アルバイトの面接と生徒たちとの出会い①
今日は土曜日。いよいよ塾のバイトの面接日だ。私服で良いと聞いたけれど、一応、黒いズボンに白いワイシャツ、カーディガンを着ていくことにした。履歴書を用意して、いざ出発というときに、突然スマホが着信音を告げた。
「はい。」
「私、西園寺桜華だけど。今日は外でない方がいいよ。すごい雨が降ってやまないだろうから。それだけ、一応忠告しといたからね。」
それだけ言うと、電話は一方的に切られた。突然電話をかけてきて、一方的に切るなんてなんて非常識な人間だ。しかも、雨だから気をつけろとか、確か今日は快晴で降水確率は0%のはずだ。家を出る前に天気予報は確認している。
ちらと外を見たが、空は青く雲一つ見当たらない。快晴と呼ぶにふさわしい天候だ。西園寺さんの言葉の真意はわからないが、忠告は無視するとしよう。
塾は私の家から歩いて30分ほど。自転車で行けば10分ほどの場所にある。天気がいいので自転車で行くことにした。
「雨が降っている。」
自転車で塾に向かっていると、突然雲行きが怪しくなり、雨がぽつぽつと降り出してきた。幸い、雨が本降りになる前に塾に着くことができたので、私の服がびしょ濡れになることはなかった。それでも少し服が濡れてしまっている。塾に入り、外を見ると、本降りの雨がザーザーと激しく降り出した。遠くの方では雷も鳴っている気がする。どうやら西園寺さんの忠告は当たっていたようだ。それにしてもこんな突然天気が急変するのだろうか。最近の異常気象でもここまでの急変はないと思う。
服がびしょ濡れになることは避けられたが、雨の日はどうも気分が憂鬱になる。しかし、今日はアルバイトの面接の日である。憂鬱な気分を引きずっていてはいけない。気を引き締めて面接を受けよう。
塾に入ると、今日も当塾日なのだろう。生徒の声が聞こえてきた。
「瀧先生、ここどうしてこの答えになるの。」
「先生、もう国語飽きた。算数やろうよ。」
「もう休憩時間だから休憩にしようよ。」
何人か生徒がいるらしい。その声にひかれて、生徒がいるスペースをのぞいてみると、驚きの光景が目に飛び込んできた。小学校から中学生ぐらいの子供たちが机に向かって勉強していたのだが、その子供たちが普通とは異なる姿だったのだ。頭から獣のような耳が生えている。俗に言われるケモミミだ。ウサギや犬、猫のような耳を頭から生やしている。子供のお尻あたりからは獣の尻尾が見えていた。
ここはコスプレ会場か何かだろうか。だが、それにしては会場が塾であるなんてことはまずない。しかもコスプレしているのはどう見ても小学生、もしくは中学生に見える。学校での学芸会で動物が出てくる劇があり、その時に身につけていたケモミミと尻尾をそのまま塾でも着けているのだろうか。とはいっても、よく見ると、耳や尻尾が話すのに合わせて動いている。どうやら、本物のケモミミと尻尾のようである。いったいこの状況に対して、どのような反応をすればいいのだろうか。
「すみません。今日が面接だというので、ぜひ生徒の実態を知っていただきたいと思って、生徒には特別に来てもらいました。」
声がした方を見ると、見知らぬ男性がいた。面接のときに話した声と同じような声だったのでこの人が瀧という人物だとわかった。
生徒の実態とは、このケモミミと尻尾を生やした子供たちのことだろうか。今置かれている状況がいまいち理解できていない。そのため、瀧さんにどのような返事をすればいいのかわからず、つい思ったことをそのまま告げてしまった。
「この子たちについているケモミミと尻尾は先生の趣味ですか。とてもかわいらしくて萌えました。先生はいい趣味していますね。」
「そうですか。あなたにはこの子たちの姿が見えているのですね。そして、私と同じ感性を持っているようですね。でも、このことはどうか内密に。ばれると厄介ですから。」
私の発言に眉一つ動かすことなく、淡々と答える瀧という男性。この人も西園寺さんたちと同じような変人の類なのだろうか。ひょっとして私はまたやばい出会いをしてしまったのか。この子供たちの姿を秘密にしてほしいということだが、言われるまでもない。いったところで信じてもらえないだろう。
「あなたにはぜひ、この子たちの生徒を受け持ってもらいたい。」
そう言って、瀧さんは私にいすに座るように促した。そういえば、塾に来てからずっと立っていたのだった。私は促されるまま、瀧さんの向かい側の椅子に腰かけた。
「今日は面接ということなので、座ってくわしいことを話しましょう。」
子どもたちのケモミミ姿を見てからの面接。こんな面接は他にないだろう。瀧さんはその後、生徒たちに家に帰るように指示し、塾には私と瀧さんの二人だけとなった。
「改めまして。私が未来教育、○○教室担当の瀧です。今日は天気が悪い中、よく来てくれました。」
こうして、私の面接はようやく始まった。
お互いの自己紹介を済ませ、先ほどの生徒について教えてもらった。この未来教育は普段は普通の一般の生徒に勉強を教えているが、裏で別の生徒にも勉強を教えているらしい。先ほど見た子供たちはその裏の生徒たちのようだ。
「先ほど見た生徒たちですが、単刀直入に言いますと、彼らは人間ではありません。俗にいう幽霊と呼ばれる存在です。」
突然、瀧さんはとんでもないことを言い出した。ふと、電話をして時に言われた質問を思い出す。
「あなたは幽霊が塾に通うことをどう思いますか。」
あれは本当のことだったのか。仮に幽霊だとしても、私の中の幽霊のイメージは透明で足がない色白の人間というものだ。先ほど見た子供たちはみな姿かたちがはっきりしていたし、足もあった。普通の人間と変わらないように見えた。だが、頭にはケモミミが、お尻には尻尾が生えていた。普通の人間にはケモミミは生えていないが、かといって幽霊と呼ぶには私の中の幽霊像には当てはまらない。
そもそも「幽霊」とは何だろうか。瀧さんは丁寧に説明してくれた。
「私たちは「幽霊」と呼んでいますけれど、もとは私たちと同じ人間なんですよ。ただ死んでしまって魂だけがこの世にいる状態です。
瀧さんは私にいろいろ「幽霊」について語ってくれた。まとめるとこういうことらしい。生き物は死ぬと、魂が天に還る。この世に未練を残したまま死んでしまったものは魂が天に還ることを拒み、この世に居座る。これがいわゆる幽霊と呼ばれる存在らしい。魂のみなので透明で実体がなく、普通の人には見ることができない。まれに見ることができる人もいるようだが、それはいわゆる霊感が強い人らしい。霊感が強い人には姿かたちがはっきりと認識できて、普通の人間と変わらない姿を見ることができるらしい。
幽霊が長くこの世に居続けると、悪霊と化すことがある。魂だけでこの世に居続けることは自然の理に反している。そのため、世界が幽霊を拒み始める。長く居続けると、魂だけの幽霊も苦痛を感じ始める。幽霊が苦痛を訴えると、それが人間にも共鳴して、幽霊の近くにいる人間にも影響を与えるようになる。幽霊が感じている苦痛を人間も同じように感じるらしい。これが悪霊と呼ばれるものである。その後、幽霊は苦痛に耐えきれずに消滅する。
魂が消滅するということはその人自身が消滅することと同じで、悲しいことである。天に還ることで新しい生を受けて転生することができる。
幽霊がなるべく悪霊になって消滅しないようにしようといろいろ考えられてきた。しかし、なかなか良い解決策は見つからなかった。
そこで、生前学を学べなかった人たちのために塾が設立された。塾に通うことができるのは20歳以下で、若い人限定らしい。若くして亡くなった子供たちに救済措置を取らせるためらしい。
塾に入りたい子供は神により、身体を与えられる。そしてこの世にとどまることができるようになる。そこで、塾に通う。塾に通える期間は1年間と定められている。
瀧さんは真面目に幽霊がどんなものか、最後にはどうなってしまうのかを説明してくれた。正直に言って、突然こんな話をしたこの男の頭は大丈夫なのだろうかという心配が頭をよぎり、話の内容がほとんど頭に入ってこない。この塾の面接に来たのは間違いだったのだろう。瀧というこの男は一回、病院で脳みそを調べてもらった方がいいのかもしれない。
そこでふと、疑問が出てきた。なぜ、霊感がない私にケモミミ幽霊の姿が見えているのだろうか。それに、もし瀧という男の話が本当ならば、そんな秘密裏に行われている塾だったら、その専門家に講師を頼めばよいだろう。何も私のような一般人を指名しなくてもいいだろう。
私が考えるのに夢中で黙り込んでいると、さらに彼はわけのわからないことを話し出した。いい加減、頭がおかしいことを指摘してあげるべきか。
「ところで、幽霊のことは理解いただけたかと思いますが、幽霊ではなく、能力者については何か聞いたことはありますか。」
幽霊の次は能力者である。次から次への話題に困らないとはこのことだ。能力者とは超能力を持っているということだろうか。漫画やアニメなどではよく聞く言葉ではあるが、この世にある能力だとは思わない。今度は何を言い出すのだろう。
「能力者については知らないようですね。まあ。一般人にはわからないと思いますよ。私たち能力者は一般人に能力を隠して生活していますから。」
瀧さんは説明を続けた。幽霊と何か関係のある話なのだろうか。とりあえず、話を聞くことにする。話をすべて聞いてからでも頭がおかしいと指摘できる。
「『能力者』とはそのままの意味で、一般人には持ちえない特別な能力を持っている人のことをさします。能力といっても様々なものがあり、目に見える能力でいうと、天気を操ることができる能力者や、他人に化ける能力を持っている者などがいます。」
話が更にややこしくなってきた。瀧さんはもしかしたら重度の中二病を患っているのかもしれない。それならやはり早いうちに病院で見てもらった方がいいだろう。身体ではなく、精神の方を見てもらった方がよい。
「能力者には大きな特徴があります。能力者には一般人にはない特徴を持っているということです。先ほど、朔夜さんがみた幽霊の生徒たちですが、どの生徒たちにも一般人にはない耳や尻尾が生えていたでしょう。あれが能力者であるという証拠です。」
先ほどから、私が黙っていることを良しとしてどんどん話を進めていく。なんだかとんでもない話になってきた。能力者が存在してさらにはそんな特徴があったとは。もしそうだとしたらそれでは能力者について私が何も知らないということはなぜだろうか。そんな大きな特徴があったら私にもわかるだろうが、世間にもっと能力者について知れ渡るだろうに。
「能力者といっても能力を使うときにだけ、耳や尻尾などが現れてくるので、普通の生活をしていて能力者だと気づかれることはまずありません。今日、塾に来ている幽霊の生徒はすでに死んでしまっていて、能力が出ていないのに常時、耳や尻尾が出ていますけど。」
先ほどのケモミミの子供たちは全員能力者の幽霊ということか。とはいっても、これはあくまで瀧という男の見解であり、実際のことはまだ何一つわかってはいない。
「どうして私にそんな話をするのですか。そんな非現実的な話を私に話して『はい、そうですか。』と簡単に信じると思っているのですか。」
いくら何でも先ほどから、話が現実離れしすぎである。先ほど見た塾の生徒に犬や猫の耳や尻尾があるのはとりあえずわかったし、あれが偽物だとは思えない。生徒が話すのに合わせて耳や尻尾が動言えていたのであれは本物である可能性が高い。ただそれ以外の瀧さんの話は証拠もないのでにわかには信じがたい話である。
「あなたにも能力があるから、この話をしていると言ったら信じてもらえますか。」
私の質問に瀧さんはこう答えたのだった。
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