第19話 ABCDEFG件

「犯人は貴方ですね、Aさん」


 伸びきった前髪の奥から獣のように眼光を鋭くさせ、長身の探偵がそう言い放った。皆の視線が一斉に名指しされた女性に注がれる。彼女は一瞬雷にでも打たれたかのように体をビクッと跳ねさせ、次に小刻みに震えだした。やがて彼女が観念して自分の罪を告白し出すのに、それほど時間はかからなかった。


「そうよ……私がやったの……」

 小さく絞り出されたその証言に、館に集まった関係者が大きく息を飲み込んだ。

「まさか……そんな大胆なトリックが…!?」

「なんて空前絶後な女なんだ……!」


 周囲から次々に放たれる驚きの言葉。やがて視線のスポットライトを浴びた犯人が、その犯行理由をポツポツと語り出した。だんだんと上がっていく『推理ショー』のヴォルテージを嫌って、探偵は『観客』達に気づかれないようにそっと扉の向こうに下がっていった。


□□□


「ふぅ……」


 一仕事終えた探偵が現場を離れ、人気のない暗い廊下で壁にもたれかかっていると、暗闇の向こうから誰かが彼に駆け寄ってきた。

「先生! 真田一行目先生!」

 疲れた顔を見せる探偵に近寄ってきたのは、学生服姿の少女だった。今日は淡い赤のリボンを後ろで揺らしながら、長髪の少女が嬉しそうに言った。


「また一行目で事件を解決してしまったんですね、真田先生!」

「助手君」

 真田と呼ばれた探偵が小さくため息を漏らした。

「あまりに速すぎて、自分でも時々ふと悩む時があるよ。もしかしたら自分は事件を解いているんじゃなくて、既に解決した事件の犯人を読み上げてるだけなんじゃないか……ってね」

「考えすぎですよ先生。先生が事件を解決してるに決まってるじゃないですか。もっと自信を持って!」

「ハハ……そうだよな」


 年下の少女の励ましに乾いた笑いを浮かべ、真田はポケットから煙草を取り出し火を点けた。


□□□


 無事に事件を解決した二人が館を抜けると、門の前に見知らぬ大きなオートバイが止められていた。


「こんばんは、真田先生」

「ん?」

 そのオートバイに寄りかかっていた持ち主が、真田の姿を見て声をかけてきた。ぴっちりとした黒のライダースーツを身にまとい、颯爽と二人に歩み寄ってきたその女性は、ヘルメットを脱ぎ去ると爽やかな笑みを浮かべた。


「貴方は?」

「初めまして。私、推理小説家の、一条千鶴と申します」


 亜麻色の髪をなびかせ、名刺を取り出した彼女は真田に丁寧に頭を下げて自己紹介した。真田が眉を潜めた。


「小説家?」

「ええ。ご存知ないでしょうけど……。実は私、今度書く推理小説に向けて、色々取材をしているところなんです。それで、先生のご活躍をお聞きして、是非一度本にしたいなと思いまして。如何ですか? あちらのカフェでお話しでも……」

「本だって? 私の事件を?」

「ええ」

 眉を吊り上げる真田に、彼女はちょうど向かいにある小さな喫茶店を指差した。


「先ほどもそこの館の事件を、見事解決して来られたのでしょう? 素晴らしいわ。是非ゆっくりお聞かせ願えませんか? 一体犯人はどのようなトリックを使って、先生はどのような推理で犯人を追い詰めたのか……」

「どのようなトリックを使ったかだって?」


 真田が途方に暮れたかのように道端に立ち尽くした。助手の少女が後ろから慌てて真田を小突いた。


「先生、まさか本当に覚えてらっしゃらないんですか? さっき解決した事件ですよ?」

「そ、そんな事はない。ただ何処まで話していいものやら、思い悩んでいただけだ」

 歯切れの悪い名探偵を見て、推理作家が意地悪く小首を傾げた。

「どうされました? まさか、話せない事情でも?」

「何だ? 疑ってるのか?」


 口元に微笑を浮かべる女流作家に、真田がムッとしたように口を尖らせた。


「あらやだ。勿論、そんな事はありません。でも最近……私の読者からこういう声が上がってるんですよ。『余りにも事件解決が速すぎる真田一行目探偵は、嘘っぽい』、『自作自演なんじゃないか』って」

「ぬ……」


 真田は口を噤んだ。『自作自演』と言えば、先日真田の盟友で同業者の伊達探偵が、自らの罪を他人に擦りつけ、その事件を自分で解決して自分の手柄にする、という荒技で逮捕されたばかりだった。恐らくこの小説家は、世間を騒がせた事件の『類似品』を求めて自分の元までやってきたのだろう。迂闊なことを話せば、この女性にあることないこと小説に書かれて笑い者にされてしまうかもしれない。真田は慎重に言葉を選んだ。


「……いいだろう、話してやろう」

真田がそう頷くと、彼女はぱあっと顔を綻ばせた。

「ありがとうございます、真田先生。読者もきっと楽しみにしておりますわ。かの名探偵が、一体どんな難攻不落の怪事件を『具体的に』解決してきたのか……」

「先生、大丈夫ですか? 何だかあの人、先生のこと疑ってるみたいですよ……」

 何処か含みのある言い方をする女流作家をみて、助手が不安そうに真田に小声で耳打ちした。真田は首を振った。

「任せておけ。むしろこれは、私の本当の実力を読者に分かってもらうチャンスだ」

 心配な顔で見上げる助手を残し、二人は颯爽と喫茶店へと入って行った。


□□□


「会話を録音させてもらっても?」

「構わん。但し、だ。勿論関係者のプライベートや、捜査の都合上世間に知られると不味いものもある……」

「構いませんわ。実際に活字にする時は、ちゃんと分からないように別の言葉に置き換えて対応しますから」

「よし。だったら今日はここで真実を、余すことなく全て話そう」

 覚悟を決めたように頷くと、真田は先ほどの事件を静かに語り始めた。


□□□


「……じゃ、じゃあ犯人はわざとAをBの中に……!?」

「嗚呼。それにCの中には、DとEもFされていた」

「なんDすって!?」

 女流作家が驚いたように目を見開いた。

「という事はつまり……犯人はDをFすることによって、逆にCにBをGえることになったんですね!」

「そういう事だ」

「まさか……そんな大胆なトリックが……!?」

 全てを語り終え、静かにCを啜る探偵を前に、小説家はしばらくB然としたままだった。

「なんて空前絶後な女なの……!」

「だろう?」


 驚く作家を見て、真田は笑みを浮かべながら頷いた。我に返った彼女は慌てて探偵に頭を下げた。


「ありがとうございます! ごめんなさい、私……実は先生の話を実際に聞くまで、『本当はトリックなんて解いてないんじゃないか』って疑っていたんです」

「ハッハッハ。何をバカな」

「同業者にもいるんですよ。『如何にトリックを考えずに推理小説を書くか』なんてバカなことを考えてる、不届き者が」

「そんな奴いるのか」

 何か心当たりがあるのだろう。呆れて肩をすくめる小説家に、真田は目を丸くして見せた。

「でも実際にお話を聞いて、確信しましたわ。先生はそうじゃない。手抜きなんて一切ない、本当の名探偵だって。貴重な話をありがとうございます。この取材内容は、私も作家の端くれとして、きっと小説にして届けて見せますわ」

「ありがとう。楽しみにしているよ」


 何度も頭を下げる女流作家を置いて、真田は満足気に立ち上がった。喫茶店の外に出ると、不安そうな顔をした助手が真田の姿を見るなり急いで駆け寄ってきた。


「どうでした先生? 大丈夫でしたか? ちゃんと具体的に答えられました?」

「当たり前だろう。私が解いた事件だぞ。ま、細かい事は今度発表されるであろう小説を読んでもらえれば分かるよ」

「え!? じゃあやっぱり、私達の名前も晒されて世間に……!?」

「安心してくれ。そういった部分は分からないように別の言葉に置き換えてくれるそうだから」

「そうですか……良かったです」

 助手がホッと胸を撫でおろした。

「それにしてもすごいですね、小説だなんて。それを読んだら、読者ももっと先生のことを認めてくれますね」

「だといいんだがな……ハッハッハ!」


 気分を良くした探偵は、意気揚々と帰り道を歩いて行った。

 

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