第2話 カンナ

「おい、蘭。朝飯あさめしだぞ」

 聞いているんだか、いないんだか分からないが、ガサゴソと寝床から出てくる。

 まずは水を飲み、おもむろに食べ始める。

 一人で住むには広すぎる3DKのマンションに、ウサギと暮らし始めて七年目になる。暗灰色のネザーランドドワーフ、七歳と言えばもうおばあさんだ。「ウサギは寂しいと死んでしまう」なんて話があるけれど、あれはTVドラマが広めた嘘で、むしろ孤独を好み、自分のテリトリーをはっきりさせる。

 探偵の仕事は不規則なので遅く帰ることも多いけれど、蘭は怒りもしなければ文句も言わない。すり寄ってくることもないけれど。


 その点、子供たちはかまってくれるので、会えば自然と笑顔になってしまう。中でもカンナは、どんなときでも声を掛けてくれる、りんちゃんと並んで、特に仲が良い(と勝手に思っている)女の子だ。

 カンナも小学三年生で、バレエとダンスを習っている。小柄だけれど髪が長く、目がクリっとして大きく二重でかなり可愛い。

 カンナの良いところは如才じょさいない、それに尽きる。

 

 私のように学校をサポートしていると、色々な行事に招待してもらえる。学校公開もその一つ。昔の授業参観と違い、数日間にわたりどの学年・クラスでも自由に授業を見ることが出来る。毎年、一日は時間を取るようにしてみんなの学校での様子を見に行くことにしているのだが、カンナが一年生の時にこんなことがあった。

 その日は午前中に見て回ったのだけれど、一年生の午後の授業に“親子教室”というのがあった。体育館で親も参加して運動するらしい。さすがに、私がこれを見に行ったら胡散臭うさんくさくて怪しく思われるだろうと、午後は事務所へ戻った。

 すると、翌日カンナが「なんで昨日は親子教室に来なかったの?」と聞いてきた。

「だって、昨日は親子でやる授業でしょ?おじさんは参加できないし」

「おじさんなら大丈夫だったのに。パパもママも仕事で来なかったから、おじさんに来て欲しかったな」

 一年生なのに、こんなことを普通にサラッと言える子なんです。


 二年生のときには、こっそり私の所へ来て小声で「誰にも言わないで欲しいんだけど………」

「ママに赤ちゃんが出来たかもしれないんだって。ママがまだ誰にも言っちゃダメだって言ってたから、秘密ね」

 その数週間後には、「妹だって言ってた♪」

「もう話してもいいの?」

「うん、いいって。それでさ、一緒に名前を考えて欲しいんだけど」

「えっ、それはカンナちゃんのお父さんやお母さんが考えるんじゃない?」

「そうだけど、カンナの考えた名前も言っておきたいの。おじさんと一緒に考えたことは内緒にするから。いいでしょ?」


 三年生の今年、学芸会で主役をやるという。これも招待されたので楽しみにして見に行った。クライマックスのシーンでは、ひとり舞台に残りスポットが当たって長台詞ながぜりふ。その後に独唱、と見事に演じていた。バレエで舞台慣れしているのか、堂々としていたし、これは大きくなったらモテるんだろうなぁと感じた。

 休み明けに学芸会の出来をほめると、

「最後は緊張して、うまくできたか心配だったの。おじさんにそう言ってもらえて、よかった」

 相変わらず気の利いた返事だなぁと感心して……待てよ。


 これって、同性から“あざとい女”と言われてしまうタイプなのでは。

 おじさん、そんなことないと信じているよ、うん。

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