5
あまり変わり映えのしない世界を、彼は未だに歩いていた。今度の目的地までは時間がかかる。いっそ自宅からをカウントすれば、それはもう遠回りでもある。ゆったり行っても大丈夫という言葉を信じて、結局は流されることなく、イトスは道を進みながらまた記憶をたどっていた。
――そういえば、あの時、おかしくなかったか?
自問自答を普段使わない頭の中でしてみる。もちろん彼は耳を通してしかその現場の状態を知り得ていないのだが、緊迫していた理由は、おそらく途中でルディルをみた、それ以外にもあったのではないか?
「だいたいあの時すっげぇ遠くから耳障りな音してたんだよ……あー、やっぱめんどくせぇな……なぁ?」
イトスは頭を抱え込んだあと、大量のコンテナの山の下に同意を求めるように零しながら視線を向けた。山は数々を集わせているが、その中にはたしかに〈一人〉の存在があった。言葉を受けて、その一人はようやくその山の一部と化した身をようやく起こし、遠目にこちらに視線で返事をする。イトスは一度顔をしかめて、言葉を続ける
「で、兄貴はどこに行ったんだ」
「挨拶も無しに無礼よの」
口を開いた一人は少女の声で、古風めいた口調で悠々とイトスに言葉を返す。突拍子もないその切り出し方ではあったが、イトス本人は然程気にしない。
「そんなのどうでもいいだろ、どうせお前の名前も覚えてねぇし」
「シエルじゃ、そろそろ覚えてもいい頃のはずだが」
「手短に今の状態と、うるせぇ兄貴の場所を教えろ」
イトスは訝しげに、しかし近づきながら銃口を彼女に向けた。それをみた橙色の長髪の少女、シエルは肩をすくめたあと手を軽くあげて、同じくらいに軽く微笑んだ
「〈幻奏新和〉は壊滅状態、兄者は転送装置の元へ、故に向かった。今はあまり〈売り〉をしている暇はなかろう」
「……壊滅?」
少女はある一塊の単語を告げる。彼女と、その彼女といつも共にいる〈はず〉の兄が所属している場所だ。イトスは手を止める。動じている様子はそこまではないが、引っかかるような表情をした。
「そうじゃな、現時点では残り指折りいるかいないか……といったところか」
「……お前の組織はでけぇだろ、なんでそれが急激に壊滅したんだよ」
〈幻奏新和〉……この世界では公に踊り出る音楽組織だ。何十も人数を束ねる大規模組織なのは有名な話で、イトスはそれを耳にして一層訝しげにシエルを見る。シエルの表情は続いて真剣に、しかしどこか悲しそうな目を返した。
「それもこれも、死神様が起因しているにきまっておろう……あと先にアシュロに会った、同じことを伝えたら突っ走っていったぞ」
「なんかよくわかんねぇけど、そんだけ動いてるなら俺が動く必要はなかったんだな」
イトスはそう言って息をつくと、あたりを見回す、確かに音が響いている、雑音のような、どこかで擬似的に聞いた音波のような。
「あんだけ派手にやってるし」
「まぁ主にしかできないこともあるのではないか? ここで止まっていてもいいのかってくらいに主は冷静じゃ、兄者もアシュロも血迷っておる、とくにアシュロは目的なしに兄者を理由で走ってるだけじゃ、だからこそ、必要なのかもしれん」
「んー……どっか腑に落ちねぇ」
ゆっくりと体を起こすシエルを横目に遠くで光る閃光の残像を垣間見ながらイトスは紡ぐ。
「なんで、お前はここにいるんだよ、兄貴にひっついてんだろいつも、治療要員だろし」
シエルはその言葉を受け止めると、地面に足を着き、フェンスを支えに立ち上がる。どこかそれはあまり動ける様子ではないようで――
「この通り、自己再生に時間がかかるのでな、兄者が庇ってなければ、この程度では済まなかったぐらいには」
どことなく苦笑いを含んだ言葉をシエルは向けるが、イトスの目は既に自分からは離れていた。
「そうか」
イトスは一見納得したかのように、遠目でみてやっと眩い光の方向にようやく足を運ぶ。シエルから背を向け、だいたい距離をおいた状態まできたとき、後ろから声がかかる。
「イトス。兄者は本気じゃ。耳障りなのは重々承知じゃが、どうか失せ物にはならぬようにだけはしてくれぬか?」
イトスは特に振り返らないまま、距離を離しながら言葉を返した。
「失せ物になったら俺の責任にしないってならな。それに、お前も出来る限りでいいからさ、〈アシュロ〉の面倒みててくれよ、あんま嘘つくなって、キャラじゃねえだろお前」
無言は続いた、それはまるで暗黙の了解のようだった。
シエルの嘘には、この場所に来たときから気づいていた。アシュロは間違いなくあの瓦礫のような物質の影に隠れていた。気配というよりは、感覚的に飛び込んできたというべきか。イトスにはなんとなくではあるがそういった〈周囲に有る生命体〉の存在を読み取る力が少なからずあり、それがアシュロだということもなんとなくは理解できていた。もっとも本人の意識していないところである故に、自然的なことだと彼は思っているようだが……。
――とは言っても、別段隠す話でも無いだろうにな。なんか気まずかったのか?
答えが決して掴みきれない考察を短く暇つぶしのようにしながら、相変わらず緊迫感なくイトスは動いていた。ここまで来ても不思議と、どこか他人ごとのように捉えている。余裕があるなどという言葉では片付けきれない状態で、恐らくはなにか動力があっても簡単には動じないだろう。それは彼でさえ自覚しているだろう。むしろ――
「まあいいか。めんどくせぇし」
こぼすその一言に、全てがまるで収束されていた。
しかし、無に浸ろうとする時間も長くは続かなかった。
歩けば歩くほど耳鳴りがする。この元凶の正体はまるで〈音の悪魔〉とは言ったもので非常に煩わしい。騒音甚だしく、耳を塞ぎたくなるが、恐らくは無駄だろう。原因の由来を知っているイトスもさすがに足取りが重くなった。
――ああもう、鬱陶しい、なんだよ
うっすらと空気に纏う冷たい空気だの、陽炎のように風が通ると激しく揺らぐ視界に煽られながら、次第強まっていくその力量に、ついにイトスは眉をひそめ一度足を止めた。どうやら自分に向けられているものではなく、単純に用済みとなった魔力の残党であることはすぐにわかるのだが、そうでなくても足かせになっていることには間違いない。流れに逆らうようにしながらイトスはまだ正体の見えない方角を睨みつけた。
「あー、もう目の前にいやがったら発砲してやったのにな……」
独り言を愚痴のように零しながら息をついて、一呼吸を置いてから片手銃をとりだす。そのまま射出口に目をむけてなにかを確認した痕、そのまま目の前、押すように流れてくる風に銃先を向けた。
――いや、あいつらに発砲しなくてもいいか
喞筒のような部分に程々に溜まった火炎さながらの発光物質が、目に見えてどこかに吸い込まれるようにそのかさを減らす。特に対象をさだめることなく向けられた口は、そのままイトスの引き金によって何らかをすさまじい早さで吐き出した。続いて間もなく銃声が鳴り、光はその風の中心部を断ち切るように直線に伸びた。いや、正確には断ち切っていた。まるで視界が切り開かれたように、動きやすくなる。若干冷気のような空気は肌寒く残っているが予定範囲だ。
「あいつら……覚えていろよ」
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