天を鳴らす

街角のヴァイオリン弾きは哮る雷鳴の最中で、糸が切れたように手を止めた。彼の前に聴衆はおらず、通りすがりの人が不自然に途切れた音楽の出処を探して一瞥してゆく。それはおろか、まばらに混じる奇異の視線にすらも気づかずに、彼は何かを探して遠くの空へ目を凝らした。この日の空は山向こうまで、よく晴れ渡っている。たっぷり十分はそうして視線を彷徨わせ、時折何かを待つ素振りも見せたが、やがて首を振って十字路の一角へ戻った。そして日課のとおりに影が伸びきるまで嵐の音をかき鳴らし、帰宅する人並みに紛れて夕闇の中へ消えた。その夜彼が寝静まる頃に、空の彼方が唸りだす。石畳を打つ雨雫がまたたく間に大粒に変わり、空を裂く光が疾る。哮る雷鳴が近づいていた。

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