第29話 巡り巡って殺人事件

「犯人は……貴方がたですね! 会場にお集まりの皆さん!」


 探偵の言葉に、スタジアムに集まった犯人達の雄叫びが地面を揺らした。目に涙を浮かべる者、怒りの表情に顔を歪ませる者……さらにその咆哮は、会場に収まりきらず外で待機している犯人達にも波紋のように広がっていく。彼らの怒号や歓声に押され、探偵は思わず後ろによろめいた。目の前の迫力に、全身がビリビリと震えを起こす。

 ……ダメだ。ここで引いてはいけない。彼ら二百万の犯人達の気迫に負けないように、探偵はつま先に力を入れるともう一度力強くマイクを握りしめた。


「二階席! どうなんですか!?」

「うおおおおおおおおおおお!!」


 まるで大爆発が起こったような歓声が、辺りに響き渡る。探偵のさらなる真実の追求に、会場のヴォルテージは最高潮に達した。ステージの端に待機していた警察達が、その様子を見て汗を拭った。


「まさか……ここにいる全員が犯人だったなんて……!」

「なんて人海戦術な犯人なんだ!」


 ステージ裏の動きが慌ただしくなって行く中、自らの推理に全てを出し切った探偵は満足そうにステージ中央の床にマイクを置いた。ボロボロになったその姿に、会場はさらに力強い熱気で応えた。その体は、今しがた推理ショーを終えたばかりの探偵役とは思えないほど汗に塗れており、彼の顔には時折笑みすら浮かんでいた。会場が声にならない声で包まれる中、彼はゆっくりとカーテンの後ろへと姿を消していった……。


□□□


「先生! 真田一行目先生!」


 ステージ裏で待っていたのは、学生服姿の少女だった。探偵が息を切らし汗を拭っていると、入り組んで置かれた機材の向こうから彼女が子犬のように彼の元へと駆け寄ってきた。


「やりましたね先生! また一行目で事件を解決してしまったんですね!」

「助手君」


 長身の探偵は少女に気がつくと、差し出されたタオルとペットボトルを受け取った。


「嗚呼。今日此処に来てくれている二百万の犯人達は……もしかしたらもう二度と、私の『推理ショー』に立ち会うことはないのかもしれない。そう考えるとね……自然と前に出る勇気が湧いてくるんだ」

「……聞こえてますか? 『アンコール』ですよ! きっと犯人の皆さん、先生の推理をもう一度聞きたがってくれてるんですよ!」

「フン……一体どういう状況なんだか……」


 助手の少女が感極まったかのように暗がりで耳を澄ませた。真田と呼ばれた探偵は少し照れたように微笑むと、シャツを脱ぎ捨てもう一度光の射す方へと歩いて行った。


□□□


「……整理券を配布しますので、押さないで一列に並んでください」


 数時間後。会場の出入り口には、犯人達による長蛇の列が出来上がっていた。納得の行かない表情を浮かべている者や、諦めてむしろ清々しい顔をしている者。出入り口で待ち受ける警察官から番号の書かれた札を受け取り、彼らは順番に外で待つ送迎バスへと乗り込んで行った。一九三六番を受け取った一人の柄の悪そうな男が、マフィア顔の警部に言い寄った。


「納得いかねえよ警部さん。俺ぁただ頼まれて、缶コーヒーを買って一九番出口付近で飲んでただけだぜ。それで犯人だなんて言われても……」

「だが、指示されてやったことなんだろう? お前が缶コーヒーを飲んでいなければ、被害者はコーラを買わずに済んだ。全ては巡り巡って起こった、れっきとした犯罪なんだ」

「だけど……」

「僕は? 僕はどうなんですか?」


 眉をしかめる男に割って入って、今度は神経質そうなメガネの男が警部の前に詰め寄って来た。

「一九三七番。君が二七日のチケットをオークションで競り落とさなければ、八七五番が会場入りすることはなかったんだ」

「嗚呼ぁー! そうだったのかぁー!」


 一九三七番が悔しそうに崩れ落ちた。混乱する出入り口を傍目で眺めながら、学生服姿の助手が上半身裸の探偵にそっと話しかけた。


「……なんだか大変そうですね。そんなに大掛かりな事件だったんですか?」

「嗚呼。今回の殺人事件の被害者は、元々此処でコンサートをやる予定だったバンドのヴォーカルなんだが……彼一人を殺すために、全国から厳選された二百万もの犯人達が一堂に集結したんだ」

「それにしても、集まりすぎでしょ。入りきれてないじゃないですか」

「だが、その二百万の小さな歯車一つ欠けても、今回の事件は成り立たなかった」


 ずらりと並ぶ大行列を眺めながら、真田は小さく呟いた。


「彼ら一人一人には罪の意識は少ないかもしれないが……彼らの行いが、巡り巡って一人の男の命を奪ったのは確かなんだ」

「壮大な話ですね……」


 満足気に汗を拭う真田の隣で、助手が感嘆の声を上げた。彼は出入り口で検問を続けている警部に近づいていった。


「猪本警部、それでは私はこの辺で失礼します」

「何言ってるんだ真田」

「え?」


 やりきった表情で帰ろうとする探偵を、マフィア顔の警部がジロリと睨んだ。


「お前も重要参考人だぞ。お前が『たまたま』ライブ会場を訪れなかったら、一番は動揺することもなく、犯行に及んでなかったかもしれないじゃないか。君の行いが巡り巡って、今回の事件を招いたんだろう」

「そんなこと言われても……」


 困惑する真田に、警部は整理券を差し出した。


「ほら、一九三八番だ。今取調室は四日と三七時間待ちだ。言っとくが、これでもまだ早い方なんだぞ。あと二百万人近くいるんだからな」

「え!? 私も並ぶんですか!?」

「当然だ」


 驚く探偵に、横からやってきた刑事達が素早く手錠をかけバスへと促した。


「ちょ、ちょっと待って……私は本当に、ただライブを見にきただけで……」

「分かってるよ。大体犯人は最初『私はただ……』なんて言い逃れようとするんだ」

「違いますよ!」


 連行されていく真田に、マフィア顔の警部が頷いてみせた。

「じゃ先生、私明日、部活早いんで……」

「おい助手君! 君も会場に来てたじゃないか!? ずるいぞ!? 何故私だけ……!」

「大人しくしろ! いいからこっちに来い!」


 強引にバスに押し込まれる真田を置いて、学生服姿の少女は眠たそうに欠伸をしながら会場を後にした。

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