13
今までの状況から、現在の空間を置き換えて表現するのであれば、数々のビル群が全て自然物、緑になり代わった状態だ。先ほど見た空間までとは打って変わって空は澄んで青く、崩れたものが散乱し不安定だった足場は、緑ないし砂色となっていた。今まで居た場所とは明らかに違う、何かの鳴き声が響く。翼の音、風に揺られてさえずる葉の音、加えてどことなく肌寒い。
「こんなトコにあいつらもいるのか」
まるで眠りから覚醒したような怠さを身に感じつつ、イトスは視線の角度を変え様子を見ながら上体を起こした。人が居ると気づいたのはようやくその時で、胴体をずらした瞬間のしかかって来た重みが不意打ちのようにイトスを襲う。
「おい、リィノ」
イトスはそんな主の身体を揺らしながら声をかける、ついでといわんばかりに他の、共に来たはずの二人を探すが自分の視界からは少なからず見当たらない。
「おい起きろって」
「んー?」
イトスが再度声をかけるとようやく言葉が返ってきた。閉じていた瞼から青みのある紫の瞳が垣間見え、しばらく目線を泳がせながら、やがてイトスを捉えてくる。
「あ、おはよ」
「おはよじゃねぇって、お前さっきも寝てたろ……なぁ、あいつら知らないか?」
自分とは違う調子のリィノに若干の苛立ちをどことなく感じながらイトスが言うと、リィノは一度瞬きをしたあと、覚醒したかのように目を明確に開く。少し首をかしげながら今度は空を見上げ、やがて口を開いた。
「町がどの方向にあるか、をとりあえず見に行くって言ってた。時間かかるかもだからイトスと休憩しといて。ってミッチーが」
「ああ、なるほど」
「アシュロはそれきいた後この木の上登ってから跳ねて、偵察とか言いながらどっかいっちゃったよ」
「それは問題じゃねぇか?」
「わかんない」
そう耳にしたイトスは大きく息を吐き、もう一度座り直した。ぼんやりと景色を眺める。
暇つぶしがてらよく細部をみていくと、ここはどうやら木の群れと平原の境界線のようで、少し歩けば平地の緑が、木の緑とはまた違った色をして群がっていた。先ほど見た時は同じようにみえていたというのに、どうやら視界がはっきりしてきたようだ。どこまでこの緑が続いているのかはここからはあまりわからない。
とりあえず無事に到着した、ということがわかりイトスは安堵する。しかし言葉が途切れた瞬間、聞き慣れない音がやけに煩わしく感じ始めた。
「ねえイトス」
「あ? なんだよ」
同じような感覚なのか、リィノがそれほど長く間をもたせず欠伸をし、そのあと口を開いた。
「こういう所って、イトスは来たことあるの?」
「さあ、どうだったか。外の世界に出たことがあるっつーのは覚えてるけど、基本的には覚えてねぇな」
「へえ」
「リィノは?」
「えっと、俺はこう、転生して人間の世界から悪魔になったから、それまでの話になるんだけど、こんなふうに木とか、森はいっぱいあったかな。でもここまで平地って感じではなかったなぁ、ゲームの画面とかで見たくらい」
「だよな、俺もそういうのでしかみたことねぇや」
「実在するんだねぇ」
リィノはそう言いながら天に向かって腕をあげて伸びをし、肩をゆらしながら辺りを見回す、一度動きが止まり、それに気づいたイトスがリィノに視線を向けた
「どうした?」
「いや……この森も大変だなぁって。あ、ミッチーだ」
リィノが独り言のようにそう言葉を押し出すと、ゆっくりと腰を上げた。足音。先程までは全く聴こえなかったが、ある程度の範囲まできたのか、砂を踏むような音としてそれは現れる。彼の言葉を信頼するならば、ミドセが帰ってきたのだろうが、特に目視で確認はしない。そんなことしなくとも、ミドセの特徴的な声が聞こえてくることで伝わってくる。
リィノは天界にいた時よりは軽やかな足取りで、ミドセの前に立つと指先と目線を頂点の角度に向けてミドセを相手に口を開いた。
「ねえ、アシュロがどこかいっちゃったんだけど」
「ああ大丈夫、場所は伝えてるし、道に迷うほど馬鹿じゃないはず。それより町なんだけど大して遠くない距離にある。数ある中でもここは小規模な森だしね」
「それにしては結構時間かかったみたいだけど」
淡々と説明するミドセに視線を戻し一度首を傾げると、リィノは退屈そうに地面をつま先で蹴る。
「町がね、少しだけ妙な噂でもちきりだったから情報を集めてきた」
「その格好でよく聞き回れたねぇ、そういう世界なの?」
「そういうことになるかな。少なくともそこで寝たふりをしているイトスよりは遥かに馴染んでいるよ」
イトスはそれを耳にするとようやく睨みつけるように振り返り、幹から顔を出し目線だけで睨みつけた。
「あれか? 剣と魔法の世界とかいうやつ、ゲームとかでよくある」
「は?」
イトスが割り込んだその言葉に対して、ミドセは一度硬直したあと、目線を向けて若干睨み返すような表情を作る。
「君がいう世界の分類はまったくわからないんだけれど、少なくとも魔法文明ではあるかな」
「それでミッチー、噂ってどんなのだったの?」
若干にらみ合いで淀んだ空気を遮るように、リィノが話題を戻す。殺意ではない空気ではあったが、どことなく気まずい感覚はそれで薄らぎ、ミドセは視線をそのままリィノへと戻した。少し考えるように、一度呼吸を置いてから、ミドセは言葉を紡いだ。
「前提としてこの世界、チェゼリートは、前に言ったように森が大半を占める世界だ。それぞれの森に特色があって、大なり小なり規模も様々なんだけど、その中で町からみてここと正反対の方向に別の森があるんだ」
「結構大きい感じ?」
両手を広げて大きさを表すようにしながらリィノは話を促す。ミドセは頷いた。
「そう、ここよりはね。で、その森は長らく異常がなかったらしいんだけど、ある時から急に霧が立ち籠めて、視界が不明瞭になったそうなんだ。温度も森の境界線を境目に急激に下がっているらしい」
「うわあ……」
「リィノ、君は本当にこういう怪奇現象が好きだね。連れてきて正解だったよ」
リィノの声色と、ぼんやりと垂れた目に光が灯ったのをミドセは見逃さなかった。リィノは鈍い表情の変化の中でもより恍惚そうな表情になるとイトスの方に駆け寄りイトスの肩を持ち揺らす
「だってイトス、面白そうな森だよ、いこいこ」
「っとまて、今回の目的はあくまでクノンたちをどうにかして、セドもどうにかすることだろ? そこにそいつらが居なかったら俺たちにも関係ねぇし、なにより面倒くせぇ場所っぽいから行きたくは」
「それがねイトス」
ミドセは嫌がるイトスに近づき、嘲笑うような表情を見せた。
「町の人が、彼らが森に入る所をみたそうなんだよ」
「まじかよ」
イトスは一層嫌そうな表情をミドセに向ける。
「と、なると行くしか選択肢はないんだよね。だから状態や事情を聞くのに時間がかかった。……少し疑いをかけられたから手こずったけどね」
「やっぱりその格好だったら問題あったじゃんか」
リィノは一瞬だけ白々しい目線をミドセに向けて不満そうに肩を落とす。ミドセはそれに対しては人事のように言葉を放った。
「いや、君達は問題ないと思うよ。僕が疑いを掛けられたのはそれこそイトスが言う今回の件に全く関係がないことだ」
「ああ……なんか解る気がする、ゲームとかだと大体そういう展開だ」
「イトス、そろそろ現実を見たほうがいい。紛れも無くここはそういう場所じゃない」
それ以上に他人事で応じるイトスに、ミドセは大きくため息をついた。
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