佐藤という女

 今日の服装は、中高生が着るような制服だった。セーラー服である。私の高校はブレザーだったので、セーラー服には憧れがあったが、卒業してまで着たいとは思っていない。制服は中学生や高校生が着るもので、学生の特権でもある。高校を卒業してから着たのではただのコスプレになってしまう。

 私は紺のセーラー服に赤いスカーフで、西園寺さんは黒のセーラー服に赤のスカーフだった。スカートの長さは普通で膝が隠れるぎりぎりである。ミニスカートではないらしい。毎度毎度、どこから服を調達するのだろうか。深くは考えないでおこう。

 着替え終わり更衣室を出ると、西園寺さんに今日も似合っているとほめられた。


「今日もかわいいわ。セーラー服も似合うわね。まだまだ現役高校生でも通じそうね。私の通っていたのは中高一貫校で、どちらも制服はブレザーでセーラー服を着たことがなかったの。私は初めてセーラー服を着たことになるけれど、似合っているかしら。」


「西園寺さんは何を着ても似合いますよ。うらやましいことに。」


 私はそう言って、西園寺さんと一緒に授業がある教室へ向かっていると、声をかけられた。


「おはよう。蒼紗。セーラー服なんて高校卒業したあとに着ているのは、アイドルとかの芸能人だけかと思っていたのに、まさか大学にセーラー服で来るなんて人がいるとは思わなかくて驚きだわ。そんなに女子高生に戻りたいの。ただのコスプレした痛い人にしか見えないけどね。」


 話しかけてきたのは佐藤さんだった。いつもは西園寺さんがいると、遠巻きに見つめているだけで話しかけてこないのに今日はどういう風の吹き回しだろうか。


「まだ大学入学したばかりだし、高校生に戻りたい気分だってあるのよ。そういう時は、高校生の時来ていた制服でも着て、形だけでも戻った気分になろうと思って。でも私も蒼紗も似合っているでしょう、この制服姿。まだまだ高校生といっても通用しそうではないかしら。でも、佐藤さんには私たちがコスプレした痛い人に見えるのかしら、残念ね、蒼紗。私たちの魅力に気付かない人がいるなんて。」


 本当に高校生の時に戻りたいなどと思っているのだろうか。絶対にこれは佐藤さんから私をかばう口実だと思った。私は別に佐藤さんにこの制服姿を馬鹿にされようが気にしないのだが。西園寺さんの過去を聞く限り、彼女は高校になど戻りたくないに違いない。それに戻るとしても、高校の時に来ていた制服はブレザーだったと先ほど言っていたではないか。お金持ちのお嬢様が通う高校はきっとおしゃれなブレザーの制服だったのだろう。


「そんな、西園寺さんは何を着ても素敵です。どんな服を着ていても美しいです。セーラー服姿も素敵です。高校生に全然見えます。嫌味のつもりで行ったわけではありません。ただの一般論を述べただけでそれに当てはまらない人もいます。西園寺さんのような特別な人はもちろん例外です。」


 私には皮肉を言っていたのに西園寺さんにはほめてほめてほめまくりである。いくら何でもここまで対応が違うとイラっと来る。一体何の用事で話しかけてきたのだろうか。まあ、今日は西園寺さんがいるから私が質問攻めになることはない。それについては面倒がなくてほっとする。


「単刀直入に言います。どうして、蒼紗何ですか。私を選んでいただければ、もっと西園寺さんを満足させることができます。」


 西園寺さんをほめていたと思ったら、今度は西園寺さんに『自分ならもっと満足させることできます』アピールをしだした。なるほど、私みたいな平凡が西園寺さんの隣に選ばれたことがよほど不服らしい。そして、自分が選ばれないことが信じられないらしい。人には相性というものがあり、きっと西園寺さんと佐藤さんの相性が合わないのだろう。そう思うのだが、さて、彼女は何と答えるのだろう。


「そうは言われても、私は蒼紗が良かったから蒼紗を選んだだけ。あなたじゃなくて、私は蒼紗がいいから。どんなに媚を売ろうとしたって無駄だから。それに、私の蒼紗を勝手に呼び捨てにしないでくれるかしら。不愉快だから。」


 いつの間にか私は西園寺さんの所有物になっていたらしい。私は許可した覚えはないが。それはそうとして、名前の呼び捨ては私も気に入らない。まだそんなに親しくないのに呼び捨てはやめてほしい。西園寺さんに関しては例外だが。彼女に逆らうとやばいと本能が告げている。


「そんなことはありません。私だったら、西園寺さんの指示には必ず従います。それに西園寺さんが気に入るような話題も持っています。毎日のコスプレだって余裕で着こなして見せます。」


 西園寺さんの答えに納得せずになお食い下がる佐藤さん。いったいどうしたのだろうか。今まで本性を隠していたのか。それにしても今までと態度が違いすぎる気がする。


「選べないものは選べないの。私みたいな人は他にいないだろうけど、誰か私以外のご主人様でも探したらどうかしら。そろそろ、授業が始まる時間ね。蒼紗、静流行きましょう。」


 話は終了したとばかりに再び授業のある教室に向か始める西園寺さん。私も彼女たちの後に続く。佐藤さんは泣きそうになっていたけれど、涙をぐっとこらえ、私をにらみつけてきた。私をにらんでも仕方ないのだが。うらむなら、西園寺さんの好みを恨んだ方がいい。佐藤さんは私たちとは反対方向に去っていく。

そういえば、今から始まる授業は学部必修の授業だった気がするが、佐藤さんは出席しなくてよかったのだろうか。そんなことが頭をよぎったが気にしないことにした。


ぎくしゃくした雰囲気で一週間はスタートした。


 


 バイトの日である。今日はどんな子が来るのだろう。塾に自転車で向かう途中、私のスマートフォンは着信をつげていたが、自転車に乗っていて私は気づかなかった。

 塾に到着して、自転車を駐輪場において塾に入った。しかし、瀧さんは塾にはいないらしい。いつもなら、私が行く頃にはすでに塾の準備をして待っているのになんだか変な気分だ。塾にはかぎが掛かっていなかった。シャッターもおりていない。塾に入ることができたということは、今日は塾があるということだろう。念のため、瀧さんから何か連絡がないかスマホを確認する。

  1件、不在着信が入っていた。瀧さんからである。さらに私が電話に出なかったからなのか、メッセージも来ていた。


「すいません。今日は当塾日ですが、私は塾を休みます。急に予定が入ってしまいまして連絡も突然になってしまいました。もし、連絡を見ずに塾に行ってしまったようでしたら、すみません。今日は塾を開講しないことにしました。生徒たちには私の方から連絡しておきました。迷惑をかけますがよろしくお願いします。」


 なんだか最近、突然用事がキャンセルされるとか、突然用事を言いつけられるとかが多い気がする。大学に入ってから出会った人たちに自分勝手な人が多いからそう感じるだけかもしれない。

 しかし、塾が休みだというのに、なぜ、塾は明かりがついていて、鍵が開いていたのだろう。塾には生徒の個人情報が置いてある。それに振り込みも多いが、集金でお金を持ってくる生徒もいるので、多少のお金も置いてある。盗まれては大変だ。


 私は塾内を見渡した。特に荒らされた様子はなく、盗まれたものもなさそうだ。塾内の一か所に奇妙なものを見つけた。お札のようなものが落ちていた。いつも掃除をしているのに気づかなかった。拾ってごみ箱に捨てておく。今度のごみの日にまとめて捨ててしまうことにしよう。


 とりあえず、塾が休みになったので、私が塾にいる必要はない。塾の明かりを消して鍵を閉めて、シャッターを下ろしておく。しっかり鍵を閉めたことを確認して、塾を後にする。これから何をしようか。急に予定がなくなってしまったのでやることがない。まあ、大学で勉強したことを復習でもするか。私はのんびりと家に帰った。


 その後、塾ではだれもいないはずだと確認したはずなのに、突然明かりがつき、シャッターが上がり、塾が内側から開けられた。


「まさか、蒼紗がこの塾で働いていたとは驚きだわ。」

「確かに。だが、この状況はまずい。この塾の講師がまさか、連続殺人犯の正体だと知ったら、あいつはショックを受けるだろう。」


 何と、西園寺さんと雨水君が塾にはいたのだった。どこかに隠れていたのだろう。全く気付かなかった。私はふたりに気付くことはなかった。



 次の日も、佐藤さんは私たちに絡んできた。まるで、前から親しかったかのように馴れ馴れしい。昨日の西園寺さんの言葉をものともせずに私たちに絡んでくる。まるで蛇に巻き付かれているかのような絡み方である。さらには私と西園寺さんのコスプレを真似してきた。どこで今日のコスプレ衣装の情報をつかんだのだろうか。

 本日のコスプレは教会のシスターが来ているような修道服だった。頭にベールをかぶり、今日は珍しく暗い感じである。佐藤さんもこれに合わせて、修道服を着ていた。いったい佐藤さんは何がしたいのだろうか。コスプレが好きなら、私もお願いしますと素直に頼めばよいものを。コスプレがしたいのか、それとも西園寺さんと一緒にいるために私も努力していますアピールをしているつもりなのか。しかし、いくら努力しようとも西園寺さんが振り向くことはないだろう。西園寺さんはこうと決めたらそのまま突き進むタイプだ。佐藤さんを選ばずに私を選んだということは今後も、佐藤さんが選ばれる可能性は限りなく低い。

 

 それにしても、最近私の周りは賑やかである。このまま、にぎやかに楽しい時間がずっと続けばよいのに。ふとそんなことが頭をよぎった。別にこれから何か大変な危機が迫っているわけでもないのに、どうしてこんなことを考えてしまうのだろうか。


 

「蒼紗、大事な話があるのだけど、今日この後私の家に来てもらえるかしら。」


 特に用事はない。行けると答えようとしたら、西園寺さんと雨水君のスマホが着信を告げた。二人は慌てて確認する。


「ごめん。仕事が入った。今日の仕事に蒼紗はついてこない方がいいわ。このまま家に帰っていいわよ。今日は来ない方がいい。話はまた今度しましょうね。」


 最近は、仕事を見学することが多いので、少し残念である。しかし、ここでわがままを言っても仕方がない。わがままを言って、仕事の迷惑になっては困る。私はまだ、自分の能力がどのようなものかわかっていない。能力がわからないならば、普通の人間と変わらない存在である。


 私は素直にうなずく。その答えに西園寺さんは満足したようだ。二人は駆け足で佐藤さんがいた方向に走っていった。私は西園寺さんたちとは反対方向の自分の家に向かう。この時、私は西園寺さんの気づかいに気付くことはできなかった。

空を見上げると、きれいな夕焼けが見えていた。今日も雨が降るのだろうか。せっかくの夕焼けが雨で見られなくなるかと思うと少し寂しくなった。西園寺さんたちはあんな仕事をいつまで続けるつもりなのだろうか。



 翌日、大学に向かうが、佐藤さんは絡んでこなかった。さらに今日は西園寺さんがコスプレ衣装を持ってこなかった。なくても全然構わないのだが、むしろないほうが普通なのだが、毎日着ていたので、いざコスプレしない日が来ると、変な感じがする。慣れとは恐ろしいものだ。


 西園寺さんによると、佐藤さんは今日欠席だそうだ。昨日まであんなに元気がよかったのに欠席なのは不自然だが、大学生にもなると、さぼりたくなることもあるだろう。この日は特に気にすることなく、一日を過ごした。


 

 それからも西園寺さんはコスプレ衣装を持ってこなかった。さらに佐藤さんの欠席も同様に続いていた。いよいよ、私はおかしいと思い始めた。そして、あることに気が付く。もしかしたら、先日の仕事で能力を奪ったのは佐藤さんだったのではないか。それだとつじつまが合う。能力を奪う際に記憶も一緒に奪うと言っていた。佐藤さんとは親しくなかったとはいえ、同じ学科だった。西園寺さんも情が湧いたのだろう。能力を奪ってしまったことを引きずって大好きなコスプレもしていないのだ。


「大丈夫ですよ。佐藤さんもそのうち大学に来ますよ。西園寺さんが悩むことはないと思いますよ。」


「蒼紗、何か勘違いしていると思うけど、私が悩んでいるのはそのことではないわ。天然なところもかわいいわね。」


 私の考えを読んだのか、慰めようとしたのがばれたのか。しかし、どうやらどちらも違ったらしい。


「話していいことか、悩むところだけど、蒼紗には言っておく。佐藤さんは殺人犯にさらわれた。佐藤さんは能力者だったから、奴に狙われていた。私たちは助けようとしたけれど、間に合わなかった。」


 佐藤さんが休んでいる理由を語りだした西園寺さんである。なんということか。佐藤さんが能力者だということは特に驚きはしないが、さらわれたとはどういうことか。奴にさらわれたということは西園寺さんの話の通りなら殺されていてもおかしくはない。


「蒼紗が思っている通りよ。奴に捕まったら、生きて帰れるとは思えない。彼女も今頃、殺人鬼の餌食になっているでしょうね。」


 西園寺さんの言い方はすでに佐藤さんが奴に殺されているといっているようなものだ。そのような言葉を彼女は表情を変えずに淡々と話している。人の死をなんて軽く話すのだろう。西園寺さんが佐藤さんに情が湧いたのだと思っていた私がばかみたいである。人の命が奪われそうになっている、もしくはすでに奪われているという状況で、何とも思わないのだろうか。いくら西園寺さんが嫌いでも私は彼女が死んでほしいとまでは思っていない。奴と呼ばれる殺人犯と、この状況に妙に冷静な西園寺さんに怒りを覚えていると彼女は続けてこう言った。


「犯人の目星はついているのだけど、証拠が見つからない。私だって、佐藤さんが殺されているかもしれないという状況は悲しいわ、それにもし生きているならば、助けてあげたい。でも証拠がないと、いくら犯人を捕まえたところでだ逃げられてしまう。」


 苦しそうに話す西園寺さん。よかった、彼女も西園寺さんを救いたいと思う気持ちがきちんとあるのだ。私に犯人捜しを手伝うことができるだろうか。少しでも手伝ってこれ以上の犠牲者を出す前に犯人を捕まえなくては。私は心に決めた。これ以上、西園寺さんたちに仕事をさせてはならない。早急に犯人を捕まえなくてはならないと。それには自分でもこの事件を独自に調べる必要がある。


 

 そして、この日は暗い気持ちを引きずったまま、それでもバイトはしなくてはならないので、バイトに向かうのだった。

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