連れていかれたときの状況
「さて、何から話していきましょうか。」
沈黙が流れる。私としてはもう少し詳しく佐藤さんが瀧さんに捕まった経緯を知りたいのだが、この話を直球で聞くのはためらわれる。しかし、私の聞きたかった話は佐藤さん自ら話してくれた。
「蒼紗が何か聞きたそうだけど、何を聞きたいのかなんとなくわかるわ。私がさらわれた時のことが聞きたいのよね。友達がされられかけたのだから、心配して当然ね。さらわれた時の状況を知りたいと思うことは当然のことよね。」
話し方がなんとなく西園寺さんに似ているのは気のせいか。誤解されている部分もあるが、話を聞きたいのは本当なのでそのままうなずき、続きを促す。
「じゃあ、その話から始めましょう。」
こうして、西園寺さんの話が始まった。
事件が起こったあの日、私たちと別れた西園寺さんはいつも通りの道で家に帰ろうとした。公園の前を通りかかったとき、知らない男に急に声をかけられたという。
突然話しかけられたので警戒して男から離れようとすると、男は「怪しいものではありません、あなたと少し話がしたいだけです。」と話しかけてきた。その後に「あなたの能力について興味があるのでぜひお願いします。実は私も能力者でして、近くに能力者がいないので能力者に出会うとついつい話を聞きたくて声をかけてしまうのです。」と続けた。
佐藤さんは能力者という言葉に反応した。自分が能力者だということは他人には知られていないはずで、どうして初対面の男にばれているのか気になってしまった。このままこの男についていくのは危険な気がするが、自分の能力をもってすれば、たいがいの危険は回避できる。彼女は自分の能力を過信していた。
そして、彼女は瀧さんの言われるまま、私が佐藤さんを見つけた寺に向かうのだった。
寺に着いた男と佐藤さんはお互いの能力について、語り合った。そうしているうちに日が暮れてそろそろ家に帰ろうかと思い、話を中断し、帰りたい旨を伝えると、男は提案してきた。今日はここに泊まっていかないかと。
もちろん、佐藤さんは断った。しかし、男もあきらめが悪かったようだ。口論になり、らちが明かないと判断した佐藤さんは能力を使おうした。ところが、男に能力は効かなかった。そのまま、注射器のようなものをつきさされ、気を失ってしまった。
次に目を覚ました時にはどこかの地下室にいたという。診察台のようなものに寝かされていて、両手、両足を鎖でつながれていて、身動きができない。そこに男が近づいてきた。
「気分はどうですか。」と問いかけられたが、目覚めたらどこかもわからない部屋に両手両足を拘束されて寝かされていて、気分が良いものはいない。佐藤さんは今度こそ、能力を使い、男から逃げ出そうとした。しかし能力を使うことを見越していたのか、佐藤さんには目隠しが施されていたため、能力は発動できなかった。
「また会いましょう。」といって、男は何かを佐藤さんに振りかざそうとしたようだ。金属のようなものが風を切る音が聞こえたらしい。
彼女はとっさに目を閉じた。そして死を覚悟した。能力も発動できない以上、この拘束から逃げ出すことはできない。
「瀧先生、どこにいますかあ。いたら返事してください。新しくこの寺に来た子が先生をよんでいますよお。」
タイミングよく、外から声が聞こえた。とっさに声を出して助けを呼ぼうとした。しかし、男に口をふさがれて声がうまく出せない。彼女は口をふさいでいる手にかみついた。口に血の味が広がったが、なりふり構ってはいられない。
突然の行動に男は驚いたようだ。そして、外からの声が気になるのか、外をしきりに気にしている。外と彼女を交互に見比べたのち、外に行くことに決めたようだ。
そのまま、何も言わずに男は彼女をその場に残したまま、部屋から出ていった。その場に残された彼女はひとまず殺されなかったことにほっとしたが、このままここにいてはいずれ殺されてしまう。どうにかこの拘束から抜け出せないものか。考えているうちに拳を強く握りしめていたようだ。手から血が流れ、その血が手首を伝い、拘束具にまで流れていく。
すると、金属が焦げたようなにおいがし、数分後には彼女の拘束具は溶けてなくなっていた。彼女は自分の体質にこの時ほど感謝したことはない。両手の拘束が溶けてなくなり、自由になった。目隠しを外し、そのまま両足の拘束にも自分の血を垂らして溶かしていく。
拘束具から抜け出した彼女は部屋から抜け出した。そして、外に出たところを男に見つかったというわけだ。そして、また男に注射器のようなものをつきさされて気を失ったが、目覚めたら私がいたというわけだ。
佐藤さんがさらわれてからどのように過ごしていたのかが理解できた。
「あいつはまた私を追いかけてくる。あの男をどうにかしようとしているのなら、私にも協力させてほしい。」
「その男はおそらく、私のアルバイト先の上司だと思います。」
単刀直入に佐藤さんには男の正体を教えた。その方が話が早い。そして一つ気になっていたことを聞いてみる。
「佐藤さんは西園寺さんのことは忘れてしまったのですか。」
今日大学にあってからの違和感を訪ねてみる。今までの西園寺さんの執着が嘘のように今日は西園寺さんの話題を一切口にしていない。
「西園寺さんって、蒼紗と一緒にいた派手な女のことよね。覚えているわよ。そういえば今日は見かけないわね。どうして休んでいるのかしら。」
どうやら覚えてはいるようだ。それにしてもこの変わりようは何なのだろうか。
「西園寺さんは確かにあこがれの存在だったけど、私を助けてくれたのは蒼紗でしょ。あこがれの存在ではあったけど、助けには来てくれなかったでしょ。それによく考えたら、あんな自分勝手な女のどこにあこがれの要素があったのか、自分でもわからなくなってしまって。だから、そんな人はもうどうでもいいの。今は蒼紗、あなたのことが頭から離れないの。蒼紗のことを考えると胸がどきどきするの。これって………。」
「佐藤さんが憧れていようがいないが別にどっちでもいいのですが、その西園寺さんは殺されました。佐藤さんをさらった人物におそらく殺されました。」
話が不穏な気配になってきたので、無理やり話題を変えた。正直に西園寺さんが殺されていることを話して、佐藤さんがそれでも私たちに協力してくれるだろうか。
「そんなのね。じゃあ、なおさら蒼紗たちに協力しなくてはならないわね。」
結構重大なことを言ったつもりなのだが、さらっと佐藤さんは私たちに協力すると言ってきた。本当に西園寺さんの憧れが消えてなくなってしまったのだろう。それにしても、そんなに急に気を変えられると調子が狂う。
「蛇娘の話はこれで終わりかの。我々はそんなに悠長に話している暇はないのではないか。協力してくれるなら、さっさと話を進めてくれ。」
九尾が口をはさんできた。ふと時計を見ると、12時をとっくに過ぎていて、1時近くになっていた。いつの間にか食堂には人がたくさん集まり始めている。まずは昼食を食べようということになった。
昼食を食べ終わり、今日はもう授業がないので、私の家で今後のことを話し合うことになった。しかし、今日は塾のアルバイトがあることを思い出した。一瞬、休んでしまおうかとも思ったが、休む理由が思いつかない。それに下手な言い訳をして怪しまれては困る。話し合いはまた明日ということになった。
佐藤さんと別れ、いったん、家に帰る。九尾にはアルバイトがあることを話しておく。
「今日は塾のアルバイトがあるけど、九尾はどうする。」
「あの男がいる塾に行くのか。お主も大した神経を持っておるようだな。普通、知り合いを殺したかもしれないものがいるところに自分からのこのこと行くものか。」
「普通はそうかもしれないけど、あいにく私は普通ではないことを体験しすぎたせいで普通の感覚を忘れてしまったから、何を言っても無駄よ。」
「そうだな。話し方に敬語がなくなっているぞ。まあ、それがお主の本性だということだろう。まあ、お主が殺されるとは思えないから、あの男のところに行っても大丈夫だろう。せいぜい塾のアルバイトを心置きなく楽しんでくるがいい。あの男を捕まえたら塾のアルバイトどころではないからな。」
「行ってきます。」
誰もいない家に向かって声をかける。両親は今日も働いているらしい。
九尾は何か言いたそうにしていたが、結局私に何も言うことなく、そのまますがたを消してしまった。
私は勤務時間に間に合うように塾への道を歩き出した。今日はなんだか歩いていきたい気分だった。傘もしっかりカバンの中に入っている。空を見ると、雲一つない良い天気だったが、なんとなくだが、これから一雨きそうな気がしたのだ。
今日も今日で瀧さんはすでに塾に来ていた。私が寺にいたことは気づかれていないはずだが、やはり顔は合わせづらい。
「こんにちは。今日もよろしくお願いします。」
「こちらこそ、そういえば、先週の土曜日のことですが、塾が終わった後は何をしていましたか。」
私があの時、寺にいたのがばれているのだろうか。
「特に用事もなかったので、塾が終わった後はまっすぐ家に帰りました。どうしてそんなことを聞くのですか。何か事件でもありましたか。」
逆に私からも瀧さんに質問してみる。すると、瀧さんは少し驚いたような顔をしたが、すぐにいつも通りの真面目な顔に戻し、答えた。
「別に、特に意味なんてありませんよ。最近、なんだか物騒な事件が多いでしょう。それで朔夜さんのことが気になってしまったものでして。」
どうやら、私が寺で起きたことを一部始終見ていたことはばれていないようだ。そのまま、この話題は終了し、いつも通り生徒が来る前の部屋の掃除を始めた。そして、いつも通りに生徒がきて塾で勉強をして、生徒が帰ると後片付けをしてバイトは終わった。
瀧さんは特に土曜日のことを話題にすることはなかった。だから私もその話題に触れることなく仕事をした。あんなことが先週の土曜日に合ったにもかかわらず、瀧さんは不気味なほどいつも通りだった。
バイトが終わって、塾から出たが私の予想とは反対に雨は降らず、雲一つない星がきれいに見える良い天気だった。
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