第7話 のぞみ
「おはようございまーす」
「おはようございます」
「いってらっしゃーい」
登校班に付き添った後は、他の班が学校へ入るまで正門前の横断歩道で誘導をするのが私の仕事。うちの班は比較的早く学校へ着くので、ここでは二百人くらいの子供たちを毎朝見送っている。
声を掛けると挨拶を返してくれる子もいれば、おじぎだけする子、黙って通り過ぎる子と色々だが、中には向こうから挨拶してくれたり、立ち止まって話しかけてくれる子もいる。
特に仲が良い子は二人。その一人がのぞみちゃんだ。
のぞみちゃんも三年生。カンナちゃんとは一年生から同じクラスで、今年はナツキちゃんも一緒になった。
実はのぞみちゃんのことは、のんちゃんと呼んでいた二歳のころから知っている。
のんちゃんの母親が私の幼馴染で、四歳年下だけれど小学生の頃はよく遊んでいた。中学生になってからはだんだんと疎遠になっていたけれど、スーパーで買い物中に再会したとき二歳ののんちゃんを連れていた。
たしか蘭と暮らし始めて間もないころだった。
この偶然に驚き、懐かしくもあり、それから連絡を取るようになった。
少しずつ家庭の相談を受けることが増え、お昼にのんちゃんを連れてお弁当を買って、公園でランチをしながら話を聞いたこともある。
ご主人と上手くいっていないようだった。ご主人の仕事が忙しく休みも不定期ですれ違いが増えていくにつれ、嫌な面ばかり目立つようになり……。
そんな話を聞いてもアドバイスなど私には出来ない。その時の私が言葉を
贈ることなど到底できなかった。ただ話を聞いてあげるだけ……。
一つだけ伝えたことは、どんな選択肢をとったとしても悔いは残さないよ
うに、自分が決めたことなら、と。
私のようにはならないように、と心に思いながら。
のんちゃんは会ったころからとてもなついてくれていた。父親とは遊ぶ機会がほとんどないと聞いていたこともあり、せめて私が一緒にいるときは、たっぷり遊んであげよう、そう思っていた。
保育園に通うようになってからはほとんど会わなくなっていたけれど、小学生になっても忘れずにいてくれた。
校門前にいる私を初めて見つけたとき、離れていたのに笑顔で手を振って。
のんちゃんが一年生になり、登校してくるのを知っていたから、見逃さないように気をつけていたんだよ。
今でも、毎朝のんちゃんは角を曲がってすぐに手を振ってくれている。
学校公開の時は、のんちゃんを見ている時間が一番長い。登校班の子供たちは毎朝話す時間もあるけれど、のんちゃんとは校門前の一瞬だけだから。
それに、母親は仕事を始めたこともあり、学校公開なのに両親が姿を見せることはなくなっていた。
「のんちゃん、おじさん来たよー」
先に私を見つけたカンナちゃんが呼びに行ってくれた。この呼び名もすっかり広まり、友達だけでなく先生も「のんちゃん」と呼んでいる。
「次の授業も見ていくの?」
「うん。次は何やるの?」
「国語で、発表するんだよねー」
「のんちゃんがやるの?それじゃ、ちゃんと見なきゃ」
「えー、上手くできないかもー」
「応援してるからね」
授業では、グループごとに一つのお話を交代で説明する、ということをしていた。
ひいき目ではなく、のんちゃんは声も大きくはっきりと話が出来ていたと思う。発表が終わってから目が合ったので、手でOKマークを作ったらにっこりと笑っていた。
見てくれている人がいる、というのは、子供たちにとってとても大きな意味を持つ気がする。特に低学年の子は、お母さんやお父さんが見に来ていると表情も輝いているし、やる気オーラがみなぎっている。
授業に限らず、家庭や地域で〈見てくれてる人がいる〉という意識を子供たちが持つことは、大切なんじゃないかな。
いや、子供に限らず、誰にとっても大切なことなのかも……そう感じながら、学校を後にした。
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