西園寺桜華という人物②

西園寺さんの生い立ちは一通り聞いて理解した。今度は神様が条件にした仕事の話である。


「仕事だけど、ここ最近の傷害事件が関係している。能力者は実はこの世界には相当数存在している。そして、能力もいろいろあり、私や静流のようにうまく能力をコントロールして使いこなせればいいけど、そうでない人も存在する。コントロールできない人は時として事件を起こしてしまう。」


そういえば、大学を辞めた鈴木という男は確か、鬼の角が生えていたと被害者が証言している。彼も実は能力者で能力を暴走させてしまったというところだろうか。


「事件を起こした能力者は普通の人と同様、警察に逮捕されてしまう。そうなると、能力者であることがばれる可能性がある。そうなると、奴に見つかってしまい、殺されてしまう。」


 奴とはいったい誰なのか。殺されてしまうとは物騒な話だ。これが仕事と何か関係あるのだとしたら、その仕事とやらはなんだか危険な内容のものである気がする。


「奴に見つかる前に容疑者を確保して、能力を消すこと、これが私たちの仕事。神様から託された仕事というわけ。奴は犯罪者すべてを狙っているわけではない。今まで殺された容疑者は全員能力者であったことがわかっている。」


 今まで殺されたのは容疑者の中でも能力者だけということだが、不審な点がある。もし、容疑者が殺されていたならば、そのことはニュースで取り上げられるはずだ。今のところ、容疑者が殺されたというニュースを見たことはない。殺されたことを隠しているのだろうか。そもそもこの話は本当かどうかも怪しい。


「殺されたという容疑者がいるというなら、ニュースでそのことが取り上げられると思うのですが、ニュースで犯罪者が殺されたということは報道されていません。その話は本当のことだとは思えないのですが。」


「確かにニュースでは取り上げられていない。でも、確かに殺人は行われている。最近のニュースは傷害事件や万引きなどの軽犯罪が多発しているということが取り上げられているのは知っていると思うけど、そのほかにも少数だけど、行方不明者が増えているという事実があるのを知っているかしら。」


 その話は初耳である。しかし、能力者が殺されているということと何か関係あるのか。


「行方不明者の中に殺された能力者が混じっていると言ったら信じてもらえるかしら。犯罪を起こした能力者は警察に捕まる前に奴に殺されている。」


 話がよく理解できない。そもそも殺人が行われているということ自体が信じられない。もし行われているとしたら、必ずニュースで取り上げられるはずである。今まで取り上げられていないことが不思議である。そもそも殺されたという証拠はあるのだろうか。


「先ほどから奴に殺されているといっていますが、殺されているというならば、その証拠はあるのでしょう。遺体はみつかったのですか。」


「遺体はまだ発見できていないわ。でも、神様が言うことなのだから、信じるしかないの。それに私は能力者の能力を奪う仕事をしなければ、西園寺家に戻らなければならなくなる。あの家に戻るのだけは絶対にいや。だから神様の言うことが本当か嘘かなんて正直どうでもいいのよ。」



 神様の言うことを信じるしかないと西園寺さんは言った。これはいくら何でもひどすぎる。自分が西園寺家に戻りたくないというだけで、他人の人生を変えてしまっているということだ。能力者は能力を持っているなりの生活を送っている。今まで、自由気ままに自分の意思を貫いていて、ある意味では尊敬していたのだが、この話を聞いて一気に尊敬する気がなくなってしまった。


「私たちの大学にいた鈴木という男が大学を辞めたのは知っているはずだけど、あの男も実は能力者で、彼は私たちの仕事によって能力を奪われた。彼は傷害事件を起こした。私たちは彼が奴に見つかる前に能力を奪う必要があった。」


 西園寺さんによると、鈴木君は鬼の能力を持っていて、頭には鬼の角が生えているらしい。 力がものすごく強いことが特徴のようだ。やはり、西園寺さんと同じで角は隠して生活していたらしい。


「能力者が事件を起こすと、私たちに連絡が入る。その連絡を受けて、私たちは奴に見つかる前に現場に向かい、容疑者の能力を消してしまう。」

 


私が西園寺さんの話に何も言えずにいると、西園寺さんのスマートフォンから着信音が聞こえた。誰かからメッセージを受信したようだ。西園寺さんは無言で内容を確認する。そして、立ち上がり言った。


「どうやら仕事が入ったようね。どうする蒼紗。私たちの仕事の様子を見る良い機会だと思うけど。百聞は一見に如かずというけど、まさにその通り。口で説明するより、見た方が理解できるし、今まで話したことが本当だと信じられるかもしれない。」


今まで一言も話さず、部屋の隅でじっとしていた雨水君の様子をうかがうと、彼にも連絡が来ていたようで、出かける用意をしていた。私は一瞬考えたが、西園寺さんたちについていくことにした。確かに実際に見た方が口で説明されるより、理解できるし、信じることができるだろう。何より、自分の目で見ることで真実が何かを判断できる。



私たちは西園寺さんの家を出て、事件が起きた現場に向かうことになった。タクシーで目的地まで20分ほどだった。そこは公園であり、公園内では男女二組が言い争いをしていた。どうやら二人は交際していたらしく、現在は別れ話で言い争っているらしい。そして、言い争いだけでは終わらなかったらしく、男の手にはナイフが握られていて、女の腕にはナイフで切られたような傷跡が残っていた。


男がナイフを再び女に振りかざした。女を刺そうとした瞬間、西園寺さんは突然声を上げた。西園寺さんがいた場所から声がしたから西園寺さんだと思うが、声は公園にいた女の声で、姿も女と瓜二つだった。


「その女は偽物で私が本物よ。刺すなら私をさしなさい。偽物にも気が付かないなんて、あなたの愛はその程度なのかしら。」


「お前誰だよ。俺の嗅覚をなめるなよ。お前からはおれの女とは違うにおいがする。」


突然出てきた目の前の女と瓜二つの西園寺さんと本物の女を男は見比べる。

男は血走った眼をしていた。そして、興奮しているのか、鼻息が荒い。興奮していて能力をコントロールできないのか頭から犬のような耳が生えてしまっている。お城のあたりからは尻尾も生えてきてしまっている。


「本当にそうかしら。よく見てごらんなさい。あなたの隣にいるのは本当にあなたの彼女なのかしら。」

男は隣にいる女を見る。女は突然現れた自分と瓜二つの女を凝視した後、頭に犬の耳とお尻に尻尾をはやした男を見やる。男と女の視線が交差する。女は驚いた様子を一瞬見せたのち、男を突き飛ばし、逃げ出した。


 その突然の行動に驚いた男は言葉を失う。そして、女の後を追いかけようと走り出す。すると、突然あたり一面に濃い霧が発生する。


「残念でした。あなたの彼女にはもう会えません。ここでおとなしく能力を奪われてしまいなさい。」


そう言って、西園寺さんはどこからか取り出した日本刀を男に向かって突き刺した。男の胸に突き刺さった日本刀だが、男の身体には傷一つついていない。西園寺さんが日本刀を男の胸から抜き取る。すると、男は突然意識を失い、その場に崩れ落ちた。男をいつの間にか近くに寄ってきた雨水君が支える。西園寺さんはいつの間にか元の姿に戻っていた。


あっという間の出来事だった。私はみていることしかできなかった。


「これで任務終了。男の方は自分が能力者だってことは覚えていないし、能力もなくなった。こんな感じだけど、何か質問は。」


「仕事の内容は大方わかった。その日本刀で能力者を切ると、能力が奪えるんだね。本当に能力を奪うことができたか信じられないけど、その日本刀が普通じゃないのはわかった。」


「まあ、本当に能力が奪えたか信じることができないのは仕方ないわ。でもこの刀は彼の特別製で普通はそんなに簡単に奪うことはできないって言っていた。」



西園寺さんのところの狐の神様はとても強い力を持っているのだろう。それにしても、彼女は先ほどから彼と呼んでいるが、オスの狐の神様なのだろうか。一度会って話してみたくなった。


「この男の人はどうするのですか。このままにして置いても大丈夫なのですか。」


「このまま放置で大丈夫。能力と一緒に奪った時の記憶もないから何か疑われて、警察に捕まっても奴に殺されることはない。」


「とりあえず、私たちの仕事は終わったからいったん、また私の家に戻りましょう。」


 私たちは西園寺さんの家に戻ることにした。



私たちが公園を後にして数分後、全身黒づくめの男が先ほど能力を奪った男に近づいた。そばにはフードを被り、丈の長いシャツを着た少年がいた。能力を奪われた男は気を失っていたので男が近づいてきても気づかない。男は彼に近づくと、彼をじっと見つめ、その後、興味を失ったかのようにその場を後にした。物騒なつぶやきを残して。


「また、能力を奪われていますね。私の邪魔をしている何者かがいるということでしょうか。私の行いを邪魔する奴には容赦はしません。見つけて、私の子供たちにするのもよいですね。」





 いったん西園寺さんの家に戻った私たちだったが、外が暗くなり始めていたため、このまま今日は解散となった。私は暗くなりつつある道を帰ることにした。聞きたいことはたくさんあったが、今は西園寺さんの話と実際に見た彼女たちの仕事を照らし合わせて話の内容を整理したい。


家に帰る途中、偶然瀧さんに出会った。欲しい小説の新刊が出ていたことを思い出したので本屋によると、そこに瀧さんがいた。目が合ったので軽く会釈をする。すると、瀧さんが私に近寄ってきた。


「こんばんは、珍しいですね。塾以外で会うことがあるなんて。」

「そうですね。でも、会えてうれしいですよ。また、塾の日に会いましょう。」


挨拶をして、去っていった。近寄ってきたのに挨拶しかしてこなかったのは意外だった。まあ、特に話があるわけでもないし、問題ないか。それにしても瀧さんからは線香の臭いがした。葬式にでも参列してきたのだろうか。特に不思議に思わず、新刊を早く読みたい一心でレジに新刊をもって並び、それを持って急いで家に帰った。



今日もたくさんの出来事があった。疲れてしまったのでまたもや必要最低限のことをこなし、早々と眠ることにした。寝る前に思い出した。西園寺さんが日本刀を男に向ける場面を夢で見た気がする。あれは予知夢だったのだろうか。私にも未来が見える力が備わっているのか。たまたま見た夢が正夢になっただけか。とはいっても、考えても答えが出るわけでもない。今日も疲れたし、寝ることにしよう。



最近、よく夢を見る。今日も夢を見た。男の人がどこかの地下室で作業をしているようだった。窓がなく、明かりだけが部屋を照らしている。その中に診察台が一つ置いてあった。その上には女性がひとり横たわっていて、女性には動物の耳と尻尾が生えていた。どうやら能力者のようだ。すでに女性は死んでいるようだ。それを男が見下ろしている。男は何やら手にお札のようなものを持っていた。そのお札を女性の胸の上に置いて、何かをつぶやいた。すると、女性の身体から透明な人間が現れた。人間の形をした何かのように見える。女性を小さくしたような姿をしている。それはまるで子供の幽霊のようだった。瀧さんのところに通っている幽霊と同じで頭には動物の耳が、お尻の付け根には尻尾が生えていた。男はその透明な物質に声をかけた。すると、それは笑顔を見せて、こういった。


「わかった。先生のところで私、勉強頑張るね。」


ここで目が覚めた。また、身体じゅうから汗が噴き出していて、全身びっしょり濡れていた。今見た夢は何だったのだろうか。とても重要な夢の気がする。夢でのことが衝撃過ぎて、テンションは急降下している。しかし、今日は月曜日。仕方なく、大学に行く準備を始めた。

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