緑の丘

月乃ひかり

緑の丘

私は今日も学校へ行く。でも、登校中の私の胸には、いつもとは違う強烈な感情が静かに、しかし強い存在感を放って渦巻いている。手に汗が滲んでいる。

坂を登り、学校が見えてきた。ぎゅっ、と拳を握りしめた。

変わらない日常が続いていた。

そう、昨日までは。

絶対に起こり得ないと思っていたことが起こってしまったのだ。あれから、私の世界は一変した。

昨日の夜のことだ。

夕食前、何気なくテレビを眺めていた。

たまたま映ったアイドルを見て、私は少しだけ胸がざわざわした。

同じクラスのタカキの顔が浮かぶ。

このアイドルの女の子はかわいい。タカキはこの子が好きなんだ。

うまく言葉にならない気持ちを飲み込むように、私はテーブルの上の飲み物を飲んだ。

その瞬間、すべてが白く見えた。

一瞬視界が点滅したかと思うと、気づけば私は気を失っていた。

目を覚ましたとき、私の隣でお母さんが包丁で刺し殺されて転がっていた。

状況が理解できず、思考は混乱し、ただぼうぜんとその場に座り込んでいると、携帯が震えた。

タカキからのラインだった。

それをきっかけに、今起こったことは夢ではなく現実なのだと悟り、私は慟哭した。

そして今、私は教室の扉を開く。

担任の教論がこちらを一瞥すると、小さく手招きした。

「おはよう。お父さん、どうだった?」

「はい、うまくいきました。あの、はじめてで不安だったんですけど」

教論は、にっこり笑った。


隣の席のタカキはこちらを向いて何気なく

「そうえばお父さんの手術どうなったの?」と尋ねた。さりげない気遣いがうれしい。

「うまくいったみたい」

「それに…」

私は言おうか迷う。

「それに?」

タカキが私の顔を覗き込んだ。

「お母さん、やっと消えてくれた」

ぱっ、とタカキの顔が明るくなる。

「そっか、やっと妄想治ったんだね」

うちには、お母さんなんていないのだ。






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緑の丘 月乃ひかり @moonright

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