6

 その行動は只でさえ崩壊に染まった空間を、一層散々なものにしていた。

 転移装置がある空間――ある箇所を主軸とした一定範囲――は元々特殊な空気だ。それに互角といわんばかりの空気がぶつかりあう……結果はその残骸のように、無害な壁や建造物が犠牲となっている。

 イトスが眼中に収めたときには既に佳境は過ぎ去った後のようだが、少なくとも道中よりは静かな雰囲気であった。


 この場所には見慣れた人員が揃っていた。まずは呼びつけた少年、セド。事件の起因になった少年。〈その〉元凶の少年と、もう一人男がいる……無論、彼のこともよく知っている。


 雄渾な佇まいをした群青帽子の白髪青年が、膝をついた姿勢から構えを取る。イトスが様子を伺っている場所が場所なだけに死角を突き、誰もがこちらに気づいてはいないようだ。だから傍観する。

 総合的に云えることだが肉体的な消耗感が激しいらしく、こころなしか疲労の様子が見受けられた。

 ただ、一人を除いて……


「まだやるのぉ~? ボク疲れちゃったよぉ~」


 遠目から見ても一番疲労の表情が見えないのは、見た目にも脆くなった塀の上に腰掛けた少年、ルディルだった。間延びした高めの声はよくここまで届いていた。


「ボクは、先にいるクノンに用事があるんだよぉ~、退いてぇ~」

「あいにくこっちもお前に礼をしないといけねぇんだよ、それを浴びてからでも遅くないんじゃねぇか?」


 青年の口角が上がる。疲労してもなお、趣が削げないといわんばかりの声色で立ち上がり、先ほども味わった圧迫感のある空気が再び周囲を取り巻きはじめる。


”兄者を、どうか失せ物にはならぬようにだけはしてくれぬか?”


 イトスは要約したシエルの言葉を思い出しながら時期を伺っていた。

 ここにいる白髪の青年こそがシエルの〈兄〉であるからだ。

 そんな彼から今放たれる風圧は、威圧と例えるに相応しい貫禄がある。けれどもルディルは余裕なのだろう。何食わぬ顔で首をかしげた。


「争いはなにも生まれないよぉ~? それにこれ以上怪我したらぁ~、舞台に立てないよぉ~?」

「心配いらねぇよ、なんせここが今の俺のステージだ。……たっぷりいい声を聞かせてやるよ」


 風圧は更に重みを増し、イトスは反射的に目の前の曲がった標識を掴む。

 下手したら飛ばされる……そう直感が示し動いていたのは束の間のことだった。

 割れた硝子のような音が地面を揺らして響いてから、その源が突き上がってくる。

 割りと遠く距離を置いているにも関わらず、すぐにその〈冷気〉の肌寒さは伝わってきた。


「しぃんだよ」


 耳に聞き慣れた声が流れる。

 青年のすぐ近くで床に伏せていたセドだ。風圧が治まってまたその場所を見ると、青年の周囲に氷で出来た障壁が生成されていた。


「いい加減にしろよパッシュ! さっきから魔力が反発してキリがない。とっとと後輩の手伝いしてこいよ! コイツの相手は俺がするって何度も言ってるだろ?」

「お前さんは単に八つ当たりだろ? カタキとかいうやつと八つ当たりは違うんだ、お前さんこそクノンのダチだろ? 止めるって言ったのに結局協力するんだなァ」


 声は風を伝うように明瞭に聞こえ、程なくして氷が砕ける音に続いた。

 忙しいな。イトスはそう思いながらも呆れ顔でそれを眺める。

 聞けば聞くほど先ほどの端末から聞こえた内容と異なっていることに引っかかりをおぼえるが、少なくともここに至るまでになんらか一悶着あったのだろうということにした。

 緊迫感は伝わってくるのだが、不思議とイトスにはまだ部外者のように、あまり感情に沸き立つものがない。

 それでもシエルから頼まれたことを含めて動かなばならないという事実がある。

 問題はどう動くか、現状を把握しながら、客観的に様子をみていた。


――とはいってもルディルに傷を全くつけてないってわけじゃねぇのな。


 職業柄というべきか、視力が非凡であるイトスは目を凝らす。

 黒を赤に染めた……というべきか、若干だがルディルの服の黒が斑であることを認識した。

 服に傷があるかといえば、此処からは把握できないために解らないが、少なくとも得物の関係上、あそこまで傷を内部につけたのは、恐らく格闘型のセドだということが推測できた。

 返り血の可能性も考えたが、時折変化するルディルの動きを見る限り、単なる無傷といったわけではないだろう。


 目を見開きながら笑うルディルは、そのまま塀を軽く降りた。


「そろそろぉ~喧嘩するなら退いてほしいぃ~」


 そして塀に立てかけていた長い柄……鎌を両手に持つとそれを天へとかざす。


「クノンにぃ~このままドシャーンとしちゃう~」


 そういえば――イトスはクノンのいる場所へ目を向けた。

 〈ある箇所〉で彼は必死に何かを読み取っている。しかしやはり様子が気がかりであるらしく、時折気を散らしては彼ら三人のやりとりの方角に目を配っていた。

 これだけの惨状だ、無理はない。


「おっと、まだこっちの相手をしてくれよ、死神さんよ」


 視線を戻す。

 青年、パッシュは得物である長槍を軽率に振り回すと、ルディルをめがけて勢い良くその矛先を向けた。

 刃の周辺から集約された風の塊が流れに従って渦巻き、ルディルが避けた頬を掠める。


「じゃ、ねぇと……」


 風が音を上げて吹き上げ声を遮る。イトスには聞き取れなかったが、ようやく体を起こしたセドが肩を震わせたのを見る限り、相当の言葉を紡いだのだろう。

 それは果たして挑発だったのだろうか、一層にやりとルディルは笑みを強める。


「いいよぉ~、そう来なくちゃ……」


 壁を軽く蹴りあげたルディルが、反動で体当たりをする様に、起こされた風に抵抗。柄で距離を繕うと、軽く跳躍、刃に電流をまとわせながらパッシュの胴体に刃を目掛ける。

 イトスからはたまに表情が垣間見えるが、その様子は互いに何故か楽しそうで、そんな様子に違和感を覚えた。


「そろそろ、か」


 イトスは銃に気を注ぎ、突如動きを露わに長柄で応戦を始めた二人の間に先を向ける。

 頭の中で契機を割り出す。

 すると、いままで同じように静観していた――恐らく一番ルディルを〈潰したい〉と思っているセドが突然、はじめからわかっていたようにこちらを振り返った。

 セドは無表情だが殺気が目には篭っていた。しかしいざイトスと目を合わせると、いつものような笑みを向け、上を指差し、その指を銃のように形作ると軽く揺らした。


――上?


 セドは二人の方角に顔を向け直す。

 何やら再び冷気を纏わせ始めたようだ。

 青白い光が、視覚的にもはっきりとわかる。セドの上を見やる。特大の水球が、硝子の中に密封されているかの如く浮かんでいた。独特の模様が装飾されているあたり、間違いなくその下にいるセドが作ったものであることは理解できた。

 一定数の魔力と制御力、そして想像力、三つの条件が整えば誰にでも使える〈能力〉の発動をしている。

 ようやく察しがついた。


「要は爆発させろってか……」


 結果がどうなるかは分かった。

 そこまで解れば行動に躊躇もない、イトスはそのまま銃口を天へ向けると、勢いよく引き金を引く。氷の音が、その銃声を断ち切った。


 結局存在に気づかなかったらしいルディルとパッシュは、にらみ合いを続けていたものの、思ったよりもあっけなく、降り注ぎ始めた滝の口に飲み込まれていった。

 そうなった以上これから責めてくるだろう水の被害に危惧したが、それには予防策でも張っていたか、すぐさま氷の器が膜のように作られ、降ってきた滝を包み込むことで治まる。

 丁度真下にいるはずのセドがどうなったのか……イトスは若干気にかけながらも歩を進める。

 器沿いに進んで半周先、クノンのいる場所に近づいた。

 クノンはどうやら怯えているのか、腰を抜かせたまま装置の間に挟まっていた。

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