つかの間の平穏だと思ったが

 さて、今日からまた新しい一週間が始まる。月曜日である。今日も元気に大学へ行こう。ちなみに天気は快晴。大学に行って勉強するより、どこかにハイキングにでも行って、お日様を堪能したいくらいのいい天気である。

 今日も西園寺・雨水ペアはいるのだろうか。いや、授業が同じなのでいるはずだ。今日こそ、同じ学科の人と普通に話してみたい。あの2人といると、他の人と話すことができない。

 大学に到着し、授業が行われるだろう教室へ急ぐ。その途中で問題の2人に合うことはなかった。不審におもい、スマホを確認すると、またもや西園寺さんからのメッセージを受信した。


「来週会おうって言ったのにメンゴ。今日は大学に行けないから、授業でもらうプリントがあったらもらっておいて。静流も休むから2人分よろしくね。」


 メッセージの後にはよろしくお願いしますというセリフが書かれている狐のスタンプが送られてきた。

 なんて自分勝手な奴らだ。今日から本格的に授業が始まるというのに、何が休むからプリント頼んだ、だ。人をこき使いやがって。そう思ったが、頼まれると断れない残念な性格の私は仕方なく、二人分のプリントをもらうのであった。


 二人がいないせっかくの機会なので、同じ学科の子に話しかけてみた。すると、私が西園寺さんにいいようにこき使われていることが知れ渡っていたのだろう。西園寺・雨水ペアのことを根掘り葉掘り聞かれた。私が話したいのは二人のことではない。普通の一般人たちと普通の会話を楽しみたいのだ。昨日見たテレビの話題や芸能人についての話、好きな人のタイプを教えあったり、コイバナで盛り上がったりしてみたい。しかし、そういう話題は彼らには必要ないみたいで、仕方なく私がわかる範囲で二人についての情報を教えてあげた。


 とりわけ熱心に聞いてくる子がいた。佐藤と名乗ったその学生はすごかった。私に食い入るように二人の話を聞きたがる。二人は付き合っているのか、二人とあなたはどんな関係なのかなどいろいろ聞かれたので、これまた仕方なく答えていった。


「私と蒼紗は気が合いそうだね。友達になってこれから仲よくしよう。名簿も佐藤と朔夜で近いし、運命だね。」


 質問に答えていたら、誰かさんが初対面でいっていたセリフと同じことを言い出した。さらには彼女も私のことを名前で呼んできた。自分の名前が嫌いな私にとってその呼び名で呼ばれることは論外だ。勝手に名前で呼んできた時点で彼女のことを好きになれそうにはない。しかし、この手の思い込みの強そうな人間に名前呼びをやめて欲しいといっても聞く耳は持たないだろう。

 それにしても同じセリフでも、言う人によって印象は変わる。この佐藤という人物ははっきり言って、地味だ。髪の毛は染めていないのか黒髪であり、目は一重で細い。スカートにブラウスという服装でどこにでもいる普通の学生である。そんな彼女が私と友達になろうと言っているのだから、別に何の問題もないだろう。友達になろうという言葉だけで済んでいればの話だが。運命なんて言う言葉をつけたすのでは話が変わってくる。彼女も西園寺さんたちと同じ残念な性格のような気がする。どうしてこうも私の周りには残念な性格の人が集まってくるのだろう。

 運命という言葉も気になるが、話しているときの目が気になる。友達になろうという割に目が笑っていない。どちらかというと、友達なんかではなく、恋敵を見るような目つきでにらんでくる。きっとあの美男美女にあこがれているのだろう。あの二人はとにかく目立つので、私みたいな一般人が仲良くしているのが気に入らないのだろう。なぜ、あなたみたいな一般人が選ばれるのか、一般人なら自分を選んでもよかったはずなのにとでも思っているのだろうか。目を細めてにらんでくる様子にまるで蛇ににらまれているような気分になる。


また厄介な人物に目をつけられたものだ。あの二人がいなければいないで厄介な人間に絡まれる。面倒くさいものである。


 結局、今日はあの二人がいなくて平穏な時間を過ごせると思っていたが、予想していた通りの時間は過ごせなかった。佐藤さんという人物と知り合うことができただけであった。私から話しかけた人はもちろんだが、私に話しかけてくる人も、誰もかれもみな口をそろえて西園寺さんと雨水君のことばかりを聞いてきて、その返答にばかり気を取られていて、せっかく私に話しかけてきてもその話題だけで会話は終了してしまう。二人の話を聞き終わると、用が済んだとばかりに私から離れていく。


 

 やっと、今日の授業が終わった。今日はもう寄り道せず、まっすぐ家に帰ろう。そう思って大学を出ようとしていたら、また佐藤さんが話しかけてきた。


「授業も終わったし、これから友達とケーキでも食べに行こうと思っているのだけど、良かったら蒼紗も一緒に行かないかしら。」


 何とまだ私に用があるみたいだ。これ以上、二人について話すことはない。だが、前にも言った通り、私は人から誘われたり、頼まれたりすると、ついつい受けてしまう、典型的な日本人の性格を持ってしまっている。今回も、特に家に帰る以外予定がなくて、家に帰っても特にやることはない。断る理由もすぐに思いつかなかったので、仕方なく一緒にケーキを食べることになった。私の時間を奪ったからにはそこのケーキはおいしくなければ、わりに合わない。


 彼女の友達は2人いた。一人は佐藤さんと同様パッとしない地味な女性で、もう一人はどちらかというと、派手目な女性で佐藤さんとは正反対な位置にいそうな女性である。いったいこの3人の関係は何なのだろう。


 ケーキはまあまあだった。テレビや雑誌で取り上げられたことのある有名な店らしく、店内は平日であるにもかかわらず、店内の飲食スペースは混雑していた。

ここでもまた二人について話すことになった。本日何回目かわからない二人との出会いや関係性を延々と説明した。新たに加わった佐藤さんの友達が聞きたがったからだ。


 西園寺さんたちの話をしながら、店内を見渡す。たくさんの人が店内にはいたのだが、そこでどこかで見たことのある小学生高学年ぐらいの男の子がわたしの前を通り過ぎた。その子は店内だというのに帽子をかぶっていた。さらに妙にダブダブした服を着ていた。丈の長いシャツを着ていて、ちょうどお尻が隠れるくらいの長さだった。


 はて、私に小学生の知り合いなんていただろうか。まあ、ちょっと目立つ服装をしているだけでどこにでもいる小学生か。そう思ってまた3人の話の会話に戻ろうとしたが、あることに気が付いた。彼の目が金色だったことだ。


 思い出した。塾の面接に行ったときにいた男の子だった。あの印象的な目は忘れられない。その子の目は金色で猫のような瞳だった。さらにその男の子で間違いがなければ、帽子と服で隠された場所には猫のような耳と尻尾が生えているはずだ。どうしてこんな場所にいるのか。この子供は他のひとにも見えているのか。


「ねえ、あそこにいる小学生ぐらいの男の子、あそこにいる金色の瞳をした丈の長いシャツを着た子なんだけど、どう思う。」


 もし、瀧さんの言う通りなら、佐藤さんたちには姿が見えていないはずだ。そう思って、問いかけてみると、3人はそんな子供はどこにもいない、突然何を言い出すのかと、不審がられてしまった。


 もう一度、店内を見渡してみた。男の子はすでに店内からいなくなっていた。その子のことが気になって気になって仕方がないので、3人との会話を適当に切り上げ、用事があるから先に帰ると告げ、店内をくまなく探してみた。しかし、その子供はすでにこの店から出てしまったのか、見つけることはできなかった。


 店の外に出ると、また雨が降り出してきた。最近、私が何か行動を起こすたびに雨が降っている気がする。私はいつから雨女になったのだろう。今まで遠足や旅行で雨が降ったことなんてほとんどなかったのに。大学に入ってから変なことが続いている。一度、お払いにでも行った方がいいのだろうか。

 それにしてもどこに行ってしまったのだろう。それとも、あれは私がみた幻覚だったのか。まるで、男の子を私から遠ざけるために雨が降っているかのようだった。雨はすぐにやみ、きれいな虹が見えている。一体全体私の周りで何が起こっているのだろう。


 それにしても、瀧さんの塾で見た生徒は幽霊だったはずである。幽霊だったら、他人には見えていないことになる。だとしたら、彼はケーキをどうやって注文して食べていたのだろうか。それとも、彼は本当は幽霊ではなくて、普通の人間だったということか。どちらにしても次のバイトで瀧さんに聞いてみる必要がある。


 家に帰ると、どっと疲れが出てきてそのまま必要最低限、ご飯を食べたり、お風呂に入ったりした後、寝てしまった。どうしてこうも疲れるのか。それもこれもあの二人のせいだ。明日大学に来たら、どうして休んだのか問い詰めてやる。そう心に決めて、目をつむるとすぐに夢の中に旅立った。



 夢を見た。西園寺さんと雨水君が何か話している。その先にぐったりと倒れている人がいる。西園寺さんが日本刀のようなものをその倒れている人に向かって振りかざす。振りかざす寸前、私の視線に気が付いたのか、西園寺さんはこちらを見た。視線が交差する。彼女からは何の表情も読み取れなかった。ただ、私は一瞬のこと過ぎて、何も反応を返すことができなかった。


 そこで目が覚めた。衝撃的な夢のせいで汗をかいていて、身体がびっしょりと濡れていて気持ちが悪い。 変な夢だった。あの夢は何を表しているのだろう。夢とは記憶の整理とかいうけれど、あんな場面、記憶の中には存在しない。漫画やゲームでも私は殺人系などのジャンルは苦手で読んでいない。


 夢のせいでしっかり休めた気がしない。時計を見ると、まだ朝の4時過ぎだった。起きるには早すぎる。もうひと眠りしよう。今度はしっかり眠ることができた。


 

 今度は寝すぎたようで、次に目が覚めたのは10時過ぎだった。自分の部屋から1階に下りると、すでに両親は仕事や学校に出かけた後だった。今日は昼からの授業だったので、この時間に起きても問題ないが、もし午前の授業だったらやばかった。もし、私が寝ているようなら声を一言かけてくれてもよかったのに。まあ、起こされたら起こされたで、なんだか腹が立つので、どっちもどっちだが。


 遅い朝食を食べ、家でのんびりと過ごす。ふと、天気予報がみたくなってテレビをつける。たまたまニュース番組がやっていた。ニュースでは最近の傷害事件について取り上げられていた。その中で、見知った名前が出てきたので驚いた。うちの大学に入学して早々やめてしまった男子学生がテレビに映っていた。いったい何をやらかしたのだろう。「鈴木雷介」という名前で雷介なんて珍しい名前そうそうないのでたぶん彼だと思う。顔は見たことがないのでわからないが、大学を辞めた時期と事件が起こった日と近いのでそうだろう。同姓同名の別人なんてことはないだろう。年も19歳となっていたので間違いない。

 ニュースキャスターが彼について語る。彼はどうやら傷害事件を起こしたようだ。事件は深夜起こった。彼はその日、居酒屋でバイトをしていて、バイトが終わって帰宅しようとしていた。その日は、バイトで失敗して店長に怒られてむしゃくしゃしていた。彼はたいそう機嫌が悪かった。そこへ酔っ払いが絡んできたらしい。そして、それが彼の怒りを爆発させてしまった。怒りに任せてその酔っ払いの男を殴ってしまったようだ。男は頭の骨を折るほどの大怪我を負ったと報道されていた。頭や腹には殴られた跡があり、かなりひどく殴られたと男は供述している。殴られたという証言をした後、酔っ払いのみた幻覚だとしか思えないような供述が続いた。


「彼には頭に角のようなものが生えていた。あいつは鬼だ。私は鬼に殴られた。間違いない。私は鬼にやられた。」


 まさか鬼なんているはずない。警察は彼が酒を飲んで酔っぱらっていたので、この証言については酔った男の妄言として特に問題にすることなく事件の詳細を調べているとのことだった。


 私は警察とは違った。なんせ、つい先日、塾で一般人ではない能力者について説明を受けている。能力者には普通の人間とは異なる容姿をしていると瀧さんは言っていた。もしかしたら、被害者の男は本当に彼の頭に角があるのを見たのかもしれない。イライラしてつい我を忘れて能力を使って殴ってしまい、自分の本当の姿を他人に見せてしまった。

 

 

 鈴木君のコメントも発表されていた。本人ではなく、鈴木君の弁護士が代弁していた。

「自分はやっていません。その日は確かに店長に叱られて確かにイライラしていましたが、被害者の男とは会っていませんし、殴ってもいません。何かの間違いです。」


 何かがおかしい。被害者の着ていた服には確かに鈴木君の指紋が検出されていた。証拠もそろっているにもかかわらず、白を切るつもりか。それにしてもなんだか不自然だ。車で警察に向かう鈴木君の顔には生気がなく、目もうつろだった。そういえば、彼が大学を辞めたという話をしていた時に、西園寺さんが何かを言っていた。何を言っていたのだったか。よく覚えていない。まあ、私は彼を直接知らないし、関係ないか。


 ニュースも終わり、気象情報が始まる。またもや天気は晴れ。しかし、最近の天気予報はあてにならない。とりあえず折り畳み傘を鞄に入れておいた。これなら急な雨にも安心だ。

 昼ご飯を適当に食べ、大学に向かう準備をする。今日こそ普通で平穏な日が来ますように。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る