33
様々な推測と策、状況を一度に飲み込むことになった思考回路は、あまりにもイトスにとって窮屈で、且つ頭痛を催す程の状態である。同時に一つひとつを解する事に悦楽でも感じているであろうミドセという、彼からすればとんでもない〈変人〉から少しでも離れられる安心感を覚えていた。だが一つだけ引っかかることがあった。しかしそれが何かはすぐに理解できなかった。
「お姉さん、お話は聞いてました。〈呪いを始末する〉、とはどういうことですか?」
思考の傍ら視線を向けると、気が逸れていたか、或いは気配もなく現れていたクトロカが、開いた扉口の前で緑の長い髪を重力に引かれながら首を傾げていた。瞳孔が細長く、蛇のようになった鳥の目がいつもに増して丸くなっている。
「吸血鬼は生きているって前も言われましたが、あの、倒してくれたんじゃ」
「その呼び方、少しは慎んでくれないかな。それから僕はこれといって端っからここの〈吸血鬼〉関係には一切関与していない。さっきは魔力が若干歪んでいたから違った解釈をしたけれども、もちろん助けてもいない」
「でもよ、この世界の吸血鬼絡み。すごく詳しいよな。挙句の果てに始末しにくる予定だった。とまで言った」
嗚呼、思い出した――イトスは苛立ちで腕を組み直しているミドセに潜めた眉の下に備わる目を向けた。クトロカに向けていたミドセの目は、表情を変えないままイトスへと引き継がれる。
「動く前に、わかりやすくお前が前回この世界に来た時のことをいい加減教えてくれねぇ?」
「何、その言い方」
「イライラするんだ。お前のこた別に信頼してないわけじゃねぇ、ただあまりに独断すぎるし、識りすぎてるのか逆に識らないのか、中途半端すぎてわからねぇんだよ」
「それはつまり、君が僕の説明を理解するに足りない頭をしている、と」
表情をゆっくりと失い、そのままイトスを見据えたミドセが、そのまま体勢を停止すると、続いて肩をすくめて呆れたように微笑を浮かべる。目の奥は明らかに感情を浮かべてはいないが、どちらかと言えば苛立ちが余韻のように残っていた。
「わかりやすく、ね。ある程度なら了解。セド……まだ時間はあるかい?」
「大丈夫、と思う」
「君のご友人様の方が大概中途半端だと思うけどね」
ミドセの相変わらずの小馬鹿にした口ぶりは、セドを見た直後に目を一旦閉じ、得意げな表情へと切り替わっては更に進展した。
「僕は〈僕〉であり、昔僕らの世界からやってきた奴を〈悪魔〉、そしてこの世界に残存する吸血鬼を〈吸血鬼〉と仮定するね。まず前提としてその〈悪魔〉は吸血鬼種である。時系列をできるだけ簡潔に話すと、〈悪魔〉が人間と契約して〈吸血鬼〉へと変貌させた。〈吸血鬼〉は願いを叶えたことによって、僕ら悪魔の契約に則り消滅した。 〈悪魔〉は〈吸血鬼〉の願いを面白半分に継続させようと〈置き土産〉をこの森に残して天界に帰還。噂を聞いた〈僕〉は種族的な矜持の為に、不躾と判断して始末するために一度聞き込みに来ていた。 聞く限り〈置き土産〉は若干吸血鬼と似たような特徴を外見に持っているらしい、吸血鬼ではないらしいんだけどね」
淡々とした説明口調はそれでも彼女にしては小走りに紡がれ、合間に突如クトロカへと揃えた指を向ける。
「したがってクトロカと〈僕〉は今回初対面である」
「えっ、でもお姉さんと似た人が、後同じところにヒビがあって……」
「僕らの世界では――いや、この世界でもか、吸血鬼の体質は基本的にほとんど変わらないよ。付近の町は〈聖水〉の原産地としても有名らしいけど、たまたま〈悪魔〉が君達の森に訪れたときに被ったかでもしたんじゃないの? だから肌がひび割れた、と」
「髪の毛の色もあと目もそっくりで」
「あいにく家系というものがあってね。似たような髪の色とか、目の色が同じ種に存在するのはおかしくないんだ。恐らく目の形だったり緑系の髪の色の話をしているんだけど、割といるんだ、僕らの世界には」
力んで自分の過去の見解とすり合わせようと試みるクトロカ。対してミドセはさらりと言葉でかわしていく。
「ミッチー、お前、それ本当に言ってるのか?」
どこか奇妙に感じたイトスは不信を露わにする。ミドセは案の定目を細めて睨むが、それに黙っていたアシュロが割って入る様に自らを押し出してきた。
「これは本当よ!」
「アシュロ?」
ミドセにとってそれは予想外だったのだろう。少し声が動揺を含んでいるようにイトスには聞こえる。
「ミッチーがこの調子で喋ってる時は間違いない。私が証明する」
「この調子ってなオイ」
「そこに偽りとかがあるのなら、〈絶対に余裕がない〉のよ! 言葉がぽんぽん」
「あまり易々と言わないでくれないかな、アシュロ」
真剣そのもので力説するアシュロの弁護にミドセの言葉がかぶさる。それはいつもの一拍予め置いてあるような口ぶりではない、たしかに基本的には割って入ってこないのだ。まさに実演というべきか。
「ほらね、図星のときもこれだから」
アシュロは笑みを浮かべると、ごめんねとミドセに目を向けたあと、イトスへ振り返っては流し目を送った。イトスの視界からゆるやかに逸れた後、死角となって見えなかったミドセは呆れたように深い息を零す。
「とにかく」
「この鳥とお前は初対面。マジで人違いをされていた」
「そうなるよ、まったく調子が狂うな……他には?」
そうは言いながらも口調の刻みを直したミドセが小首を傾げた。
「他にはって、終わりか?」
「終わりだよ。『わかりやすく前回この世界に来た時の説明を』、そう聞いたのは君じゃないか」
「んじゃ俺からきいていい?」
乱入する音、イトスが声の主に目を向けると、リィノがふらふらと歩きながら、ミドセの前まで近づいている。そういえば彼もまた、謎やら推理やらに関心を示す類である。そのリィノが指二本を立たせて数を組み立てると言葉を端的に述べた。
「ふたつ」
「出し抜く内容じゃなければ」
「ひとつは〈聞き込みにきた〉ってお話。前回解決はできなかったの?」
「時期が時期じゃなかったから出来なかったよ」
「んー、じゃああといっこ」
答えに対して、リィノはどことなく不満そうではあるが、そのまま質問を繰り出す。これにはイトスもなんとなく解っていた。恐らく、めんどくさいのだ。すこしだけ言葉を選んだか関心が薄くなったかまでは定かではないが、リィノは自分の調子で欠伸をした後、言葉を合わせるようにして吐き出した。
「なんで聖水ぶっかけられたの? 酔っぱらいの反感じゃあ無いよね……多分」
「それは、皮肉屋な君が揚げ足を取る予定で?」
空気がどことなく静まる。リィノがそうしたか、ミドセがそうしたかイトスには全くもってして解らない。沈黙は数泊。やがてリィノは手を踊らせ後ろ手に組み直しながら首を振る。
「これは俺のちょっかんだけど、たぶん、ミッチーが今それを含めて整理したら、これからすべき結果が出てくるんじゃないかって思って、なんとなく」
「結果、ね」
ぽつりと反覆したミドセが目を伏せながら腕を組んだ後、言葉を続けた。
「理由について、結論からいえば、街の民衆の一部は〈吸血鬼に反応して攻撃する〉みたいなんだよね」
「反応?」
何も言わず、確実に状況の把握に集中していたセドが、思わず声を上げるのがイトスの耳に入った。強めではない語気は、疑問のようにも反復のようにもなっては浮かぶ。対しては「そう」とミドセが一瞬だけセドを横目に頷いた。
「元々、〈吸血鬼〉に変貌させたのは〈悪魔〉だ。当然出自も魔力の構成要素も僕らの世界のものだから、同じ匂いを感じるのじゃないかな。『数百年前、山頂の王が豊作目当てに悪魔と契約。見返りにこの森が災厄に晒されることになった』――ここまではイトスには話したよね」
ミドセがイトスに視線を向け直しながら確認をしてくる。イトスは「確か」というと予想内であったような表情で大きく息を落とした。
「まあ、これは簡潔にしたあまり、少し僕が言葉を省きすぎた。実際は〈豊作〉と〈領地〉両方の繁栄のために契約したんだ。領地の範囲はこの森、それから通過した時にきた街。……長期間を望んでいたために、まず〈吸血鬼〉へと同族作りのために変貌させる。たしかに豊作にはなったけれども、恐らく〈悪魔〉が〈傲慢〉か〈強欲〉属性だったんだろうね。それで後者の領地繁栄の際に〈支配〉という形で所謂配下のようにしていたんだろう、勿論抗うのも人間の行動選択の一つだから全員従事したとは考えられないし、今は意識も薄れているだろうけど――と」
「あ?」
いつ終わるかわからないような言葉が、前触れもなく緩やかに切られたことでイトスは意外さに思わず声を出す。確かに解らないことはあるのだろう。だがどこか含みがあるようにも感じたのだ。
「後者においては推論にすぎないんだ。前者は史実が残っているから確証性はあるんだけれども――とにかく、通過した街に関しては、配下意識が潜在的に残っていたんじゃないかな、一度調べに回っていたからある種の敵だしね。実際、水を掛けられた後、その主は無自覚だったのか謝ってきたんだ。だから吸血鬼の気配に反応して攻撃する、或いは――」
ふと、ミドセがどこにも視線を向けず……正確にはどこか壁を見ているように逸らされる。
「〈置き土産〉が、一時的に魔力を利用でもして操ったか」
目を細めながら言うミドセを見て、勘ではあるが、彼女の目標対象はもう見えているのだろうとイトスは感じていた。無論そこについてイトスが詮索する気はない。
そもそもこれはリィノの質問領域であったのだ、納得したのだろうか、そろそろ腰を上げたいと感じていたイトスは視線をリィノへと移す。どうやら納得をしている――ようである。
「ふーん、じゃ、そこまで調べたならきっとだいじょーぶだね」
「聞いてきた割にあまり関心はなかったのかい」
「ボロでるかなって思ってたもん。〈置き土産〉とかいうのがなにかわかんないけど」
不敵に笑みを浮かべたリィノだが、思わしくなかった返答だったようで、その仕草はどこか残念そうであった。それを適当にそれを流したらしいミドセはイトスへと改めて向けてくる。
「この通り、経緯含めて話はしたさ。もう動いて大丈夫かい?」
「なんで俺に聞くんだよ」
「君が一番不服そうに聞いていたからだよ。そこの腰抜けさんに至っては怯えていたしね。民たちも黙り込んでいるし。さ、長話して僕も満足したし、はじめようか」
イトスに聞いた割には答えも聞かず、ミドセはまるで切り替えをするよう指を鳴らし。途端に室内に違和感が生じる程の渦が生じる。セドが驚いて広げていたカードを束ねつつ、呆然としていたオルタの肩をゆらし慌てて立ち上がる。
「ちょ、鏡で移動するんじゃないのかよ!」
「僕は始末をする準備をするだけ、君達は言ったとおりに行動すればいいよ」
ムッとした表情でセドが言葉を失いながらも、渦をよけ、イトスに近づいてくる。合流には部屋の狭さもあってそう時間はかからなかった。続いて扉の外――居間へと向かおうとしたが、入り口にいるクトロカが不安そうにこちらをみてくる。胸にしっかりとむすんだ手を当てながら
「あの、一緒に行きましょうか? 手伝えることがあれば」
「お前も来んの?」
イトスが思わず立ち止まり、不快そうにクトロカに目を向けた。一瞬怯えたようにもうかがえたが
「きみたちはちょっと〈おねえさん〉手伝ってあげて。留守にしてたらなにしでかすかわかんないでしょあの人」
リィノが軽くあしらうように言うことですぐに頷いては退いてくれる。聞こえないように彼は言ったつもりだったろうが、ミドセの吐く息が入ったあたり耳には届いたのだろう。
「そうだね、ちょっと君は手伝ってくれないかい?」
イトスが、後ろめたそうなオルタの背を見送り、最後尾で遭ったため扉を閉めようとしたとき、ミドセのその声が聞こえた。やけに素直なクトロカに対して、例に見ないほどほど刺々しくない口ぶりである。そう印象をつけられながら彼も部屋を後にした。
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