14
吹き抜ける風が木の葉同士を擦らし揺らす。小枝の小気味良い音、相変わらずどこかで囀る鳴き声、一度言語的な声が空間から廃れてから、人の影が踊るように現れるまでに時間はかからなかった。背が高い木立ちの頑丈な枝を至って自然に渡り歩きつつ、残された悪魔たちに手を振ったのは見慣れた姿見――アシュロだった。
「ごめんごめん、おまたせー!」
腕同士をゆるやかにつなぐ飾り布が、風を巻き込みながら束ねた髪と共にひらひらと舞い、その蝶のような姿はバランスを取っては笑顔と景気のいい声を響かせながらゆるやかに地面へと着地した。腕を組みながらミドセはその様に眉を潜める。
「休憩しててって言ったのに、思った通り奔放に行動していたね」
「だってこんな珍しい場所よ、私が動かないわけないでしょ?」
特に怖じることもなくしれっとした佇まいでアシュロはくるりとまわりながらそれに応える、更に深い明確なミドセの溜息をイトスは耳にした。
「まあ、迷い者にならなかっただけましか……ところで跳躍力は変化なかったみたいだね」
「全然大丈夫だったわ、いつもどおり動けるのは中々いい感じ」
「そう。それで何処に行ってたの?」
「あのね、さっき森の中で木こりっぽいおじさまに出会ったの、ちょっといろいろお話してくれたんだけど、えっとたしか、向こう側の森への入り方……? を教えてもらったの」
アシュロがそう言いつつ、先程ミドセが示した森の方角に人差し指をかざした。
「霧が出てるあの森かぁ……それでそれで?」
リィノはその方を再度見た後、目に光を灯しながら割って入るように続きを促す。勝ち誇ったように腕を腰に当てるとアシュロは口を開いた。
「なんかね、特定の場所から入らないと中に入れないらしいの。入っても入っても入り口に戻されちゃうんだって、すごいよね」
「面白そう」
「めんどくせぇところだな」
黙っていたイトスが対称的な好奇心を秘めたリィノと言葉を重ねる。アシュロはそんな二人の顔を見てくすくすと笑いながら、ミドセに顔を向けた。相も変わらずミドセは特に好奇の目も向けずに淡々と言葉を紡ぐ。
「それで、特定の場所は?」
「んーっと……」
「まさかそこまでしか聞いていない、なんてことはないよね?」
「えへへ」
「ったく、そんなとこだろうと思ったよ」
ミドセは舌打ちをするように身を翻すとそのまま町の方角へと足を進めた。その様子に反射的にイトスは声をかけた。いつもどおりミドセは振り向かないし、加えて足も止めない。
「おい」
「さっさと行こ、ここで話し込んでいても何も解決しないよ。なんだかんだで僕も手短に話を聞いてきただけだし、もう少し情報を集めよう」
アシュロはそんなミドセを追いかけるように早足で歩き横に並ぶ。イトスは嘆息を漏らした。
「イトス、ほら行こー」
「なんでお前は手のひらを返したみたいに調子いいんだよ」
リィノに利き腕である左手を引かれながらイトスは頭を掻く。リィノは少し立ち止まって考えるような仕草を顎に指を当てるように見せた後視線を向け直して言った。
「超常現象って聞くと、どうも目が冴えちゃうんだ。だって何が起きてるか、何が原因なのか、気になってくるじゃん、百聞は一見にしかずっていうけどこういうのは直接見たいよやっぱ」
「ああ、そうか」
一拍、その後イトスは価値観が合わないな、と確証付ける言葉に呆れながら、先を行く二人に追いつくように足を進める。自分がなのかこの森なのか、よくわからないが、イトスにとってはその空気がやけに重たく感じた。それが余計に歩く事に弊害を与えられている気がして。紛らわすように彼は口を開く。相変わらずリィノに手は引かれたままだ。
「生命の気配がさ、あちらこちらからある気がすんだ」
「あるねぇ」
「鳥とか、虫っつーの? ああいうのじゃねぇ感じがする。もっとこう、俺達と近い奴っていうか……まるで」
「イトス、俺がこうやって手を繋いでるのってなんでだと思う?」
「しらねぇよ」
あまりに突拍子もない返答に、イトスは怪訝そうに、こちら側を見ないリィノを睨みつける。少し嬉々とした素振りを若干の笑みに浮かべながら、それは声色にも同じように含めてリィノは再度言葉を続けた。
「この森も大変だなって言ったじゃん。俺は別に直接話したわけじゃないんだけどさ、霊魂がふよふよーって浮いてるんだよ。害を成すと限らないけど、それこそ迷った時大変そうだから」
「ああ……なんかいるんだな」
「うん」
「あいつらに言わなくていいのかよ?」
「んーあの二人は、なんか大丈夫な気がする。なにより霊魂が近づこうともしてないし」
遠くを眺めるように前方を見つめながらリィノはそう口にするが、直後嘲笑うような目つきで
イトスに視線を移動する。
「というか雰囲気的にあの二人さ、いるだけで成仏させそうじゃん」
「違いねぇな」
イトスはその推論に即座に返答を返した。
―――
「なあ」
「何だいイトス」
「本当に町……なのか?」
「町だよ、住人がそういうならそう呼ぶしかない」
歩いて半刻にも満たない頃、森から抜け驚く程に軽くなった身体の関節を鳴らしながら、イトスは眼前に広がった緑と土、更にその奥に森……そこに点在する、丸太造りの集落のような生活感ある世界に勘ぐるような表情を受かべた。呆気にとられた空気が新鮮な空間に交じる中、ミドセは揶揄するような表情で共に歩いてきた面々を見やると、半ば水先案内人と化した口振りで補足する。
「村という価値があるかすら考えさせられるような場所だけど、宿と合併した酒場はあるという妙な取り合わせだよ。話によれば霧が出る前までは果敢という言葉が相応しい冒険者が頻繁に出入りしていたとか」
イトスが眺めてみればなるほど、ひときわ目立つ建物が、森と土の間の位置に存在していた。距離的には遠くも感じ、見えるとはいうものの、ここからその場所までまた歩くとなれば、もうしばし歩かねばならないだろう。イトスのそれに対する苦痛さを代弁するかのごとく、今まで実に嬉々としていたリィノが座り込む。
「もうやだー、歩きたくない」
「お前超常現象がさっきどうって」
「それとこれとは別。ねーミッチー宿があるんでしょ。これから休むんだよね?」
「そんな資金も持ち合わせていないのに、どうやって?」
駄々をこねるリィノに冷たく現実を見せながら、ミドセが彼を見下ろす。イトスは資金と耳にすると、恐らくの無一文で何ができるのか、と途方も無いこの先のことを見据え、軽く思考しては気だるさを覚える、そんなミドセの目の前にどこからともなく麻袋を提げたのはアシュロだった。ミドセは不審そうに若干首を傾げる。なんともつまらないといった表情だ。
「それ何、さっき木こりとやらに貰ったの?」
「そうなの! もらったんだけどすっかり忘れてて、これって使えないのかな?」
ミドセは閉口しつつもその布口の紐を解く。この中でも丈の低いミドセの動作と、中身の様子はイトスやリィノからも見て取れた。金属質の薄く四角い板状の物質が、大量に……というほどでもないが見た目にも若干の重みを感じる程の枚数が入っていた。鑑定するような目つきでそれを一枚手に取り、その柄を指で弄ぶように見ながら、ミドセは結果を口にする。
「共通硬貨だね。枚数があるから浮かれてもらっては困るけど、そこの宿に問い合わせて足りるか否か……くらいじゃない?」
やはり不服そうにそう返すと、元に戻しては紐を締める。
「ところでどうやって貰ったの?」
「それは秘密!」
「そう……まあ粗方察しはつくよ。さて、こういうのは誰か持ってて、って言いたいところだけどこの面子だと心許ないんだよね」
「それこそアイツ……セドにってか?」
イトスはここにいない仲間を指しながら確認する。ミドセは長い上着、その布裏に袋をしまいながらも答えに間を持たせない。
「いや、彼もあまり信用出来ないけどな」
それはあまりにも冷酷に、あたかも用意されたような事務的な調子でミドセの口から出てきた。
「いずれにせよ、これがあの宿で利用できるか、足りるかという点はまったくもって保証しないし、そもそも泊まる気は全く無かった。余裕はあるといっても無駄という意味で悠長に時間を潰すにはあまりに危険すぎる」
「あれよね、最悪キャンプでいいっていう思考だったんでしょ!」
「君はさっきも改めて説明したのに本当に……」
愕然としたのか、アシュロの爛漫とした表情を見て、ミドセは口を閉ざす。始終それを眺めていたリィノは軽く欠伸をする。
「まあ俺はイトスにでも背負ってもらうからいいよ、とっとと情報あつめてこよー」
「は? 勘弁してくれ面倒だから」
「だってこの二人だと寝づらいんだもん」
頬をふくらませながらリィノはイトスに手を差し出す。イトスはそれを苛立ちを含んだ腕で払った。
「超常現象見んだろ。そんなにっていうなら宿せびれ宿」
「ちぇ……」
「まあまあ、この様子だと気が変わったらミッチーも首を縦に振ってくれるわよ。とりあえずいきましょ」
アシュロが先導するように町へと身体を進める。陽はいつしか傾いて、そんなアシュロの髪を淡く染めたような黄昏色に変わろうとしていた。渋々とつられて足を運ぶ怠惰悪魔の二人の背を淡々と眺めながら、ミドセは独白を口にした。
「検討する、とすら口にしてないんだけどな……そもそも君たちに交渉できるのか」
癖ともなった深い息を吐き。距離を開けすぎないようにミドセは続いた。
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