第17話 みずとあぶら

アライさんは水を纏った両手を後ろに向けて噴射。

それを推進力にし、フェネックに向かう。


フェネックは薄目を開けて小さな声を出す。


「かわいいね...、か弱いのに...」


自分の知る“フェネック”を

偽った“フェネック”が現れたこと。

それがアライさんの癪に障った。


右拳を突き出し、フェネック目掛けて攻撃を当てようとした時、一瞬にして体を砂化させて姿を消す。

アライさんもそれに呆気を取られている

隙無く、素早く両手共前に突き出し水を逆向きに噴射する。そして、背中を向けて反対にすっ飛ぶ自身も水を纏う。


アライさんらしい、がむしゃらで荒々しい動きだった。


「すごいねぇー」


冷めた感想を述べるフェネック。

背後を取ったと思った直後に急激な方向転換。だが、そんな状況でも冷静さを欠かなかった。


自身とアライさんの距離を瞬時に計算しベストなタイミングで、右手を上に振った。


地面から湧き出して来たのは予想外の物だった。


「のわっ!?」


その湧き出したものは壁となり、アライさんの攻撃を跳ね返した。

グルっと一回転したアライさんは地面に背中を打ち付ける。


「ふふっ...」


湧き出たものの壁がベタっと崩れ落ち、

フェネックの嘲笑が聞こえた。


「ぐぬぬ...、今のはなんなのだ...」


立ち上がりつつ、アライさんは尋ねた。


「あれはねー、“石油”だよ」


聞き慣れない単語を持ち出してきた。


「せ、せきゆ...?」


「砂漠の地下に埋まってるものさ...

私は石油を操る能力も持ってるのさ」


両手を腰に当て、自慢げに語った。


「まあ、正式には“作ってるんだけど”

地中の土砂を分解して石油とほぼ同一の物にしてるんだ」


「...なんか、よくわからないのだ」


アライさんは本音を零した。


「要は...、アライさんは勝てないって事だよ。ベットベトにしてあげるね...うふっ...ふふふっ...」


甘い声で言う、その狂気じみたセリフにアライさんは嫌悪感を抱いた。


「やれるもんなら...、やればいいのだ」


「じゃあ、遠慮なく...」


フェネックは白い両手に黒い液体を纏い始める。

汚れなどは、一切気にしない。


アライさんも水を両手に纏う。

透明な水と黒い油、対照的な二つがぶつかり合う。


お互いに拳で力比べが始まったが、

フェネックは余裕の表情を浮かべていた。


「甘いよ...」


そう呟くと再度砂と化し、消え去る。

前に乗り出していたアライさんは少しよろける。


「くっ!」


再び自分から距離を取った後ろに現れた。

方向を変えて、フェネックに向かって走る。


「ふふっ...」


しかしフェネックは一向に焦る気配を見せない。その目線は地面を向いていた。


「のだあっ!」


突然足が滑る。

また、後ろに倒れた。


フェネックの出した“油”に足を取られたのだ。

すぐに起き上がろうとしたが、滑ってしまう。


「あぁ...、かわいいよぉ...」


そして、地面に手をつき、アライさんを“石油の柱”の中に閉じ込める。


「だっ!」


フェネックはその柱の中に囚われているアライさんに向かい、追い討ちをかけるように、漆黒の拳を突き出したのだった。


「ガッ...!」


勢い良く飛ばされる。

身体は黒く、ベトベト。


フェネックはアライさんに攻撃を当てた後、直ぐに砂化。アライさんの着地位置に先回りして、次は激しい砂嵐を出現させた。飛ばされたアライさんは休む間も無く、砂嵐の中に巻き込まれた。


「ハァッ...」


天高く飛ばされる。


「どう...?これが、“砂漠”だよ...」


砂嵐を眺めながらフェネックはそう呟いた。

心の中で3、2、1とカウントし、指を鳴らして、アライさんは地上の草原へと

落下した。


言うなれば、“泥だらけ”のアライさんは、大の字になり息を荒立てていた。


「ハァーッ...、ハァッ...、ハァ...」


「...残念だよ。アライさん。

私を認めてくれればそんな姿にならなかったのに。

けど、その姿、魅力的だなぁ...」


また、“ふふっ”と意地悪に笑った。


「さ、砂のベッドで眠ってね...」


地面を砂に変え、アライさんを砂の中に引きずり込む。

砂の中に引きずり込まれる最中、

アライさんは考え事をしていた。


(フェネックは強いのだ。何か、勝つには...)


不意にスカートのポケットに手を入れる。そして、確かにある感触。


“黒魔術の玉”


取り出して、それを見つめた。


(やるしか...、ないのだ)


“グランバ・スーバ・マールシャス...”







フェネックは頬についた黒い“石油”を袖で拭った。


「アライさん、たいしたことないね」


砂の穴を背にし、歩き始めた。

その時である。


不穏な音をその大きな耳で察知し、すぐに止まる。


(どこだ...)


彼女は、“空からの襲撃者”に気付かなかった。


「...!!」


ドドドドドーン


激しい爆風がフェネックに襲いかかった。

思わず両腕で前を庇う。


「...なに!?」


土煙で良く見えない最中更に、

細かい銀色の物体が襲い掛かる。


即座にそれを見切り、油の壁を出現させる。


だが、銀色の物体は石油の壁を貫いて、

フェネックに襲いかかったのだ。

急な不意打ちに、顔を顰めるしかなかった。


「何がどうなってんのさ...っ!」


石油の壁を消して、視界に飛び込んできたのは青い波と、黒い生き物にバランスを取りながらこちらへ向かうアライさんであった。


(こんな凄い技は...、玉でしか出せなかったハズ...、なるほど)


状況を一瞬で理解したフェネックは砂嵐を出現させ上空へ逃げる。


そして、自身も“玉”を取り出したのだ。


“デゼールト デ イルジオ...”


そう呟くと、フィールドは草原から

灼熱の太陽輝く砂漠となる。


アライさんは場所が変わろうが気にする素振りは見せない。


フェネックは地上に戻る。

そして、方向変えて、

黒い生物に乗ったまま、青い波を引き連れてフェネックに猪突猛進した。


灼熱の砂漠と、青い波は常夏のビーチを

連想させる。

しかし、ビーチの様にくつろげはしない。


「砂漠でくたばるがいいさっ!」


指を鳴らした。


「...だっ?」


アライさんの目線の先がもやもやとする。


確かにその先にフェネックがいるが、

距離感が掴めない。


「どうだい...?砂漠の魔法は...」


「...!」


背後を振り向くとフェネックが砂嵐で

浮遊している。


「アライさんの能力は極めて単調だ

小回りが効かない。アライさんの性格みたいだ」


「何が言いたいのだ...」


「この“砂漠”からは出られないのさ

アライさんは“私の幻想郷”で一生を終えるんだよ」


冷酷な笑いを浮かべた。


「...それは出来ないのだ」


波を前進させたまま、そう答えた。

その答えを聞いたフェネック不思議そうな顔でアライさんを眺めた。


「アライさんには、仲間がいるのだ...ここから抜け出して、守らないといけない仲間がいるのだ!」


そう言い放つと、アライさんが乗る

“シャチ”が高く飛び跳ねた。


振り落とされない様に尾鰭にしっかり

掴まる。そして、水圧で浮いた。


「さよならなのだ...、フェネック」


右手に星型の物を構える。


「足掻きはよそうよ...」


こちらは右手に黒い液を纏う。


「こちらこそ、さよなら。アライさん」


アライさん目掛け石油を放った。


「水と油は混ざらないのだ...」


水のシールドで油を防ぐ。

幻想砂漠の上空で水と油の攻防が繰り広げられていた。









「あれ、何だ何だ〜?あのモヤモヤ?」


目を凝らし見ると、


「フェネックとアライさん...?

あぁ、やってるな」


(あっ、...待てよ。今、アライさんは

私達にとっての...)


“敵”じゃないか。


顔に笑いを浮かべ、そのモヤの中へと

誘われるように進んでいった。












(今なのだっ!)


鋭い目付きを見せた。



アライさんの後方から放物線を描くように数匹の銀色の魚。


その姿はまるで、ミサイル。


「広大な海の力よりも、冷たい砂漠の力が勝るに決まってる!」


ムキになり更にアライさんに向ける力を強めた。油の中に砂が混じる。


「フェネック...、アライさんは...

“前に進むのだ”」


そのセリフと共に、激しい爆発音が

空中で轟いた。

同時に右手の星型の物も投げつけた。


「...グッ!」


地上へ落ちた。

勢い良く落ちたフェネックのせいで砂漠の砂が舞い上がった。


「そんなっ、ウソでしょ....」


片目を瞑りながら上半身を起こすと

体には星型の物が付着している。

剥がそうとするが剥がれなかった。

ふと、視線を上げると、

目の前にはアライさんも立っていた。


憐れむような目で自分を見つめていた。


「でも...、

フェネックに会えて、嬉しかったのだ」



彼女の最後の一言に、

フェネックは心の中の何かを強く揺さぶられた。


アライさんは後ろを向き、

“フェネックの最期”を見ようとはしなかった。


そしてモヤが消え、ハッキリ先を見通せるようになった。状況としては草原に

砂漠がまるごと出現した様になっている。先の方は森があり、既に夜になっていた。砂漠を抜ける為に、歩き始めた。

かなりヘトヘトであるが。


「かばんさん、待っているのだ...。

アライさんが...、いれば、無敵の布陣なのだ...、ハァ...」




















グサッ



「....の...だっ....」


銀色が月の光に反射した。






「...おっと、手が滑った。フフッ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る