epi-C-lose
―― 日常の時間は 薄っぺらいが 長過ぎる
目を開くと天井がやや遠くにあった。焦点はゆっくりと合う。黒塗りの中薄く光る近代的な箱型の傘。その中の球が仄かに橙の光を灯しそこに生きている。
独特の辛味を持った香りについて、そういえばセドは〈ある世界のジャコウ〉だとか言っていたか――イトスは思い出しながら硬いソファから身を起こす。顔を左にやれば、定位置と言わんばかりにミドセが、机を挟んだ先に座って、分厚い本を黙々と読んでいた。こちらの視線に気づいているかは解らないが、お構いなしにイトスは口を開いた。
「なあ、〈光宝〉って本当に願い叶えてくれるシロモノだったのかね」
「は?」
特に視線はこちらに向かないが、耳は傾けていたようで、ミドセの頁をめくる指の動きが止まった。
「いや、もし叶えてくれるっつーんなら、やっぱり堕落的な生活が毎日続くことを望んだんだけどなって」
「そろそろ現実に戻ってきたら?」
一拍置いたミドセは呆れたように息を吐く。あれから数日。こうやって都度たまに〈あの世界の話〉をするが、やはりアシュロに言っていた、〈あの時の話〉は本当なのかもしれないと思うのである。
「あー……ま、なんでもねぇよ」
「戻ってきたなら君に頼んでた仕事有ったはずだ。さっさと片付けてくれないかな? 確か三日前にも言ったんだけど」
「めんどくせぇな。急ぎじゃねぇんだろ? わかってるよんなこと」
イトスは大きく息を吐いた。
――イレイサ、少数精鋭の依頼実行組織。設立からおよそ半年余り経った。仕事の量は控えめ、日数を多くとる代わりに質が問われる。完璧主義に近い主導者が決めた方針だから仕方ないといえばそうなのだが。
イトスは今、とある者の情報を得てくるように頼まれていたのであった。〈情報組織〉という便利な組織に頼めばよさそうなものなのに、こともあろうかその組織員からの依頼だったのだ。
「っつーてもなぁ」
イトスは大きく息を吐く。長身で褐色、銀の髪。ダンスを特技としている男性――つまり人探しの依頼。写真もあるのだが明らかに無謀なことなのだ。それをミドセに説明したところでいささか信じる気配もなく、こうして堂々巡りというわけだ。
もう一度どうにか言ってやるか、と口を開きかけたその時、ミドセが傍らで音を転がし始めた電話の受話器を手に取った。
「また君かい? 今日は何? 手短に済ませて」
声色は、いつも以上に不機嫌そうだ。彼女の元に電話なんぞしてくる存在など一人しか居ないらしいのだが、次第に声が鬱陶しそうになってくるあたり相当の相手なのだろう。
それでも受話器はゆっくりと置いて一息。
「どした?」
イトスは純粋な興味から尋ねると、やはり不服そうな表情で、それでも声色にはそれを乗せずに言葉にし始める。
「まず君にきてた仕事は取り消し。よかったじゃない……徒労に終わることなく、代わりに新しい依頼がきたんだよ、内容は――」
イトスは口頭で始まった説明に気だるさを感じながら、生半可にそれを聞き始めた。
こうして〈日常が繰り返されていく〉
天の底から -Reverse Run- おしそ @soracdo
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