4
よく知る声が賑やかに耳を駆け回った後、声と声をつないでいた掛け橋……端末機から身体を離したイトスは溜息を吐いた。
まず体を起こし、不動を保っていたゆえに固まった体を、ゆっくり動かして慣らしていく。
「ったく、めんどくせぇな……」
ようやく気怠い体を起こす。寝台に腰掛け、次に立ち上がった。
特に持ち物を探すような手間はないが、足場の少ない箇所を踏み外さないようにするには中々に厄介だ。
そうして目的地――持ち物のある場所へたどり着いた。一度達成感からか、息を吐く。
ここまでの時間、なにも考えていなかったわけではない。
今回の、掻い摘んだ程度の情報から話を辿っていた。
聞いた限りであれば、ルディルは暴走した。
その原因として、一番大きな要素は〈血〉の認識だ。彼は血を見ると引き金を引いたみたいに豹変する。
もはや自分でも止めることができない病気で、条件反射みたいな〈能力〉。
この世界の悪魔には、固有の〈能力〉というものが存在する。体質と云うべきか、どこかの世界では〈魔法〉とも言ったか……。
ルディルのその病気も能力の一つで、不運にも後天的につけられた能力ということは有名である。
思い出しながらも、ようやく机の上に放置していた片手銃を手にする。
長い間得物として所持しているものだ。たった一つではあるものの、身支度が整った。
そして扉と反対側の壁、風通しの良さの原因である不安げな窓を潜る。
そこには荒廃した世界。今までならうんざりするほど毎日のように目に焼き付けていた無彩色の壁が、そこに大きく広がっていた。
外だ。
そう改めて認識してから、今出てきた場所を振り返る。硝子窓には穴が、不用心すぎるくらいに広がっていた。
「セドの奴また派手にやったな……まあドアより出入りは楽だけど」
イトスは血相を変えたような声色を思い出しながら虚空に呟く。
話中出てきた組織のあるビル。焦っていたからか、うまく言葉とはなっていなかったようだが、〈所属組織で使っているビル〉のことで間違いはないだろう。
いずれにしても、イトスにとってはこの上なくめんどくさい距離であることには変わりがなかった。
たとえその距離が、まあまあに近い場所にあったとしても。
陽が落ち、風当たりが寒くなっていく中を、イトスは気ままに歩いていた。
道中なにか爆発したのだろうか、近場で煩わしい程の音がした。だがイトスはあまり気にしない。
それからも音は何度か不定期に耳に届く。
「こっちも派手だな……」
原因はわかっていた。だが今はそんなことより目的の場所だ。
足は止めず、ただいつも歩いていた路地を進む以外に興味はない。
そうやって目的地に近づくほど、何やら騒がしくなってきた。人とすれ違うこともちらほら増えてくる。
「全くどこに行ったんですぅ?」
「あの人無計画だから、探すしかないヨ、落ち着いて」
「こっちは何人殺られたかわかんないですよ! 早く探さないと!」
すれ違い様聞こえてきた悲痛な会話が遠くなった直後、ようやく足を止めた。
〈殺られた〉――聞いていたこの状況は嘘とは思っていなかったが、今の会話で確信した。今もなお彼は動いているのだ。いや、彼らともいうべきか。
流れに逆らうようにイトスは進むが、多数が進行している方向は、逃げる人もいれば探す人もいる。半ば戦場に乗り込む気分になる。
そんな悪魔の波とビルという森を掻い潜り、視界に見慣れた情景を目にする。
組織の場所、というのはすっかりと雲隠れしているからこそ、ガラクタや標識といった物体が住所替わりの目印だ。
そしてその視線の先には見慣れた姿があった。滅多にこの外という空間では目にしないその姿。
その横顔はどこを見ているのか、表情は見えない。
ただ冷静に、この空間を捉えているようには感じられた。
「おい」
姿に近づきながらイトスは口を開く。
相手の反応ははやかった。金色の瞳がこちらに流すように向けられる。イトスはさらに距離を早足で詰めた。
「ミッチー。お前さ、この騒ぎの割に案外他人事みたいにとってんだろ」
「そちらこそ……相変わらずだね。だって僕には無関係だもの。事だって僕が引き起こしたわけじゃないし」
まるでそう反応がくるのを見透かしていたのか、表情がどことなく勝気な笑みを浮かべて体ごとこちらに向けたミドセが肩を竦める。
ミッチーというこの通称はいつからか名を知るものの間で定着していた。本名で呼ぶ者は相当少なく、イトスも例外ではない。したがってその点において普段から高慢である態度が否定しないのは自然なことであった。
「でも、そうだね。君と違うところと言ったら、僕はこういうの面白いと思うんだよ。一方で君は無関心じゃないか」
「まあ、俺は呼ばれてきただけだからな……セドは?」
「ここにはきてないよ、連絡は預かってるけど」
ミドセはそう言って息を吐くと、イトスを射止めるようにその視線を見据える。
「とにかくルディルを一旦止めて欲しい、足止め一度させて、それからクノンと距離を空けて、ついでにルディルを天界から追い出したい……というのが彼から預かってる君への伝言」
「は?」
それに対してイトスは、唖然として怪訝そうに眉をひそめた
「なんだそりゃ……」
「さぁ……セドのまとまってるのか否か判断つかない突拍子じみた意向なんて、僕もわからないさ」
そこまで言うと、役目が終わったとばかりに、今度は本拠であるビルに向きなおり、ミドセは歩き出す。イトスは止めようと口を開いた。
「おい、お前は行かねぇの?」
「さっきも言ったよね。僕は厄介事は御免だし無関係だ。君みたいにお人好しでもない。加えて僕にも事情があるんだよ。訊かないといけないことがあるからね」
「そうか」
「それからもう一つ、転送装置の所。君がのんびり行ってもおそらく彼らには会えるから、そこに向かうといいよ」
「わかった」
イトスは視線で背を向けたミドセを見送ると、再び進行を再開する。心持ち先程よりは歩調を速めた。
先ほどのミドセの代弁は、確実にセドのものだと解る箇所が有ったためすぐに信じられた。
まずミドセは理由を確固たるものにした後に話していることが多い。
それからセドの性質だ。伝言柱としてミドセを立たせた理由も、セドにはそれでこそ伝わる自信、或いはそれ以上のものを既に〈視ていた〉のだろう。
「全く……アイツそこまで頭回せるならもっと短絡的に俺に説明してくれよ」
そうすればここまで手間せず真っ直ぐ向かったのに。イトスは小さく零してから、転送装置に一番近い、いつもの曲がり角を曲がった。
――
路地独特の靴を鳴らせば響く音、それを遠くに捉えたところで、ミドセは思い出したかのように呟いた。
「……そういえば“彼”も居るらしいって事を言い忘れてたな。まあ僕には関係ないか」
使い慣れた廊下はまるで廃墟のようで、瓦礫のような物質が散乱していた。
ミドセは奥にある扉へと足を運ぶ。扉をよく見なくても変形しているからか、閉まらなくなっている故に中の様子が伺えた。
ミドセは覗き込むように奥へと声を投げる。
「ほら、上に戻るよ、リィノ」
薄明かり差し込む小部屋。
その中で縮こまっているリィノがこちらに背を向けていた。そんな様子に呆れた様子を示しながら、間に阻む変形扉をやや強めに引く。
「折角君の体調に気を遣って帰してくれたアシュロに申し訳ないだろ」
無理矢理扉をこじ開けてたことで生じる金属音、リィノがピクリと肩を震わすと、ようやくこちらをみてくる。確認後、開放した扉からミドセは手を伸ばした。
「ここら辺は問題ないよ、そんなに怖かったのかい?」
「ううん、やっぱり外に出たくないなって」
いつも通りの感情性のない声が、ようやく耳に届く。その表情はどこか不満そうだ。
「何かあったらミッチーのせいにしていいって言った」
「それは君の言い分だからね、僕は何一つ同意してない……それより、僕も君に聞きたいことがあるから、上で聞かせてもらうよ」
「えぇ……眠たい」
「アシュロに連れ回されるのとどっちが良かったんだい君は」
見た目以上に軽いリィノを半ば抱えながら、ミドセは呆れ口調で言う。
「どっちもやだな」
「じゃあ僕が君の代わりに選択しておくよ、権限はあるから」
リィノが重そうに立ち上がる。そうして地面に両足だけがついたことを確認すると、ミドセはリィノの手を引いた。
「やっぱり、悪魔ってひどいや」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます