第1話 りん

 きっかけは、知り合いのおじさんからの依頼だった。

水城みずきくん、今は探偵やってるんだろ?人助けをお願いしたいんだけどな」

 探偵と言っても何でも屋みたいなものだし、そもそも頼まれると断れない性格。このおじさんも、それを知ってて頼んできたふしがあるけれど。


 こうして始めた仕事が小学生たちの護衛、ではなく登校時の付き添い、見守り隊ってやつだ。ここでも高齢化の影響が避けられず、人手が足りないとのことでバリバリのである私に白羽の矢が立ったらしい。なんせ五十代と言えば、町会などの地域自治組織では下っ端の若手扱いなのだから仕方ない。

 まぁ事務所に通うついでだし、子供好きだから喜んで引き受けた(もちろん無償で)のだが………これが想像以上に楽しい。

 地域ごとの集団登校なので、集合場所に行ってから学校へ着くまでが私の仕事になる。十分程の間に色々な話をしているだけで、子供たちから元気をもらえ笑顔になれる。やはり子供は社会の宝だ!と、独り身の私が言っても説得力がないけれど。

 そして、なぜか女の子たちにモテるのだ。

 正確には、女の子の方がかまってくれるという感じ。男の子は友達同士でゲームやら何やら話しているのが多いけれど、女の子は何か聞いてもらいたいオーラを発しながら話しかけてくれるので、こちらもちゃんと聞くよという姿勢で臨む。どうやら、それが女子ウケのよさにつながったらしい。


 今は三十人ほどのグループで登校していて、その内の六人と仲が良い。中でも特に仲が良い(と勝手に思っている)のは、りんちゃんだ。

 りんちゃんは小学校三年生。小柄だが運動が得意で、スイミングスクールでは特待生クラスで頑張っている。しっかり者で勝気な面があるけれど、弟思いのお姉さん。そんなりんちゃんが、私に初めて実感させてくれた言葉、それがツンデレだ。

 とにかく、冷たくあしらわれてる。他のみんなは「おじさん」と呼んでくれるけれど、りんちゃんだけは上から目線で、「おじいっ!」

「おじぃ、来るのが遅いよ。何やってんの?」

「このくらいで寒いのぉ?おじぃは。全然寒くないじゃん」

毎朝、こんな調子でダメ出しから始まる。

「はい、おじぃ。これ持って」と差し出される書道バッグを、

「はーい」と受け取って自転車かごに入れる私。

 お母さんが見たら驚くぞ、りんちゃん。


 りんちゃんは、ちょっかいを出してくるのも一番多い。集合場所で待っている間にも腹パンしてきたり、自転車のカギを抜き取ったり、前かごについている防犯パトロールのプレートを外したりと、やりたい放題。

「止ーーめーーろよぉ」

 私が言っても、ニヤリとするだけでやめる気なんか、さらさらない。しょーがねーなぁと思うだけで、こちらが怒っていないのもバレバレだからな。

 そんなりんちゃんだけど、別の一面もある。

 学校までの道のりを自転車に跨りながら付き添うので、私はガードレールの外を通る。子供たちは、当然ガードレールの内側を歩くけれど、りんちゃんはガードレールの切れ目で外に出てきて、私の太腿に手を置きながら一緒に歩くことがある。

「危ないから、内側を歩きなよ」

「私は大丈夫だよ。おじぃだって外側を歩いてるじゃん」

「俺は自転車に乗ってるから、しょうがないでしょ。後ろから車も通るんだし、中に入りな」

「大丈夫だよ。危ないときは、おじぃが守ってくれるんでしょ?」

 ズキューン!

 おじさん、やられてしまいました。ええ、そうですとも、みんなのことを守るのがおじさんの役目だからね。


 去年まで、りんちゃんはスイミングの他にピアノも習っていた。プールからピアノ教室へ行くまでにウチの事務所前を通るので、ピアノがある日は事務所の前で見送るのが習慣になっていた。そんな時も、歩いているのが見えたら手を振っても素知らぬふり。通り過ぎる時に「ピアノ、頑張ってね」と声を掛けても、返事するわけでもなく手を挙げてクールに通り過ぎていく。

 ある日、仕事の都合で出掛けてしまい、見送りが出来なかった。

 その翌朝、ちょっとねた感じで

「昨日はいなかったじゃん」


 これって、ツンデレですよね!



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