雨男は生きていました

 塾が終わり、家に帰ると、家の前には人が立っていた。近づいていくと、それは死んだと思っていたはずの雨水君であった。


「雨水君、生きていたんだね。西園寺さんは瀧に殺されてしまったけれど、雨水君だけでも殺されていなくてよかったよ。」


「どうして、桜華が殺されたことを知っている。」


 そう言うと、雨水君はその場で崩れ落ちた。慌てて近くに駆け寄ると、雨水君は苦しそうにしていた。熱があるのか、顔が真っ赤である。


「熱がありそうだな。自分の仕えている主が目の前で殺されてしまったのだから、ショックで熱が出るのも仕方がないな。」


 いつの間にかそばにいた九尾が雨水君の様子を見て話し出す。とりあえず、このまま雨水君をこの場においてはおけないので、私の家にいれることにした。今日も両親は仕事で帰るのが遅いらしい。家には誰もいなかった。


 自分の部屋に雨水君を運び、ベッドに寝かせる。熱に浮かされた雨水君の額にぬれタオルを置いてやる。雨水君はそのまま気を失ったように眠りについた。

 ふと、外を見ると、雨が降り出していた。雨水君が家の前にいたときには降っていなかったはずだ。ザーザーと激しく雨が地面にたたきつけられている。外はすでに夜で真っ暗だったが、雨が降っているせいで余計暗く感じる。


 雨水君が寝ている間、私はお風呂に入ったり、大学の授業の復習をしたり、瀧さんについて考えたりして時間をつぶした。しばらくして、雨水君が目を覚ました。横になって少し楽になったのだろうか。顔色がよくなっている。雨水君があたりを見渡し、私に気付いたようだ。



「ここは朔夜の部屋か。」


「そうです。私の家の前に雨水君が立っていて、私が近づいたら急に倒れだしたので驚きました。」


「そうか。迷惑をかけてすまなかった。おかげでだいぶ良くなったから、ここを出るよ。これ以上お前に迷惑をかけるわけにはいかない。」


 そう言って、ベッドから起き上がり、私の部屋から出ていこうとする雨水君。慌てて引き留める。少し横になっただけで、体調がそんなにも回復するわけがない。それに聞きたいことがたくさんある。


「どうして私が、西園寺さんが殺されてしまったことを知っているか気になりませんか。それに私は殺した犯人を知っている。これから西園寺さんの仇を採るというならば、情報は必要ではないでしょうか。私も西園寺さんの仇を打とうと考えています。私たちは協力できると思います。」


 私は雨水君に提案する。おそらく、雨水君一人で瀧さんのところに乗り込んでも勝算は低い。今回は何とか殺されずに済んだが、作戦もなく乗り込んでしまうのは危険である。何より、今の雨水君は体調が悪く、本気で戦える状態ではない。体調を回復させるついでに情報を聞くというのは悪くないことだと思う。


「確かになぜ桜華が殺されたかを知っているか興味はある。ただ、その話を聞くためにここに残るのはダメだ。桜華の仇を打とうと考えてくれるのはありがたいが、これは俺たちの問題だ。それに相手は危険な能力者だ。これ以上犠牲は出したくない。」


「実際あの男は危険だから、蒼紗を危険にさらしたくないのはわかるが、一人で勝てる相手かのう。蒼紗と協力した方がよいと思うがのう。」


 ここで九尾が口をはさんできた。そういえば、九尾が近くにいたのだった。今まで静かにしていたから全然気づかなかった。

 雨水君は私しかいないと思っていたようで、突然話し出した九尾を見て警戒する。


「この子は九尾といいます。怪しい子供ではありませんよ。西園寺さんの家の………。」


「我から話そう。我は九尾。お主はあったことはないかもしれんが、西園寺家の守護神である。今回の件は残念だったな。」


「お前が西園寺家の守護神か。桜華から話は聞いたことがある。そんな守護神様がなぜこんなところにいる。京都にいるのではなかったのか。桜華のことを守ることもせず、今更どの面下げてここにいるつもりだ。」


「そりゃあ、西園寺家次期当主様が亡くなったとなれば、飛んでくるのも当然だろう。守れずとは言ったが、それはおぬしも同じだろう。自分は助かって主をみすみす殺されているのだから。」


 二人はお互いに睨みあう。そして、その睨み合いに負けたのは雨水君だった。


「ああそうだ。俺は桜華を見殺しにしてしまった。だからこそ、これ以上は犠牲を出したくない。しかし、情報がないと十分に戦えないことも事実だ。話を聞くことにしよう。」



 私は雨水君に今まで見てきたことを話した。日曜日にたまたま寺の近くに寄ったら人の声が聞こえて近づいてみると、瀧と佐藤さんがいたこと。とっさに物陰に身を隠して様子をうかがうと、その後西園寺さんと雨水君が来たこと。そして、西園寺さんが雨水君と一緒に寺の地下に入り、その後部屋から出てきたのは西園寺さん一人だったことを簡潔に説明した。翼君や狼貴君の話はしなかった。とりあえず、雨水君が瀧のことをどこまで知っているかを先に聞く必要がある。


 私の話を聞き、しばらく考え込む雨水君。今度は私が質問する番である。聞きたいことがたくさんあって一気に質問してしまった。


「雨水君はどうやって地下から逃げてきたのですか。そして、あの地下には何があったのでしょうか。瀧の目的は何だったのでしょうか。」


「一度にたくさん質問してくれるな。だが、ひとつずつ答えていこう。まずはどうやって地下からにげることができたかだが………。」


 雨水君はあのときの地下での出来事を語ってくれた。




「まず、俺は雨を降らせる能力を持っていると思われがちだが、本来は水を操る能力だ。たまに自分の能力がコントロールできずに暴走して、自分の周囲に雨を降らせてしまうことがある。水を操ることができるほかに、氷をつくりだすこともできる。地下に案内された俺たちはある部屋にたどりついた。そこには病院の診察台みたいものが1台置いてあった。そしてその寝台は赤い何かで汚れていた。俺はそれが人間の血に間違いないと考えた。桜華も同じように考えたようだ。瀧にこの寝台が何に使っているのか尋ねた。」


 その寝台の上で捕まえた能力者を殺していったのだろう。私の夢に間違いがなければの話だが。


「すると、瀧は答えた。『あなたたちの人生最後の場所ですよ。』と。不気味な笑顔でそう答えた瀧の様子に警戒していると、突然、瀧がポケットから注射器のようなものを取り出した。

そのまま勢いをつけてそれを桜華めがけて突き刺した。あっという間の出来事だった。まさか、ここにきてまだ反撃に出るとは思っていなかったから、対処が遅れた。そのせいで桜華は………。」


 刺された西園寺さんを助けようとしたが、間に合わなかった。気を失った西園寺さんを目の前の寝台に寝かせた瀧は、部屋の隅に置いてあった日本刀のようなもので西園寺さんの心臓を一突きした。雨水君は自分の水を操る力で氷の刃を作り出し、瀧めがけて攻撃したが、それは瀧に当たる前に溶けてなくなる。まるで瀧の前に炎の壁があるみたいに攻撃は溶かされていったようだ。心臓を一突きされて西園寺さんは殺された。

 その後のことはよく覚えていないという。自分の攻撃を全く受けない瀧にこれ以上の攻撃は無駄だと判断した雨水君は攻撃するのをやめた。そして、瀧のもとから逃げ出した。しかし、逃げる彼を瀧は追ってこなかった。不審に思ったが、そんなことを考える余裕はなかったのでひたすら瀧から遠ざかるまで逃げ続けた。気が付いたら蒼紗の家の前にいたという。



 私と雨水君どちらもこの前の寺での出来事について話し終えたので、今日はもう寝ることにした。雨水君には私の部屋を使ってもらい、私は両親の寝室を借りることにした。今日も両親は帰ってこなかった。



 よほど疲れていたのか、目が覚めたらすでに朝だった。今日も大学はあるのだが、私と雨水君は自主休講をすることにした。一刻も早く瀧を捕まえなければ、さらに犠牲者は増える可能性がある。リビングに行くと、すでに雨水君と九尾が起きていて話し合いをしていた。どうやら先に今後どうするか考えていたようだ。


「おはよう、朔夜。昨日は本当に助かった。感謝する。」


「おはよう、蒼紗。しっかり寝ておったのう。今日から忙しくなりそうだから、寝だめというところかのう。」


 二人が挨拶してきたので私も挨拶を返し、朝ご飯の準備をする。とはいっても、最近忙しくて家に帰ってもすぐに寝てしまっていたので、食料は残念ながらないといってもいいぐらいだ。二人にそのことを告げると、じゃあ、近くのファミレスにでも行って朝食を食べながら話そうということになった。


「行ってきます。」

 私は今日も誰もいない家に向かってあいさつをしてから家を出る。雨水君が不思議そうな目で見ていたが、特に何も言うことはなかった。



 以前九尾と一緒に朝食を食べたファミレスにやってきた。平日の朝ということもあって、店内はすいていた。席について、それぞれが食べたいものを注文する。私は前回と同じ朝食セットにした。九尾は今日もがっつりとハンバーグセット、雨水君は和食定食を頼んでいた。注文したものが届き、食べ始める。その時に声をかけられた。


「おはようございます。朔夜先生。」

「おはよう。」


「おはよう、蒼紗。どうして大学をさぼってこんなところでのんきに朝食なんて食べているのかしら。まあ、私も今日は大学に行く気がないから、蒼紗にとやかく言える立場ではないけどね。」


 何と、瀧逮捕に協力してくれそうなメンバーが同時に現れた。驚きすぎて、口に入れたものを吐き出すところだった。慌てて水を飲んで飲み込む。


「私も相席してもいいかしら。」

「僕たちも一緒に座ってもいいかな。」


 なんだか賑やかな朝になったのだった。




 ところで、翼君や狼貴君は幽霊という存在だと思うのだが、佐藤さんや雨水君には見えているのだろうか。見たところ、二人は彼らに気付かずに二人で何かを話している。やはり見えていないのだろう。瀧逮捕に協力してくれそうなメンバーが集まったとはいえ、幽霊が見えない状態では協力ができるとは思えない。どうしたらよいのだろうか。そんなことを考えていたら、九尾が解決案を出してくれた。


「普通の人間にも幽霊の姿が見えるようにできる方法がある。特別な布で織られた服であれば、それを着ていれば、姿かたちが見えるようになる。まあ、我にかかればそのようなものを手に入れることは簡単だが、ただでとはいかないぞ。」


「ぜひ、その服を手に入れてきてください。私にできることならしますから。」


 もったいぶっている九尾だが、九尾が言っていることが本当ならば、その服に頼るしかない。神様にお願いするのだから、ただでとはいかないか。


「よろしい。では我が心行くまで食べ物を注文してもよいというならば考えてやる。」


 そう言ってメニュー表を真剣に読みだす九尾。私はその様子がおかしくて笑ってしまった。仕方ない。それで用意してくれるならば、安いものだ。


「わかった。好きなだけ注文してください。その代わりその服を2着ほど用意してくださいね。」


「わかっている。神に二言はない。」


 急に九尾の手が光りだした。その後、手には2着のパーカーのような服が2着乗っていた。なんという早業だ。服を準備した九尾は再びメニュー表を見て、食べたいものを注文し始めた。私は翼君と狼貴君にその服を着せてやった。

 見た目は普通のパーカーと同じである。白地にチャックがついているタイプだ。しかし、胸のあたりによくわからない刺繍が施されていた。


 服を着ても私にはもともと二人の姿が見えているので変化がわからない。しかし、雨水君と佐藤さんには違ったようだ。突然現れた二人の子供に驚いたのだろうか。彼らを驚きに満ちた目で見つめている。



「こいつら、さっきからいたのか。それとも今突然現れたのか。」


「きゃあ、かわいい子供ね。いつからいたのか知らないけれど、こんな子供がいたなんて知らなかったわ。」


 二人に彼らの説明をする。その説明を聞くと、二人は静かになった。瀧逮捕に必要なメンバーが集まったので、今回は自己紹介をしながらお互いの情報を話していくことになった。


 もうすぐ夏休みに入る。その前にこの事件に決着をつけなければ。私と九尾、翼君や狼貴くんといった幽霊の子供たち、佐藤さんといったメンバーで瀧さんを捕まえる計画を立てていく。そのためには私の能力が不可欠だということがわかった。ただし、私はいまだに自分の能力をうまく使いこなせていない。まずは能力を使いこなすことから始めようということで、私の能力練習が始まった。

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