目を閉じる

窓硝子を、激しい雨が叩いていた。見覚えがあるのに誰だか判らない女性の顔と、その奥で揺らめくキャンドルの火が窓に映っていて、すぐに、ああこれは夢なのだと合点した。女性は長い間、雨音に耳を傾けていた。キャンドルは細々と燃えて、しかし尽きることなく、時折消えそうなほど大きく揺らいだ。何千と雨粒の打音を聞いたあたりで、女性の唇が緩慢に、動きだす。語っているのか、歌っているのか、どうやら音は雨だけと決まっている夢らしく、彼女が生む音の正体は分からない。不規則に揺れだした頭や、物憂げに目蓋を伏せたり感じ入るように目を閉じたりする様子を見るにそれは歌のようであり、聴こえないのが惜しい。窓越しの歌は絶え間ない雨音のせいもあり、ずっと続くような気さえしたが、同じようにずっと燃え続けるのではないかと思われたキャンドルの火が呆気なく消えて、女性の顔も歌も見えなくなってしまった。暗闇には雨音だけが残る。ノイズのように鼓膜を犯す音で、自分の呼吸も聞こえなくなる。鼻先を微かに甘い芳香がくすぐり、やがて雨音さえも消えてゆく。

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