痛みを流す

飲み残しのカップに勢いよく注いだ水が、少しだけ泥のように色づいて溢れた。蛇口を強く捻っても水道そのものが古いせいで、ぴちょん、と滴のおまけがいくつか落ちてしまう。その未練のような水滴が落ちてカップの表面を揺らすごとに、反対に僕の心では一つ一つ波が掻き消えるようだった。徐々に間隔をあけて静まっていく水の落下音の狭間で、脳裏に映像が浮かんでは消える様は、ししおどしのようにも思えた。一滴聞いて、割れたCDケースは捨てようと思った。もう一滴鳴って、手首のひりつく痛みを忘れた。少し間が空いた後の一滴の音で、カップの持ち主が残した言葉を上書きした。追い出された薄茶色の水がカップの側面をつたって流れる。もう蛇口から落ちる水滴はないのに、次から次へとカップの水面に波紋は浮かんで、溢れる水が止まらなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る