最終決戦②

 地下室に向かう途中、私たちは無言だった。それもそのはずだ。重々しい雰囲気の中、地下室にたどりつく。その部屋には寝台が一台置いてあり、部屋の隅には日本刀のような刀も置いてある。その部屋を見た瞬間、私はふと既視感を覚えた。初めて見た部屋のはずなのにどこかで見たことあるような気がしたのだ。そして、私のもう一つの能力を思い出す。そういえば、私には予知夢を見る力があるらしい。きっと見たことがあると感じたのは夢で見たことがあるということだろう。ということは、この部屋で起きていたことは本当のことになる。

 急に吐き気を催した。瀧さんはここで人を殺し、魂をとりだして子供の姿の幽霊を作り出したのだ。夢の内容を一気に思い出した私は気持ち悪くなって立っていられなくなり、その場に座り込んでしまった。きっと、彼らがここに来なかったのは自分たちが殺された瞬間を思い出してしまうからだろう。夢で見ただけの私でさえ、この状態である。地下室に来なくて正解である。しかし、私はこの目で見なければならない。この事件の全容を知るためには必要なことだ。座り込んで考えていたら、不意に瀧さんが話し始めた。


「もう何もかもがおしまいですね。さて、これからどうしましょうか。あの少年に頼んでみれば何とかしてくれるかもしれません。私に素晴らしい能力を与えてくれたあの少年こそ、この事件を引き起こしたともいえます。私はその少年の指示に従っただけ。その少年こそが今回の黒幕でしょう。朔夜さん、彼はどんなことを私に言っていたかわかりますか。」


 そんなことを言っても私にわかるはずもない。そもそもその少年が誰なのかもわからない。自分の罪を認めたくがないがゆえに架空の人物をでっちあげているのだろうか。そして、瀧は驚くべきことを言い出した。



「彼は私にこう言った。『殺したい女がいる。名前は西園寺桜華。お前はその女を殺すだけでいい。殺してくれるならば、お前の望みをかなえてやってもいいぞ。』と。」


「その少年は本当に西園寺桜華といったのですか。その人物はどんな人でしたか。」


「おや、気になるのですか。しかし、私もよくは知りません。いきなり私の目の前に現れ、力を与えてくれた。私にはそのことだけで充分しあわせだった。その力を与えてくれた人物が何者だろうと別に構わなかった。しいて言えば、彼はおそらく未成年で中学生ぐらいの背丈だと思います。少年はフードを被り、顔を隠し、丈の長いコートを着ていて詳しいことはわかりません。」


 黒幕である少年の特徴を話してくれ、さらに続けて瀧は語っていく。


「西園寺桜華という名前を聞き間違えるはずもありません。何せ彼女は西園寺グループの跡取り娘ですからね。その少年と彼女の関係は知りませんが、私は最初、断りました。当然、人を殺してほしいと言われて『わかりました』なんて答える人はいませんからね。望みをかなえてやると言われてもその少年が私の望みをかなえてくれる保証もないですから。しかし、その後、少年はまるで私の心を読んだかのように話し出しました。その言葉を聞いて、私は彼の望みをかなえるのに協力しました。」


 自分の望みのために人を殺すことを選んだというのか。いったい、瀧という男は何を少年に言われて協力すると決めたのだろうか。


『お前は、幽霊が見えるようだな。幽霊たちに勉強を教えている。勉強を教えるのは決まって子供の幽霊だけ。大人の幽霊が話しかけても完全に無視しているのか。とんだロリコンだな。幽霊になっても必死に勉強している子供の幽霊を見てお前は興奮していた。』


「私はその少年の言うことに反論できなかった。少年の言うことはほとんど当たっていた。幽霊は子供ばかりではなかった。大人の幽霊もたくさん私を訪ねてきた。しかし、彼の言う通り、大人の幽霊には勉強を教えることはしなかった。子供の幽霊に興奮していたかというと必ずしもそうではない。ただ、子供に勉強を教えているときの快感は忘れることができない。」


 そして、少年は続けて、瀧に西園寺さんを殺す計画を伝えてきたそうだ。


『まず、この町にいる能力者が暴れるように仕向ける。お前はその能力者を好きにしていい。見たところ、ロリコンの気があるから、そいつらに罪を償うためだといって殺して構わない。殺したら魂を子供の姿に変えて子供の幽霊を作ることができるよう手配しよう。彼らは犯罪を起こすだろう。そんな奴らが子供の姿になってもかわいくないだろうから、幽霊にした際に生前の記憶も失わせておこう。そうすればお前の理想の子供の幽霊が完成だ。お前はその幽霊の子供たちに、今まで教えた神殿も幽霊たちと同じように勉強を教えてやればいい。』


 そう言って、瀧に力を与えるために少年は自分の血を飲ませた。さらに殺すための刀と人間の身体から魂を引き出すための札も用意してくれたそうだ。こうして、瀧は新たな力を手に入れた。


 これだけで、どうやって西園寺さんを殺すことができるのだろう。西園寺さんが能力者だったとはいえ、瀧の前に現れるだろうか。確か彼女の実家は京都で今も京都にいるのではないか。不審に思ったことが顔に出ていたのだろう。瀧に力を与えた少年は続けてこう話した。


『西園寺桜華は京都ではなく、この近くの大学にこの春から通いだした。京都にいる西園寺桜華は偽物だ。理由をお前に話す必要はない。彼女には能力者に能力を奪わせる仕事をさせている。能力者が最近、暴れているのでその能力者の力を奪い、これ以上、能力者が事件を起こさないようにするのが目的だと仕事内容を説明しておく。お前はそのまま事件を起こした能力者を殺していけばいい。我は彼女に犯人についての情報を時折伝える。そのうちに彼女は犯人がお前だと気づくだろう。お前は彼女が接触してくるまで能力者を殺し、子供の幽霊を作り続けることができる。良い話だとは思わないか。』


 もし、この話が本当に実現できたとして、どうしてこうも回りくどいことをして西園寺桜華という人物を殺そうとするのだろうか。瀧は能力を使い、少年がどのような能力を持っているのか確認した。しかし、なぜか少年からは何も読み取ることができない。今まで能力を使って相手の力が何であるか読み取れなかったことはない。いったい、この少年は何者なのだろうか。もしや、自分はとんでもない相手と約束をして力を与えられたのではないだろうか。そんな不安が押し寄せてきた。しかし、それすらも少年にはお見通しのようだった。


『お主の言いたいことはわかるが、我の正体は決して怪しいものではない。お主が我の能力を読めないのは当たり前だ。我は人間ではないのだからな。それ以外のことはここでは言えない。ただ、西園寺桜華を殺してくれた暁には話してやってもいいがな。』


 瀧はもう後戻りできないところまで来てしまったと考え、少年の言う通りに殺人を繰り返した。少年の依頼通り、西園寺さんが接触してきたときにはためらわずに殺した。そして、今までしてきたように子供の幽霊にしてしまった。


 少年は時たま、瀧の前に姿を現し、計画がどんな風に進んでいるか確認にしていた。西園寺さんを殺した後にも彼は瀧の前に姿を現した。


『瀧といったか。お前のお蔭でようやくこれで契約が終わりを告げた。一応、感謝の意を表しておこう。これでやっと我は自由の身だ。人間の生は短いとはいえ、こう何代もにわたって縛り付けられていれば、長くも感じるものか。』


 それを最後にそれ以降は瀧の目の前に姿を見せなくなった。しかし、瀧はその後も殺人を辞めることはなかった。そして、これまで通り、子供の幽霊を作り出そうとしたが、それがかなうことはなかった。

 どうやら少年との契約は西園寺桜華という人物が殺すまでというものだったようだ。西園寺さんを殺してからというもの、能力者を殺しても魂を取り出すことはできなかった。力が失われたとわかった瀧は急に自分が犯した罪を自覚した。そして、警察に自首しようとしたが、警察署の前まで来ては引き返した。



 話を終えると、突然瀧は苦しみだした。そして、血を吐いて倒れてしまった。慌てて駆け寄ると瀧はすでに死んでいた。あまりにもあっけない最期である。警察に突き出し、罪を叱り償ってもらおうと思っていたのに死んでしまってはどうしようもない。しかし、瀧の死は突然すぎる。私からの質問に答え、全部話し終えてからの死。誰かが、瀧の死をコントロールしたということか。おそらく、瀧に力を与えた人物が関係しているのだろう。なんとなくだが、そう思った。ということは、この近くに瀧に殺しを依頼した人物はいるということか。



「死んでしまったのか。この男は。死んでしまったのは仕方ない。ところでお主、いますぐこの部屋から出た方がよいぞ。」


 私が呆然とその場に立ち尽くしていると、その場に九尾が現れた。そして、この寺を燃やすと言い出した。九尾が言うには、この寺には幽霊たちのせいで良くない気がたまっていて、このままだとこの町全体に影響を及ぼすほどの邪気になってしまうとのこと。私はよく理解できないまま、九尾の言う通り、地下室からでて、寺の外に逃げ出した。

 九尾がしつこく寺の外に私を逃がそうとするので、地下室に瀧を置いてきてしまった。


 私が寺の外を出るのと同時に九尾は炎を寺に向かって放った。寺は青白い炎を上げて燃え上がり、火がおさまるころにはそこには寺は跡形もなくなっていた。瀧の遺体もそのまま炎に焼かれて消失してしまった。


 寺の外には雨水君と佐藤さんと翼君と狼貴君がいた。みんな無事に寺の外に逃げていたようだ。なんだかよくわからないまま、今回の事件は幕を閉じたのだった。


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