第4話 邂逅

 これまでの経緯に想いを馳せていたが、流石に今から考えるべきはどう生きるか。迷宮の探索が長期化することも考慮して、荷物にはある程度の食料はあるが、騎士団からの物資に頼ろうと考えていたので2日3日空腹をしのげるかという量。まずは食料と水の確保のために川を探すか。

 この森はどうやら沿岸の山の中腹らしく、北には黒い火山のような山がそびえ立っている。気温は高いとは言えず、涼しい風が心地よさを与えている。つまりここは比較的暖かく、雨も降りやすいのだろう。火山の頂上へと行けば水源が見つかるかもしれない。そう思い、俺は立ち上がり登山を開始した。



 ☆



 大分山の奥まで来た。ここらは標高が上がり寒くなっているせいか、葉っぱは尖った木が多い。そろそろ水源を探すために山を一周しようかと思う。高すぎると雲がなく、雨が降らないから水源はほとんど見つからない。

 進路を変えて足に疲れを感じ始めた頃。ようやく水源を見つける。あとはここに沿って沢を見つけるだけだ。そう意気込み水源から滴る水を追って行く。

 日が赤く染まり始めた頃、ようやく沢を見つけ、拠点探しを始める。ここが人の住んでいるところとは限らない。そしてこんな自然は魔物が餌を求めやってくるところだ。なので落ち着ける場所を見つけたからといって、そして疲れているからといって休むわけにはいかない。人の街にいるときと違い、一定の保障は存在しない。だから水が近くにあって魔物の住みにくい場所を探さなくてはならない。そこで指標になるのが、コナラシだ。コナラシというのは、人三人分ぐらいの木で、その樹液は甘く、街では紅茶と同じような値段だ。しかし、このコナラシには一つ特徴がある。魔物にとっては毒だということだ。これはまだ人が街を作る前の話。とある魔物がある集団を襲った時襲われそうなだった子供が手に持っていたコナラシの枝をとっさに掲げ魔物の爪を受けたところ、魔物の皮膚がただれ、前足が溶けてしまった。それを見た大人が魔物狩りの時にコナラシの枝や樹液を試したところ、魔物がはたと襲わなくなった。つまりコナラシが群生しているところは魔物が寄り付かない。そしてコナラシは一定の雨が降るところでは高確率で存在するので、川から少し離れたところでそれを俺は探していた。

 そろそろ暗い青が空を覆うかという頃、俺はようやくコナラシが10本程度群生しているところを見つけた。

 途中で拾った巻き蔓を伸ばして6本のコナラシに回して縛る。そして中心を軽く平らにし、図鑑ほどの大きさの範囲にチョークで魔力を込めながら陣を書いて行く。自分は魔法の才能としては木によっていて、次が水といった具合に、命に関係する要素を補うことができる。今行使しているのは植物の思考を表面化、つまり木に宿る精霊の存在を明確にすることによる植物との契約の魔法で、支払った魔力に応じて一日間依頼したことをやってくれる。限界はあるが、普通の人の魔力量でも一日間周りの見張りなどはこなしてくれる。陣を描き終え、頭で精霊とのコンタクトを試みる。精霊は人間より一段階上の存在であるが、普段は見ることはできない。しかしどこにでもあり、どこにでもないものといえ、存在はするが、普段の顕示力は無く、希薄なものとなる。理由は、精霊は魔力をほとんど持っておらず、存在を保つほどの魔力を使用すると、魔力が魂に等しい精霊はすぐに果てるとされており、人はその精霊に魔力を渡し、魔法を行使している。

(木に宿る精霊よ。我が声に応えたまえ。我が命の欠片を渡す故、そのお力を我に貸し与えたまえ…)

 念じると、コナラシから新緑の色をした光が現れる。それはすぐに俺の元へと来て、誰何するかのように問いを投げて来た。

『応えよう。して、汝はこの我の力に何を求む。』

(この場を留まり、我の身を脅かすものを感じたらすぐにお教えになってください。)

『よかろう、契りは成った。では刻限までそなたの目となろう。』

 そう言って光はコナラシに戻っていった。

 これでもし獣に襲われそうになる前に逃げることができる。精霊の感覚は鋭い。範囲は属性によってまちまちだが、逃げることのできる距離ぐらいまでにはどんな精霊も教えてくれる。

 これで人心地つけると、荷物を降ろし、夜食の準備を始める。

 木の精霊が多い森では、あまり火を使うのは良くない。火に宿る精霊が周りの木の精霊を焼いてしまう恐れがあるからだ。だから緊急でない限り、森では赤石を光や暖の代わりにする。

 赤石は迷宮でよく取れる鉱石で、赤石同士を五角形に並べれば光になり、四角形に並べると、火の精霊の宿火を出す。仕組みはよくわかっていないが、存在を予言されている五つ目の属性によるものではと推測されている。

 そうして赤石を四角に並べ、暖をとる、今は暦は春といえ、夜はそれなりに冷える。そこで身体を温めながら、思考は今日の出来事に戻っていった。

 神父の魔法、あれは熱を持っていた。しかし精霊の動きがなく、ただの祝詞だとばかり思っていたのだが、あれは人を溶かすことのできる魔法だった。それはつまり、常識にない魔法の使い方で、魔法を行使したのであるとしか考えられない。

 そこでふと、俺がなぜ生きているかを唐突に思った。あの時俺以外全員溶けた。そういえば神父は俺を神の使者と言っていたが、なぜなのだろうか?俺は自分の信仰より強いとも。つまり何らかの数値に反応して一定以上なら溶かすことのできない仕組みか?それにしたって何を基準にしているのかはさっぱりわからない。

 そんなことを考えつつ、俺は寝転がり夜空を見上げて眠りに落ちていった。



 久しぶりに夢を見た。あの時襲った神父が話しかけて来たのだ。

「ふむ、その運といい、そなたは本当に我らが神に見初められたようだ。ならば知恵を与えよう。魔法は神の影。精霊は光、しかし人は陽炎だ。陽炎は揺れ動く。人の存在こそあやふやだ。中は刻々と変わり、流転を遅れさせるかのような足掻き。見定められた運命を受け入れぬ陽炎はどこで足掻こうとも無駄である。そこには一定の秩序がある。それを陽炎がどうこうなどできん。ならば受け入れよ、神の使者。己が内を見定めるならば、道は開けよう。」

 神父はそう言って遠ざかっていった。

 残ったのは白い世界に俺だけで、世界は俺に神父を問い詰める暇を与えず現に戻していった。



 目を開けると、赤石の火もおさまり、コナラシの間にかすかな明かりが見えた。少し息は白く、少し身震いし、赤石の配置を組み替えると、また火が起こる。今はちょうど日の出前といった感じで(赤石はその中に宿る魔力を使い果たすと色の光を周りに広がるのである)、赤石は四つ全ての石の魔力が尽きなければ配置を変えるだけでいくらでも使える。

 俺は夢の内容を思い出しながら、朝食の黄色いスープを啜った。

 己が内面を見定めるならばと言った。自分の心を?しかし、当分生きるには食料が必要だ、心がなどと言っている場合ではない。そうして立ち上がり、食料と水の確保のため、川に向かった。



 ☆



 川に着くと、ちらほらではあるが水の中に魚が見える。今日はこいつらを食事にしようと思い、近くに生えていた植物に念じ簡単な釣り竿にする。糸は蔓を使って、先端は蔓の巻いているところを含めて魔力を込め一部成長による硬化を試みる。すると木の皮のような色になり、釣り針のような形を持たせることに成功。それを川に投げ入れ、ひたすら魚が食いつくのを待つ。

 日の出の後は、魔物は光を苦手とするのであまり朝から遭遇はしない。そんな油断もあり、また魚に集中していたため俺は背後から近づく人の存在に気づかなかった。

「えっ、あんな服装見たことないわ。他の集落から来たのかしら。でも、もし領民だったらすぐに知らされちゃうっ。…いいえ、私は誇りある民を率いるもの。こんなところで怖気付くわけにはいきません。……そこのお方。どちら様でしょうか?」

 その声に気づき、しまったと俺は感じた前半はあまり声が小さく聴こえなかったが、少なくともこんなところまで来たからにはあの神父の追っ手かもしれない。くそ何か逃げる手立「もしもし?聞いていらっしゃいまして?」

 振り返り釣竿を構えながらその声の主を見る。


 その声の主は少女だった。いかにもお姫様といった高級な動きやすい服を着ている。髪は輝くブロンド。しかしあるはずのないもの__

神父と同じ仮面を付けていた。

「えっ、仮面が、、ない?」

 明らかに驚いた声で彼女は後ずさりする。その時、小石につまづき、頭から転ぶ形となり、思いっきり地面とぶつかった。

「えっ、ちょっと、、うわぁっ‼︎」


 ゴン


 と、あまりに無機質な音が響き、二人の間に沈黙と風が走った。

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