第9話 衝撃の展開! 感動のラスト殺人事件
「犯人は貴方ですね、奥さん」
関係者全員が集められた大広間。息を飲むことさえ躊躇ってしまうほど張り詰めた空気の中で、探偵の落ち着き払った一言はまるで雷鳴のように彼らの耳の中に轟いた。追求の言葉が向かったその先に、一同が一斉に視線を投げかけた。やがてわんわんと唸りを上げて大きくなっていく騒めきの中、渦中の女がその厚い唇をそっと開いた。
「……ごめんな、さい……」
頰に伝う一筋の涙と共に放たれたその言葉は、この館を襲った奇想天外な殺人事件の犯人の、事実上の敗北宣言だった。その場にいた全員に、もう一度衝撃が走る。目をひん剥く老人、口を押さえ天を仰ぐ若者、膝を尽き呆然と彼女を見つめる女性……。
「まさか……十年以上もトリックを温めていただなんて!」
「なんて一生懸命な女なんだ!」
混乱と動揺で収まりがつかなくなる中、唯一人、真実を突きつけた探偵だけは顔を伏せ、肩の荷を下ろしたようにホッとため息を漏らしていた。探偵の名は、真田一行目。今時トレンチコートに鹿撃ち帽という、探偵ですらためらうような”クラシックスタイル”で事件に臨む時代遅れの男であった。やがて彼は『犯人が降参した以上、これ以上の追求はしない』とでもいうかのように、静かに踵を返しその場から離れようとした。すると、人混みの陰から一人の人物が長身の探偵を呼び止めた。
「おい待て真田。そっちはダメだ。取材陣が張ってる」
「え? 取材?」
一仕事終え、さっさと退散しようとする彼を低い声で呼び止めたのは、まるでマフィアかと見間違うほどの強面な警部だった。困惑する探偵の肩に手を置き、マフィア警部は呆れたように親指で広間の出入り口を指し示した。
「なんでも今回の事件を、一面トップで扱いたいらしい。新聞屋だけじゃなく、TVの取材もだ。悪いが、裏口から抜けてくれ」
「なんでまた……」
「なんせ今回の事件は注目を浴び過ぎた。愛した夫のため、十年以上に渡って下準備をし、メディアを利用して大々的に復讐を果たす……。こんな劇場型の事件、まるでドラマか映画の世界じゃないか。こんなこと現実にやられちゃ、ワイドショーが食いつかんはずもないさ」
強面の警部がいい終わるか言い終わらないかのうちに、突然広間の出入り口が開け放たれ、向こうから人の波が押し寄せて来た。手にマイクを持ち、大きなカメラを掲げた彼らは一様に興奮しているようだった。真田と呼ばれた探偵は、彼らの向けた眩しすぎる照明に思わず目を逸らした。
「真田一行目探偵! 今回の事件について一言!」
「え……いや、私は……」
「警部! 今回の殺人事件は、愛する人間の命を奪った者に対する、復讐劇とお聞きしたのですが!」
「勝手に入って来るな! 個人情報はここでは話せん! 後日会見で……」
「それにしても、こう言っちゃなんですが殺されて当然ですよね! 奥さんや子供を盾に、お金を毟り取った挙句自殺に追い込むだなんて!」
「奥さんが犯人だったと言うのは、本当なんですか!?」
「こりゃすごい……いつかお涙頂戴もののミステリとして映画化されるかもしれませんよ」
「いい加減にしろ! 人が殺されてるんだぞ! 感動もクソもあるか! 貴様ら、さっさと出て行け!」
だが真田の周りに集う興奮気味の記者達には、生憎マフィア顔の警部の怒り狂った声も届いていなかった。彼らも、生放送で電波ジャックやウェブサイトの乗っ取りなど利用された側だとは言え、むしろ今回の事件の犯人を利用し視聴率や購買数を上げようと必死になっているようだった。生半可に素人に利用されてしまったことが、逆に彼らに火をつけてしまったのかもしれない。
「だけど、これはやりすぎだ……」
真田が誰ともなしに呟いた。
「奥さん! 今回の事件について一言!」
「あ! こら!」
関係者の輪の中でうずくまる一人の女性の姿を見つけて、テレビカメラが関係者を強引に押し分け近づいていった。先ほど探偵によって解決されたばかりの事件をTVで生中継されると言う、前代未聞の事態に広間は騒然となった。膝をつく女性にたくさんのカメラが向けられ、何本ものマイクが突き立てられた。慌てて警察が止めようと躍起になっていたが、大勢のマスコミに取り囲まれた女性に近づくことすらできていなかった。
「奥さん! 奥さんが犯人だったんですよね!?」
「うぅ……」
「旦那さんについて一言お願いします!」
「私は……私は夫を愛していました……!」
彼女の言葉に、カメラのフラッシュが何度も何度も広間を照らす。泣き崩れる女性の独壇場が始まり、報道がさらに熱を増していくのを見て、真田は一人暗い顔をしていた。強面の警部の怒号が虚しく天井を舞った。
「やめろ! お前達、今すぐここから出て行け!」
「愛してたの……愛してたのに、何で……!」
「奥さん! 全国の、TVをご覧になっている方に一言!」
「うぅ……うぅぅぅぅ……!」
報道陣が固唾を飲んで女性の次の言葉を待った。中々止まることのない彼女の嗚咽に、その場にいた全員がしん……と静まり返った。やがて泣き崩れる彼女を見て、真田がポツリと呟いた。
「皆さん。その方は今回の事件で殺された『被害者』の奥さんです。……犯人はあっちですよ」
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