだ。それが不思議で、崖の上で、フェネックと座って見ていたのだ....」






「すごいのだ!!真ん丸だったお月様が見えなくなったのだ!!」


「あれはね〜、“月食”っていうんだよ」


「げっしょく?」


「ざっくり簡単に言うと、月が影に食べられちゃうのさ」


「へぇ〜、面白いのだ!」


フェネックは、何を思ったのか。

温もりを求めていたのか。

アライさん手を握った。


「...フェネック?」


「アライさん、あ、あのね...」


足元からは、深い深い谷底を流れる清らかな川の音が聞こえる。


「どうしたのだ...」


少し、彼女の顔が赤くなった様な気がした。


「ずっと、ずっと、旅してきてさ、

最初はなんとなーく、ただの興味で

アライさんに付いてきた。

そしたら、色んな発見して、色々な事を知って...、こんな色々な、言葉で言い表せない様なことがたくさん出来て、

自分でも意外だったよ。

だけどね、一番のこの旅での思い出はね...」





“アライさんと、出会えたことだよ”










「...あの日の事は、ハッキリと今でも覚えているのだ。顔を寄せて、フェネックはその気持ちを、めいいっぱい、アライさんに教えてくれたのだ」


その話を聞かされたフェネックは腰に左手をあてて、黙って立っていた。

何年もそこにあった、木のように。


「今ので、アライさんの知ってる

フェネックじゃない事がハッキリしたのだ」


「じゃあ、この“私”はどうするの?」


その問に対してのアライさんの答えは単純だった。


両手に水を纏う。


その様子を確認したあと、


「ふーん...、そういうことなんだ...」


そう呟き彼女は目を瞑り、腕をぶら下げた。

この時既に地中が唸りはじめていようとは、誰も思わなかった。











「奴らをバラバラにし、刺客を送り込む作戦、上手くいくと良いですね。博士」


両者の間に数秒のタイムラグがあった。


「我々の目的は人間の地へ行くことです。完全な破壊ではないのです。

時間を稼げば、結果はどうでもいいのです」


淡々と、助手の顔を見ずに話した。


「ま、時間を稼ぐという点じゃ上手く行ってると思うな。例えば、

リカオンの力でフェネックを復活させ、アライさんと対決させる。

アライさんは単純だから手も足も出せまい」


ヘラジカが話に割り込む。


「しかし、リカオンの再生能力で再生した生き物は過去の記憶を持ってません。過去の話を仮にアライさんが持ち出したとしたら、どうするのです」


助手がヘラジカに向かい、疑問を投げかけた。


「私はアライさんと戦う展開もちゃんと考えているさ。だろ、博士?」


助手はヘラジカが博士に何を頼んだのか

見当がつかなかった。


「通常、黒魔術は1人1個しか得られない。しかし、リカオンの再生能力の性質上、彼女の得た砂の力は消えてないのですよ。

それで、ヘラジカに頼まれたのです」


「...ということは、砂を操る能力は

“生まれつき”という事であり、

もう一つの能力を得る事が可能ということなのですか?」


「その通り」


助手の確認にヘラジカが答えた。


「つまり、今のフェネックは、大袈裟に言うとこのパークで最強だ」


暗い地下室に、低い声が響いた。


「“水と油は混ざらない”。

同じ目標に向かって猪突猛進していた

二人にとっては、皮肉なのです」


文字を理解し、知識を蓄えた博士は

過去を思い出しながら、二人を軽蔑していた。

それから、軽く息を吐いた。


「さて、この計画に必要なものは白魔術の書です。かばんが予想よりも早く近付いているとなると、少人数で探すより

大人数で探した方が良いでしょう」


「なら、私の部下を使おう。場所は検討ついてるのか?」


「恐らくは、砂漠の地下迷路...、バイパスの周辺なのです」


「了解、じゃあ伝えに行ってきても良いか?」


「はい」


「ありがと、博士!」


威勢よくそう言って立ち上がると、

ヘラジカは暗い地下室を出ていった。



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